ボッシュの時代の精神分析

現在読んでいる「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)に、早くも興味をそそられる箇所が登場してきました。ルネサンスは日本では文芸復興と訳されていますが、人間の個人的な価値が認められる動きがあったり、社会の中で個人としての解放が意識されたりして、この時代はそれまでの専制君主に束縛されていた中世とは異なる価値観が生まれてきたのでした。そんな背景を考えるとこの時代に心理学が誕生したのも頷けます。ヒエロニムス・ボッシュの生きた時代を探ろうという試みの文章の中で、私が気に留めた箇所を引用いたします。「ルネサンスに『人間の個人的価値の出現』が起こり、それと併行して心理学が始まり、時代とともに狂気が近代の理性の思想によって包囲されて弾圧されることになる。このことを心理学的にみると、本来、自然としての『人間の重要な構成成分である狂気が心の奥底に監禁されていく過程』を示している。~略~ヒエロニムス・ボッシュは、このようなルネサンス時代のるつぼの中に生きた。」ボッシュと同じ時代のデシデリウス・エラスムスは「痴愚神礼賛」を出版して、愚かな人々を通して心理学的な洞察を行っています。ボッシュもこれを読んでいたであろうことは想像に難くないので、ボッシュの描いた図像を通して人間観察の在りようが議論として起こっているのも納得できます。ただし、ボッシュの絵画に現代の精神分析的解釈をするのは無理とする指摘もあります。「(この時代の絵画を)現代人の立場から精神分析を行うことは難しいと結論している。実際、フロイトの精神分析が生まれたのは、彼を取り巻いている社会歴史的状況において、性を厳しく抑圧した時代を背景としていた。~略~このようにまったく次元の異なる立場から、ボッシュにフロイトの精神分析を応用すれば、ただ矛盾する様々な説に拡散するだけである。」ボッシュに関してはまだまだ面白い論考が続きます。これは後日にしたいと思います。

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