「夢解釈の方法」まとめ
2015年 7月 27日 月曜日
現在読んでいる「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)の第二章を読み終えて、ここで章論のまとめをします。第一章は「夢の問題に関する科学的文献」で、夢を論じた多くの研究を挙げて、夢が不条理で断片的であり、心的活動の低下になることを概観しています。章の最後に精神障害と夢の関連により、「夢の秘密を明らかにしようとする努力によって、私たちは、精神病の解明に努めていると言える」(引用)と結んでいます。さて、第二章では「夢に関する科学的な理論において、夢解釈という問題を論じる余地はない」(引用)と言っておきながら、「私は、夢が解釈可能であることを示そうともくろんだのである。」(引用)とフロイト自身が、これから取り組もうとする本著作の核心部分を語っています。これはフロイト自身が見た夢を解釈するもので、前置きと夢の綴りと分析が、順を追って書かれています。登場人物はフロイトの女性患者イルマ、M博士、フロイトの友人オットーやレオポルトで、イルマの病症や診断を巡って、オットーが既にイルマに注射した薬剤等やM博士の見立てが次々に出てきます。続く分析では、フロイト自身が、M博士を揶揄し、オットーと敵対している関係を告白しています。そんな実体験を通し、フロイトは「私は、夢によって実現される意図があることに気がついた。~略~夢はいくつかの欲望を充足する。~略~夢の細部についても、その多くが私には欲望充足という観点から理解しうるものとなる。」と書き表し、第二章の最後には「ここで示した夢解釈の方法に従うなら、夢が実際に意味をもつこと、そして、夢が、研究者諸氏の主張するような支離滅裂な脳の活動の表現ではないことが明らかになる。」と結んでいます。