「ドナウで足を洗いたい!」

先日、東京葛西にある関口美術館に「堀内正和彫刻展」を見に行きましたが、当美術館は本館と東館があって「堀内正和彫刻展」は東館で開催していました。本館では「柳原義達常設展」をやっていたので、これも見てきました。彫刻家柳原義達は、戦後の具象彫刻を先導した一人で、鳩や鴉をモチーフに骨太の塑造美を追究した人でした。作品がまとまったカタチで展示されていたことに私は満足を覚えました。図録を拝見して、ちょっと驚きました。そこに石彫家中島修さんの文章が掲載されていたからです。以前、中島さんは柳原先生を師と仰ぎ、柳原先生宅に下宿していた旨を中島さん本人から聞いたことがあります。おまけに私は中島さんの文章を初めて見たので、そこに生前の中島さんの痕跡を感じて、ご本人のざっくりした言い方や緻密な彫刻を思い出し、何とも言えない気持になりました。その文章は「ドナウで足を洗いたい!」という題がつけられていました。一部を抜粋いたします。「先生をリンツの駅に迎えに行ったおり、先生は開口一番に『中島君、僕はドナウで足を洗いたい。』とおっしゃいました。~略~さっそく足を洗いにドナウに出かけました。先生は靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、ズボンをひざの上までまくしあげ(ついでに腕時計を河岸にはずされて)満足そうに両足をドナウに入れ…」という描写があり、どうやら柳原先生は腕時計を河岸に忘れてしまったそうで、そんなエピソードが綴られていました。柳原先生が他界された時に「私は急いで先生の骨粉を両手でかき集めて封筒に入れ、オーストリアに持ち帰りました。先生が生前、”ドナウで足を洗いたい”と言われたドナウにしずかに骨粉を流し入れました。」とあります。ドナウに散骨された日本人の巨匠は、天国でこの行為を見てくれていたのでしょうか。散骨した当人の中島さんも既にこの世におりません。さしづめ彫刻家柳原義達は、私が師と仰いだ人のさらに先の師と言えるのではないかと思ったのでした。

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