陶板による複製絵画の意義について

夏季休暇を利用して徳島県にある大塚国際美術館に出かけ、大塚グループによる大掛かりな陶板による複製品に接してきました。西洋絵画を環境展示、系統展示、テーマ展示と分けて美術史に残る作品を全て網羅している美術館の全容は、特筆に値すると思いました。数時間で古代から現代まで高水準を誇る美術品を見て回るのは結構辛いと感じましたが、それでも緻密な複製品を前にして、オリジナルと相違が分からないほど技巧的には完成していて、寧ろ絵画的内容に関する感動さえ齎せてくれました。これなら時間の推移や環境風土によって失われていくオリジナルを、陶板に転写することで保存可能となります。そんな同館の取り組みは、世界に類のない素晴らしさではないかと私は感じました。そもそも私たちが美術品を鑑賞できるようになるまでに、人間の歴史にはどんな変遷があったのか、同館で購入してきた資料に興味深い記述がありました。同館で監修に当たった学者の文章です。少々長いのですが、引用いたします。「信仰にかかわる奉納品はタブロー画のようなもち運び可能なものではあっても、その目的と機能を維持するためには納められたところから動かすことのできないものだったのである。このような状況はローマ時代になっても、またキリスト教の時代になっても神殿や教会堂に納められた彫刻・絵画に関する限り変わることはなかった。~略~ヘレニズム時代に入るとギリシャ世界は大きく拡大し、東方との交易などによって活発な経済活動が行われるようになる。人々の生活水準は以前と比べるなら格段に向上し、王侯貴族だけでなく富裕な一般市民も自分たちの住宅を美術品で装飾することが流行した。~略~このような一般市民の需要に応えるために美術工房では複製品が大量に製作されるようになったのであり、そのような現象のなかで複製技術も向上していった。~略~美術品の動産化は、美術品が置かれていた環境のコンテクストから脱却させることであり、美術品の有する造形価値が美術品評価のおもな基準として浮上するようになる。このような状況は18世紀末に勃発するフランス市民革命と無縁ではない。自由、平等、友愛の実現を目指した市民革命は、社会と市民の基本的権利を明確にしており、それは地域や民族がもつ歴史コンテクストの上位にあるものと認識された。それゆえに近代世界においてひろく認知され普及したのである。美術品がその造形価値によってもっぱら評価されるようになった文化状況と、基本的人権が認められるようになった社会状況との関連性を如実に示しているのがルーヴル美術館の一般公開である。」(青柳正規著)複製絵画の意義を歴史を絡めた大きな視点から述べています。同館の環境展示は動産化不可能な壁画に関しても、陶板により複製品を作っていて、心底驚くと同時に貴重な記録であることは疑う余地もなく、ただただこれを複製した人々の努力に敬意を表する次第です。

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