「無著菩薩・世親菩薩像」について

東京上野の国立博物館で開催されている「運慶展」のほぼ中央の大きな部屋に「無著菩薩・世親菩薩像」があります。像の前に立つと惚れ惚れするような写実を極めた精神性が感じられて、まるで像が生きているような錯覚に陥ります。図録の解説によると「運慶が遥か昔のインドの高僧像をここまで写実的に造ることができたのはなぜだろうか。~略~眼窩、頬骨、顎などの骨格を把握した上で肉付けをしているので生きた人間のように見えるのである。世親は前頭部が盛り上がり、目の上、頬、顎に肉が付いている。何かを見つめる視線で、話し始めそうな口元である。無著は額に血管が浮き出て頬骨も目立ち、肉が少し落ちている。穏やかな目だが、黙して語らずという口元で包容力が感じられる。」とあります。まさに「無著菩薩・世親菩薩像」は目の前にモデルがいて木彫したのではないかと思わせます。身に纏った衣に大ぶりな襞が彫られていて、頭部の微細な写実に比べると大胆な印象です。これを見て咄嗟に私はロダンのバルザック像を思い起こしました。洋の東西も年代も異なるのに、「無著菩薩・世親菩薩像」とガウンを纏ったバルザック像とは比較の対象になりませんが、ロダンがバルザックその人を研究するうちに、衣の抽象化・象徴化を進めていき、そこに文豪の思索を語らせる新たな彫刻表現が誕生したことを思えば、「無著菩薩・世親菩薩像」の精神性も共通しているように思えてなりません。仏師であった運慶は、彫刻の概念がなかったはずですが、現代に生きる私がこの仏像を見て、近代彫刻の父であるロダンの作品に思いが飛んでしまうことが、運慶の抜群の表現力を物語っていると思うのです。

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