ムンクの「叫び」について

あまりにも世界的に有名になったムンクの「叫び」。全部で4点あるようですが、そのうちの1点が東京都美術館に来ていました。先月、「ムンク展」を見てきましたが、「叫び」の人気で混雑を極めていました。ほとんど日本では「叫び」がキャラクター化していることに違和感を感じながら、改めてこの絵画の背景を探っていきたいと思います。「叫び」に最初に接した時の独特な雰囲気を私は忘れていません。周囲の風景と人物が一体化した構成は、まさに叫びそのもので、私は耳を押えている人物が自ら叫んでいるのではなく、周囲に広がる自然から叫ばれているのを拒絶しているように思えてなりません。彼は孤独に耐えて夢遊病患者のように揺らいで歩いている中で、叫びを聞いているのではないかと勝手に解釈をしています。ムンクは同じ主題の作品を複数制作していますが、それについては図録より引用いたします。この文章は「病める子」に関してですが、「叫び」にも同じようなことが言えるのではないかと思いました。「当時センセーショナルな反応を巻き起こしたこの問題作が注目を集め、発注者が現われるたびに描き、手放すという『現実的な動機』が確かにあったのである。しかし見逃してならないのは、ムンクが作品の『源泉』を自分の生い立ちに求め、何度も同じ作品の制作に取り組んだ点、自身の芸術の独自性を同一主題のヴァリエーションによって伝えようと思考を巡らせた点にこそある。彼にとって再制作とは単なるコピーを意味するものではなく、ある必然性をもった繰り返しなのであった。」(水田有子著)複数ある「叫び」にしてもタブローであったり、版画であったりして、そのバリエーションによって印象が異なります。主題となる魂の源泉を求めて何度も描いた複数の作品は、どれもオリジナル性があって、心に訴えてきます。心情によって風景や人物が蜃気楼のように曲がっている表現も、印象強く記憶に留められ、ムンク自身もイメージの連なりの中で、新たな作品を生み出す手法を考案しているように思えます。そうした一連の作品の中に「叫び」が位置付けられるのが心象動機的にもいいのではないかと本展を見て感じました。

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