大阪天王寺の「ギュスターヴ・モロー展」

先日の夏季休暇で訪れた大阪の天王寺。東京で見落としてしまった「ギュスターヴ・モロー展」が天王寺のあべのハルカス美術館で開催されていることを知り、早速行ってきました。フランスの象徴派画家ギュスターヴ・モローは神話や宗教をテーマに独特な個性を持って活躍した人で、それは旧態依然とした古典主義とは異なった世界観ではないかと私は解釈しています。モローの油彩表現では線描が際立つものが少なからずあります。一般的には線描は下塗りの上に細部を描き込んだもので、そこに彩色していくのが前提ですが、モローは線描をそのまま残し、しかも下塗りと線描との間にイメージの乖離があるのです。そこには建築装飾としてロマネスク美術の文様が主に描き込まれています。これは敢えて視覚的効果を狙ったものであろうと思います。モローの代表作にサロメの連作があり、その中でも本展に出品されていた「出現」に興味が湧きました。「《出現》の特異性は、何よりもサロメが裸体であること、そしてヨハネの首の幻視を見ていることにある。」と図録にありました。またサロメの裸体に不思議な文様が線描されていて、神秘性が増していました。「聖遺物の匣は聖遺物の隠喩として、そしてサロメのコスチュームはサロメの隠喩として機能するのである。~略~サロメを取り巻く建築空間もまた、衣装と同じくサロメの容器として、サロメの『神秘的』性格の比喩になっている可能性である。」この絵画に線描されたものは、とりわけ私に宗教性を感じさせましたが、図録によればそれは聖遺物の匣で、モローが聖遺物の匣を選んだ動機は何だったのか、これは風土の異なるところに生まれ育った私には皆目分からなかったのです。匣の中に収められた聖遺物は当然見ることは出来ないことは私にも分かりますが、豪華に装飾された外部によって暗示される秘めたるモノが、サロメが登場する絵画の舞台装置に必要と思ったからでしょうか。「モローが残した重層化した画面は、技法的には1880年頃の水彩画における線と色彩の乖離効果に基づいていると考えられるが、そこにコスチュームを通して人物の性格を表わそうとする意味論的方法と、様々なイメージ・ソースを線描で断片化し自由に組み合わせてヴェールのような装飾の線描を作り上げる制作方法とが組み合わさった結果でもあると考えられる。」(引用は全て喜多崎親著)うーん、自由でコラージュ的な扱いもあったのか、と思えばモローの世界はもう少し気軽に解釈できるのかなぁと思った次第です。私にはモローの人間性にも関心があって、パリのど真ん中で引き篭もっていた孤高の画家という先入観があります。そこに2人の女性が関わっていたという下世話な噂を、今回きちんと解明したいと思っています。別稿を起こします。

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