彫刻家飯田善國によるピカソ評

7月27日付の朝日新聞「折々のことば」欄に、彫刻家飯田善國によるピカソ評が掲載されていて、目に留まりました。「十歳で どんな大人より上手に 描けた 子供の ように描けるまで一生 かかった 飯田善國」とありました。まずこのコトバに惹かれてしまいました。鷲田清一氏の解説が続きます。「ピカソが生涯をつうじて追い求めたのは文明の〈外〉に出ること、すなわち『名を与えられる以前の事物の記憶』であり、『憧れながら文明人がもう二度と手に入れることのできない』荒々しい野生的な生命力だったと、彫刻家・詩人は言う。ピカソは安住と眠りと怠惰を嫌ったが、それは『同じ所にじっとしていられない』から。思えばこれこそ子供の真骨頂。『ピカソ』から。」とありましたが、ピカソについての詩人飯田善國のコトバは言い得て妙なところがあって、私の心を捉えてしまいました。ピカソはあらゆるものから子供のように解放されたいと願っていたのでしょう。ピカソは芸術家に成るべくして成ったと思っています。「安住と眠りと怠惰を嫌った」ピカソが生涯を通じて創作活動に励んだことはよく知られています。生きて呼吸をするように創作活動をしたのでしょうか。ピカソは目に見えたもの全てに創作を入れたくなって、食卓に並んだ魚さえも作品にしています。彫刻家で詩人だった飯田善國は、ご自身の立体造形ではステンレスを使ったモビールがありますが、それよりも私は詩人西脇順三郎のコトバに帯状のラインで結んだ平面作品に興味を覚えたことを思い出しました。彼の評論も秀逸で、「見えない彫刻」(飯田善國著 小沢書店)は学生時代の私の愛読書でした。ピカソを筆頭に現代美術の潮流をその書籍より学び、その中でも飯田善國が実際に滞在したウィーンの美術家の話は貪るように読んでいて、私もその後ウィーンに滞在することになったのでした。既に故人になってしまった飯田善國には生前一度もお会いしたことがありませんでした。因みに「見えない彫刻」には画家オスカー・ココシュカへの会見記があって、今も私の脳裏に刻まれています。時代が移って私ならフンデルトワッサー会見記が書けそうですが、そんな依頼があるはずもなく、昔のNOTE(ブログ)に書いた記憶があるくらいです。

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