モディリアーニとブランクーシ

「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)の第3章「パリでの苛立ち」の続きをまとめます。この章ではモディリアーニらしい絵画表現に辿り着く重要なポイントがあり、さらに彫刻家ブランクーシとの関係が述べられているので、敢えてNOTE(ブログ)に取り上げました。私は彫刻家としてブランクーシの形態の本質に迫る簡潔性を信奉しています。若い頃、私はルーマニアを旅して、農村に残る建築柱の木彫に注目したのも少なからずルーマニア出身のブランクーシのことが頭にあったのでした。モディリアーニの世界にも共通する要素を認めるのですが、ブランクーシは生活や精神の在り方が彼と異なっていて、そこにモディリアーニは魅力を感じていたようです。まず、モディリアーニが自己表現を探り当てた箇所を引用します。「伝説によると、モディリアーニは麻薬で皆が躁状態になっているパーティーで紙と鉛筆をひっつかむと熱に浮かされたように描き始め、『ついに正しい道を見つけたぞ』と叫んだ。描き終えると、彼は白鳥のように長い首をした女性の頭部のスケッチを見せびらかしたという。」次はモディリアーニが未練のあった彫刻制作のエピソードを拾ってみます。「パリの地下鉄は拡張工事をしており、~略~モディは開け放たれた倉庫にオーク材の枕木が保管されているのを発見した。~略~夜遅く地下鉄の駅の柵を乗り越えると数本の枕木を盗んだ。」というわけで、モディリアーニの彫刻に枕木と同じ寸法の木彫作品があるそうです。さらにブランクーシのことを記した文章を引用します。「気持ちのうえでは彼は彫刻家になる決意をいまだ捨てておらず、ポール・アレクサンドルに頼んでルーマニアの彫刻家コンスタンチン・ブランクーシを紹介してもらった。ブランクーシは完全性と洗練された簡潔性をその芸術と生き方において達成した芸術家であり、それはモディリアーニにとって大きな魅力であった。彼はさまざまな形態、ヌードや飛んでいる鳥や接吻している男女などをその本質まで還元した。彼の作品の評判を聞いたロダンは助手として彼を雇おうとしたが、ブランクーシは『大樹の下には何ものも育たない』といって断ったという。青い仕事着に木靴をはき、がっしりした髭面の彼は、自己完結した世界をアトリエに作っていた。家具も自分で作っており、客はくぼんだ丸太に座らされ、食事は自作の石のかまどで自分で作った。またサロン・ドートンヌにその作品が展示されたことがあっても、美術界の派閥や陰謀には頑として近づかなかった。哲学的で神秘的な気質と正直で暖かい人柄を持つブランクーシは、ちゃらちゃらして気取ったモンマントルの人間に比べて、思慮深く頼りがいのある人物であり、モディリアーニを強く引きつけた。モディリアーニは何ら正式な彫刻の教育を受けていないために、ブランクーシが彼に力を貸し、勇気づけたのは確かである。」モディリアーニに限らず、私もそんなブランクーシにずっと魅せられています。

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