上野の「アルチンボルド展」

先日、金曜日の夜間開館時間に東京上野の国立西洋美術館で開催中の「アルチンボルド展」を見に行ってきました。日本人はだまし絵のような視覚的遊戯が好きなのか、夜にも関わらず美術館は大変な混雑振りでした。確かに現代からすれば16世紀に描かれた幻想的な絵画は、現代にも通用するような新しい価値観を有していて、とても面白いと感じました。人の頭部を花や果実、魚類、獣類や人工的な産物などの集合体で描いているジュゼッペ・アルチンボルドの独特な世界は、入念にリアリティを追求している反面、寄せ絵の驚嘆に値する観察に思わず引き込まれてしまう魅力を持っています。鑑賞者は異形を楽しむと同時に、その絵が描かれた背景を知りたくなるのです。図録を捲っていると時代に触れた箇所がいくつかありましたが、画家本人の事情に添った部分が気に留まりました。少々長くなりますが、引用します。「『四代元素』のシリーズは、1564年、マクシミリアン2世が神聖ローマ皇帝の座についた後に描かれたものであり、ハプスブルグ家の統治への寓意は一層明白になっている。それでもこれらの怪物のような肖像画が、皇帝の公的イメージを貶める戯画であるというように受け止められはしないか、アルチンボルドはおそらく自信がなかったのであろう、彼は学識者の文章で援護してもらおうと考えた。~略~それは中心的テーマが遊戯、言い換えれば『スケルツォ(冗談)』だったからであろうか。いずれにせよ、アルチンボルドの真面目な冗談がもつ真の意図は、新案の形式に寓意的内容あるいは大プリニウスをはじめとする古代の学識への言及を盛り込むことでも、一見ふざけたような表現に道徳的な含みを持たせることでもなく、むしろ人体の外形から、科学的探究の成果が正確に描写された細部へと、鑑賞者の注意を喚起し視線を導くことにあったと思われる。」これはまさに20世紀以降の芸術の考え方に近く、アルチンボルドがシュルレアリスムの画家たちに支持された理由が分かります。

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