版画による「若林奮」展

故人である若林奮氏は、展覧会の説明によると、鉄を中心に、銅や鉛、硫黄、木などの素材を使って、地形や植物、気象、大気の状態などへの深い自然観と、空間や時間への強い意識にもとづく思索的な作品を制作したことで知られるアーティストでした。私が人体塑造をやっていた学生時代は、共通彫塑研究室にいらして、時折校内ですれ違うこともありました。神経質そうな面持ちの方で、近づき難い雰囲気があり、到底話しかけることはできませんでした。一度講評会にお邪魔したことがありましたが、難解な説明を理解することが出来なかった記憶があります。それでも魅力的な世界観を私は感覚で捉えていて、その作品を理解しようと努めてきました。版画による「若林奮」展は、町田市立国際版画美術館で開催していて、彼が町田市出身の作家であることで、今回の展覧会が実現したようです。白黒による版画を見ていて「鑑賞者のことを考えていないなぁ。」と家内がぽつりと言ったことが印象的でした。人に媚びていないと言った方がいいのでしょうか。作品はどれも若林ワールドそのもので、強烈な個性を感じました。題名にあった「鮭の尾鰭」とは何を指しているのでしょうか。博物館で見た旧石器時代の岩盤や骨片につけられた刻線に触発されたイメージというのが「鮭の尾鰭」シリーズになったそうです。そうした説明があってそれを手掛かりにイメージの謎解きをしていくのが若林ワールドなのだと私は思っています。「BLACK COTTON」という石版画のシリーズは圧倒的な表現力で迫ってくる版画でした。作家の生家が綿屋であり、綿の塊が焼けて黒くなった状態をイメージしているのかもしれず、これも謎の多い世界でした。そこにどっしりした存在感があるのは、作家がこの世界を彫刻にする予定だったのかもしれず、鉄を使ってCOTTONを作ってみたら面白いだろうなぁと私は感じました。作品を見る人がどう見るかは関係なく、作家が感じた通り素直に表現した作品というのが「若林奮」展の印象でした。

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