クリムトの葛藤

「無造作な髪、伸びたひげ、よれた仕事着ー。東京都美術館で来月10日まで開催中のクリムト展を見て、何より意外だったのは、画家本人の肖像写真だ。金色を大胆にあしらった妖艶な女性像との落差にとまどった。『外見は無頓着。生涯独身でしたが、女性関係は多方面にわたったようです。』と担当の小林明子学芸員。超のつく有名画家の工房には、裕福な貴婦人や若い女性モデルが幾人も出入りした。隠し子騒動は十数件にのぼるという。」と記載があったのは6月16日付の朝日新聞「天声人語」でした。グスタフ・クリムトとはどんな人物だったのか、写真を見ると冴えない中年男性が写っていて、これがあの絢爛たる絵画を描いた作者なんだと思うと、私はちょっぴり嬉しくなりました。創作活動の上で作者は黒子でいいと私は思っていて、外見と内面は違うものと世間に知らしめたい意向が私にもあるからです。そんなクリムトにも女性関係以外でさまざまな葛藤があったことが図録にありました。「『いろいろなことに思いをめぐらすと、私がずっと恐れていたこと、すなわち脳の病気で亡くなった父、精神病院に入院した母、数年前に気が狂ってしまった姉に起きたことが自分に起こらないか心配しています。おそらくその最初の兆候が私に出始めている…』。クリムトの『肉欲』と『放蕩』そして『不節制』という一面は、彼に非摘出子をもたらしただけでなく新たな心配の種となった。」(マークス・フェリンガー著)クリムトが内心抱えていた血族に関する不安や焦燥、それがどう創作活動に影響していたのか、こればかりは作者のみが知る葛藤ですが、クリムトが生殖から死に至るまでの生命を象徴的に表現している絵画を見ると、生命の円環に関して少なからず関心を持っていた様子が伺えます。それが精神面での追い詰められた状態だったのかどうか洞察の域を出ませんが、精神のバランスを欠いたときに作者は究極の表現に達することが出来ると私は信じているところがあり、クリムトもきっとそうだったに違いないと勝手に思い込んでいるのです。今回来日していた有名な絵画「女の三世代」を見ていると、幼子、若い女性、老女が並列して描かれていて、生命の円環を西洋伝統に則った比喩によって明快に表現されていました。これを描いたときのクリムトの心情は如何ばかりか、私は暫しこの絵画の前で立ちすくんでいました。

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