イサム・ノグチ 日本での活躍

「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第30章「新萬來舎」と第31章「三越デパート『イサム・ノグチ作品展』」のまとめを行います。「東京にもどったノグチは、日本ではじめてとなるデザインの仕事、戦災で被害をこうむった慶應大学にまもなく建てられる研究棟の教職員ホールのデザインを委嘱された。~略~ノグチは新萬來舎が英雄を称揚する記念碑となるのを望まなかった。むしろ休息の場、戦争の傷が癒される場所、そして父の詩に表現された『美の理想』を観想する場所としたかった。」慶應大学の新築工事に伴って現在は新萬來舎の全貌がなくなってしまいましたが、トータルデザインをしたノグチの痕跡はそのまま新校舎に残されているようです。「工芸指導所では、禅の用語で『無』または『空』を意味する『無』と題された高さ7.5フィートの彫刻の等身大模型も制作した。これはその後、石で彫刻され、新萬來舎外の庭園に設置された。」この大きな作品を制作中のノグチの写真が残っています。ノグチは三越デパートでの作品展のために瀬戸の陶磁器研究所に行き、テラコッタを20点ほど制作しています。「三越のノグチ展は谷口(吉郎)が会場をデザインし、1950年8月18日に開幕した。陶器の彫刻、剣持(勇)の工芸指導所で制作した家具数点、ノグチと谷口の共同制作による新萬來舎の平面図と模型、陶器の壺もあった。ノグチはアートと手工芸のあいだに差はないという日本的な考え方に共鳴していたので、壺も彫刻作品とみなすことができる。」ノグチの陶による作品は埴輪から想を得ていたようでした。これは別稿で改めたいと思います。「丹下健三は記している。『戦後、芸術の不毛の時機に、芸術にかわき切った日本にとって、彼の来日は大きなうるおいと刺激を与えてくれた。彼はここで、いつものように…変貌をとげて、禅の世界に入っていった。そこで彼は日本人以上に日本の真髄をえがき出すことができた。しかしそれは日本のものというよりは、世界に属し、そして彼自身のものなのであった。』」

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