保田春彦「壁」による彫刻

平塚市美術館で開催中の「彫刻とデッサン展」に出品している彫刻家の中で、私が大学在学中から憧れていた作家が2人もいることが分かり、平塚まで車を飛ばして作品を見に行きました。一人は保田春彦先生で、当時は大学で教壇に立っていましたが、私が直接教わることはありませんでした。今なら気軽に研究室を訪ねていくものを、保田先生は雲の上の存在で、顔を合わせることさえ躊躇しました。長く住まれたイタリアの街の構築的な要素をイメージして、硬質な抽象空間を作り上げている先生の彫刻作品は、人を拒絶するような緊張感があります。会場には「壁に沿うかたち」と「弧の交わる壁」という鉄による壁をテーマとした2作品と、そのエスキースとも言えるデッサンが展示されていました。図録には「彫刻が絵画と異なる点を挙げるとすれば、とくに石のような素材を考えた場合、その表現に必要な絶対的な時間量と、肉体を伴う労働力の、かけはなれた差異ではなかろうか。仮に、”一気呵成”などという無責任な言葉で、タブローを前にする画家の表現行為を形容出来たとしても、石を前にした労働を表す辞句とは到底なりえないという意味である。」(著作「造形の視座」から引用)とありました。先生の寡黙で重い言葉が聞こえてきそうな一文だなぁと思いながら読みました。先生のデッサンはほとんど設計図と形容した方がいいようなもので、鉄や石をカットする割合や寸法、角度がメモされています。形態を研ぎ澄ましていく過程が描かれているような箇所もあり、これも先生らしいなぁと思いました。私もNOTE(ブログ)で自作に触れて、一気呵成には出来ないと標榜してきましたが、別に保田春彦流の発想を真似たわけではなく、本当に彫刻制作は時間がかかるのです。展覧会前にさっと作り上げてしまう画家を羨ましく思うと同時に、労働の蓄積などと言って、己の制作姿勢を肯定しなければ、彫刻家は精神的にやっていけないのかもしれないと思った次第です。

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