週末 留学について話し合った日

以前、相原工房で染色を基盤にしたアート作品を制作していた子が、久しぶりに顔を出しました。彼女は暫く中国に留学していて、そこの大学で染めのワークショップをやったり、自らの作品を作って発表していたのでした。海外で暮らして得たものを土産に彼女は帰国しましたが、今後どのように作品が展開していくのか、私は楽しみになりました。留学は他国の思考や技法だけでなく、伝承されているものや文化を学んでくるもので、ネットが発達し世界の情報が瞬時に手に入ったとしても、実際に肌で感じて得るものがあると私は思っています。私自身のことで言えば、今ほど情報がなかった時代でしたが、ヨーロッパに5年間暮らしていて、そこで自分の成育歴を振り返り、外国人との比較の中で自分が何をしたいのか、どんな表現手段が自分に相応しいのか、根源から自問自答する機会がありました。具体的にはそれまで日本で作っていた人体塑造が西洋に依存していたことで、その見直しを自分に迫り、日本人として生きてきた過程で、何が自分にとって必然なのか、彫刻そのものの実践を疑ってみることもしていました。彫刻の概念は西洋からきたものでしたが、私たち日本人は明治時代以来、学制が教育法令によって定められると西洋版の美術教育が入ってきた経緯を持っています。子どもの頃から疑うこともなく、西洋風の描画道具や絵の具を使って作品を作り、それらを教室に飾っていた環境に慣れ親しんできたため、西洋美術は極めて身近なのでした。ただし、留学によってその本流に触れると感覚的についていくことが出来ない拒否反応もありました。私の現在の立体造形のスタイルはそこから出発したと言っても過言ではありません。留学について話し合いながら、彼女にとって中国はどんな影響を内面に及ぼしたのか、自分自身に問いかける機会はあったのか、それは今後制作されるであろう彼女の作品が物語るのではないかと察しています。帰国した彼女は心機一転して工房で何かを始めました。私は8点目の陶彫成形をやって、彫り込み加飾を途中まで行なったところで夕方4時になりました。彼女を車で送りながら、私自身も20代の頃の不甲斐ない留学生活を思い出していました。

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