名作誕生「鶴の変容」

先日見てきた東京国立博物館の「名作誕生」展の中で、花鳥図の次に自分が足を留めたのが、鶴や鶏を描いた伊藤若冲の作品でした。相変わらず若冲の作品に私は惹かれてしまいます。具象ではあるけれども構成に絶妙な力量を発揮した若冲の描く鳥たちは、歌舞伎役者が舞台で暫を演じるような非の打ち所がない姿態を感じさせてくれます。若冲がその代表作となる絵画を寄進することになった相国寺には、中国の画家文正の「鳴鶴図」が伝えられていて、若冲は明らかにそれを手本にしていたと考えられます。本展には若冲の他に狩野探幽、文正の他に陳伯冲の絵画が並べられていて、鶴の羽の重なり具合を観察すると愈々興味が湧いて、その場を立ち去り難くなりました。図録に相国寺の僧が書いた一文を現代語に直したものが掲載されていました。「若冲はただ絵画だけを好んで、狩野の画技をよくする人に就いて学んだ。その画法を習得すると、ある日自省して言うことには、この画法は狩野のものであって、たとえ私がよく習得したとしても、結局、狩野の枠を超えることができない。狩野は止めて宋元画を学ぶに越したことはない。そこで宋元画を学んだ。しかし臨模すること百数十本に及ぶや、また自省して言うことには、宋元画の技法のさまざまなテクニックにはとても及ぶものではない。しかも宋元画は物を描いているが、その描かれた物を私がさらに描いたのでは、いよいよ物から離れてしまう。みずから物を見て画筆を揮う方がまさっている、と。」(河野元昭著)若冲は、狩野派や宋元画の模倣から、自身の世界観を確立するまで、紆余曲折を経て今に伝えられる若冲流の絵画に至りました。しかし、その裏に隠された努力は並々ならぬものがあったのだろうと改めて感じた次第です。

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