イサム・ノグチ 父と親友の死

「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第26章「1946-48年」と第27章「袋小路」のまとめを行います。1946-48年の間にノグチは舞台装置のデザインを多くやっていました。そうした中で私が最も関心を寄せるテーブル彫刻が誕生しました。「『テーブル彫刻』と呼ぶ彫刻も制作した。《夜の国》の原点としてうかがえるのは、表面に丸く穴が穿たれてゲーム盤のように見えるジャコメッティの大理石板《ノーモア・プレイ》(1931-32)である。《夜の国》の暗色に輝く大理石の表面は、円形の穴と小山、妊娠をあらわす突き出す突起物によって、シュルレアリスムの荒涼とした夢の風景を連想させる。」さらに1947年にノグチが制作した「火星から見える彫刻」は父野口米次郎の死と関係しているようです。「おそらくは父親の死によってかきたてられた無常観と人間の死すべき運命への思いが、ノグチが1947年に制作したある彫刻作品のデザインに象徴的にあらわれている。」次の章ではノグチがスランプに陥った状況が描かれていました。「1948年と49年には、おそらく彫刻の新しいアイディアを考え出す意欲が湧かなかったためか思索にふけり、アートについてかなりの量の著述をした。その多くがアートの機能と社会におけるアーティストの地位に焦点を絞っていた。」加えて「ノグチをさらに惨めな気持ちにしたのは、1948年7月のアーシル・ゴーキーの自殺である。」とありました。親友ゴーキーは癌になり、鬱に襲われ、結婚生活も躓いたようです。ノグチにとっては辛い時期を過ぎ、やがて個展の開催に漕ぎつけます。概ね好評だった個展にもこんな評が寄せられていました。「ノグチ彫刻に対するグリーンバーグの反応は、のちの鑑賞者たちの多くが見せる反応を典型的にあらわしている。彼らはノグチ作品のなかに、典型的にアメリカ的と考えられはじめていた攻撃性と反撃性、身体的な直接性が欠けているのを惜しんだ。」攻撃性と反撃性が欠如した立体、これが日本で体得した庭園文化を初めとする自然観を生かした美意識に導かれ、やがてノグチ独自の世界へ発展していくのだろうと私は思っています。

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