イサム・ノグチの在日生活について

「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第4章と第5章のまとめを行います。このところ「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)と「石を聴く」を交互に読んでいる印象がありますが、「石を聴く」はかなり分厚い書籍で、鞄に携帯するのは辛いと思い、職場の私の部屋に置いて仕事の休憩時間に読んでいるのです。45分の決められた休憩時間にイサム・ノグチの生涯に触れることは、仕事も心機一転できて良い効果を生んでいます。第4章は「茅ヶ崎」で、ノグチが母と共に7年間暮らした海辺の村であった茅ヶ崎についての記録がありました。茅ヶ崎の小学校は地元の漁師の子が多く在籍していて、ノグチにとっては居心地の良いものではなかったのでした。「子どもたちはしばしばーとくに学校からの帰宅途中でーイサムをからかい、いじめた。罵声を浴びせかけ、石を投げたり、逃げ切れなかったときは田んぼに突き落とした。」そんなことがあって「その孤独な成長期とはみ出し者という感覚はたしかに、その機智や魅力、洗練にもかかわらずノグチがきわめて打ち解けにくい人間に成長するのに手を貸した。」という少年期の影響が、大人になっても性格を決定づけていたことが分かります。またこの章では妹アイリスの誕生にも触れていました。「ノグチは7歳。本人が回想するとおり、アイリスの誕生は『もちろん僕の全人生を、もうひとつの疑いと幻滅と混乱のなかに投げこんだ。なぜならば自分がずっと[母の]注目の唯一の中心だったのに、いま母の注目は逸らされ、ぼくの世界は同じではなかったからだ。』」第5章「セント・ジョセフ・カレッジ」では、横浜にある外国人学校に入学したノグチの生活を描いていました。ここでも学校に打ち解けることがなかったノグチでしたが、将来を考える上で重要な場面が多々ありました。「レオニーはヨネの『無抵抗という東洋的教養』を論じながら、無為をなすことの価値についてのヨネの考え方を鸚鵡のように繰り返した。この父の思想をのちのノグチも共有するようになる。~略~何年もあと、その息子の彫刻にみられる断定的主張の欠如(デイヴィッド・スミスのような同世代の他のアーティストの作品に感じられる筋肉的なダイナミズムと比較すれば)は、一部の鑑賞者の目にノグチの作品をアメリカ的というよりアジア的に見せた。~略~ノグチはまた自分が簡素を好み、純粋な構造にこだわる理由を日本で過ごした子ども時代に帰している。『日本の伝統は素材と、物がつくられる過程を大いに尊重する。それは物の触感により近い文化だ。ぼくにとって触感はとても重要だ。ぼくがそれを得たのは、物とはただ上に塗られているものだけではなく、構造もデザインの一部だと知るという子供時代の経験を通じてだ。』」日本で培われたものが彫刻表現に重要な要素を加えていることに私は注目しました。

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