上野の「ルーべンス展」

先日、東京上野にある国立西洋美術館で開催されている「ルーベンス展」に行ってきました。17世紀に生き、バロックの父と称される画家ペーテル・パウル・ルーベンスは、大きな工房を構え、膨大な宗教画や歴史画を遺した巨匠です。ヨーロッパの多くの美術館にルーベンスの部屋があり、壁面を飾る連作絵画を、若い頃の私は圧倒されながら見入っていました。今回の展覧会はルーベンスが8年間過ごしたイタリアでの活動を中心に据えた企画で、ベルギー(当時のフランドル)出身のルーベンスとイタリア・バロックの画家たちの饗宴が見られる絶好の機会でした。図録にあったアンナ・ロ・ビアンコが著した文章を拾ってみると「ルーベンスのことを『フランドル出身だが幼少よりローマで育った』」と隠喩された部分があったり、「彼の高徳さ、思いやりのある性格、外交の才覚」とあるのは、ルーベンスが画家としての才能だけではなく、外交官や学者として地位があったことを示しています。イタリアにおいても彼は余すところなく力量を発揮し、注文主に応えていたことが伺えます。本展で思わず佇んでしまった巨大絵画が「聖アンデレの殉教」で、こんな一文がありました。「1638年、ルーベンスはあるひとつの壮大な作品をもって、宗教画家としての活動を終えていた。彼の創作全体を象徴し、その着想の複雑さにおいて真に『普遍的』であるその作品とは、《聖アンデレの殉教》である。」私はルーベンスの輝く肉体美と人体の動きに彫塑的な魅力を感じている一人です。比類ないデッサン力に支えられたドラマチックな群像表現は、日本に育った私は西欧社会の毒気に当てられてしまいそうで、東洋の美とは対角の位置にいる人だなぁと常々思っています。最後にルーベンスに対するベッローリ評を載せておきます。「彼は自然から彩色し、混色においては苛烈であった。影を帯びた肉体とは対立するような光を放ち、それゆえ影と光のコントラストには驚くべきものがあった。むらなく溶け込んだ表現が維持されたため、彼の人物像は一度の筆さばきで描かれ、一息で命が吹き込まれたかに見える。」ルーべンスに関する賛辞は絶え間なく続き、この画家がいかに素晴らしい存在感を放っていたかがよく分かりました。

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