東京の「ダリ展」

20世紀を代表する巨匠サルバドール・ダリの絵画を初めて知ったのは、私が中学生の頃だったように思います。溶けた時計盤やら砂丘のような風景に不思議な人体が配置されている絵画は、私の時代には既に革新ではなくなっていましたが、感覚の不思議さは印象に残りました。高校時代にシュルレアリスムが美術史に位置づけられていることを知り、その旗手だったダリはシュルレアリスムの代名詞として印象に刻まれました。ダリの創造世界の変遷を知ったのは、もっと後になってからで、A・ブルトンによるシュルレアリスム運動の何たるかを、評論家瀧口修造の翻訳によって学び、その中でダリが果たした役割や影響を改めて知って、自らの記憶を更新したのでした。ダリは好きか嫌いか、私の中でその価値観はコロコロ変わりました。先日見に行った国立新美術館の「ダリ展」で、私のそうした趣向は極めて表層的であることに気づきました。ダリの創造世界は私の価値観を超えて、はるかに深く大きいものでした。ダリが生涯求めた創造への献身の前に、私は跪くような思いにさせられました。図録に「ダリの視覚的効果に対する情熱は、特にダブル・イメージや見えないイメージに対する関心に変わっていく。ダリは頑固なまでにダブル・イメージを具体的に再現しようとする。つまり、いずれの構成要素を変えることなく、ただ意図するだけで、全く異なったものに変形するイメージを獲得しようとする。」とあります。ダリ自身の言葉も添えられていました。「『見えないイメージ』の発見は、確かにわたしの宿命の一部に組み込まれていた。わたしが6歳のとき、『物事を違ったふうに見る』というわたしのほとんど霊媒的ともいえる力は両親や両親の友人を驚かせた。」超現実主義といわれる絵画は、ダリの資質の中から生まれたものであることが分かります。戦争が始まり、原爆が日本に投下された状況をダリが見て、ダリの世界観が変化していきます。ダリの言葉を引用します。「わたしは原子物理学のとてつもない進歩によってすでに予告されていた物質主義の終焉を確信しています。原子物理学の進歩は、新しい世代を宗教や神秘主義に向かわせることになるでしょう。」本展で印象的だった個々の絵画については別の稿を起こしたいと思います。

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