陶彫のはじまり

私は20代終わりで海外生活を切り上げて、日本に帰ってきました。海外でイメージを醸成した立体的な世界観を、30代初めになって陶のブロックを組み合わせることで表現できると考えていて、実際にそれが具現化されたのは30代半ばになってからでした。その頃から古代遺跡が出土した状況を陶で作ってみようと心に決めていたのです。それは都市空間のある広大な風景を切り取ったものになり、まさに場を創出させる集合彫刻になりました。考えが陶という素材に至ったのはウィーンで見た日本の陶磁器の美しさに起因しています。日本で日常触れる陶芸は生活の至る所にあって、海外に行くまでその美しさに気づかなかった素材でした。陶芸を学ぶために茨木県笠間に移住した陶芸家の友人を訪ね、陶芸技法を教わり、その後は独学で学びました。陶彫という分野は京都の走泥社から始まった所以を書籍を通して知りましたが、古代から伝わる縄文土器や埴輪、土偶も陶彫であると言っても差し支えないと私は思っています。中国には秦始皇帝陵にある兵馬俑があり、世界に類を見ない素晴らしい陶彫が存在しています。イサム・ノグチも1950年に三越で開催した作品展に数多くの陶彫作品を展示しています。ノグチも埴輪に想を得たらしく、陶彫による自由闊達な作風が見て取れます。陶芸と同じところは陶彫も内部を空洞にしているところで、焼成が上手くいくようにしてあるのです。陶芸と違うところは無理な形態を作ってしまうところがあって、陶彫はよく罅割れが生じます。そうした眼で兵馬俑を見ると、古代中国人の技巧の凄さに圧倒されます。陶彫は内容にしても技術にしても、まだまだ私は足元にも及ばないと感じていて、イメージを練り上げながら、技術も磨かなければならないと思っています。彫刻は職人的な素材技法の取得を兼ねながら、それに溺れないような造形を生み出さなければならないのです。彫刻をやっていると人生が短いと感じるのは私だけでしょうか。

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