汐留の「分離派建築会100年」展

先日、東京汐留にあるパナソニック汐留美術館で開催中の「分離派建築会100年」展に行ってきました。「分離派」という題名が気になって、本展ではどんな建築のどんなデザインが見られるのか楽しみでした。分離派の主旨としては西欧に興った分離派と同じで、本展も既成概念に囚われない姿勢がありました。1920年に東京帝国大学(現東大)建築学科を卒業した6人が「分離派建築会」を名乗り、建築による自主展示を企画したことから始まり、そのグループ展は1928年の第7回展まで続いたようです。その後も彼らは大手設計事務所や大学の教壇に立って、実際の建造物を設計したり西洋建築史翻訳等に貢献しています。本展に出品されている模型や写真、図面などは当時のモダニズム建築が示されていて、私は興味を持ちました。図録によると3つに分類された建築について述べられていました。まず「田園的なもの」として次の文章を引用いたします。「鉄やコンクリートなどの新建材が普及し始めていた当時の潮流に逆行して、民家の自然素材が称揚される。藁、茅、柿、土壁、錆壁、敷瓦、太鼓張りの和紙などは、なお『愛せずにはおられない普遍的な材料』としてすくい上げられる。」二番目に「彫刻的なもの」として「震災後の帝都復興創案展覧会に出展された分離派建築会の作品群にはロダンの影響が色濃くあらわれていたが、ヨーロッパの彫刻界ではロダンのリアリズムから抽象化への移行が急速に進んでいた。そうしたロダン以降の新しい彫刻の潮流を、分離派建築会のメンバーたちは素早くとらえていた。」とありました。三番目に「構成的なもの」として「村山知義を中心にマヴォや三科へと広がった構成主義は、前衛的な美術家たちの型破りな創作活動を繰り広げることになったが、その一方で、マルクス主義的弁証法のイデオロギーにしたがって『構成』という概念を再解釈し、建築設計のなかに取り込んでいこうとする地道で真摯な動きもあった。」(引用は全て田路貴浩著)とありました。田園的なものとしては中世、彫刻的なものとしては有機的で生命的な造形、構成的なものとしては伝統建築とモダニズムの結合という振り幅の大きい表現活動があったようで、いずれにしても人間性や芸術性を建築に取り込もうとした姿勢に私は感銘を受けました。作品の中で私は瀧澤真弓による「山の家」の模型を飽くことなく眺めていました。

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