死生観について

昨日書いたNOTE(ブログ)に関連することで、死生観における哲学的な考察が、現在読んでいる「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第四巻にありました。「考えることをしない動物におけると同様に、人間においてもまた、自分は自然そのものなのだ、世界そのものなのだ、というかの最内奥の意識から生まれてくる安心感が平生は持続的な状態としては優位を占めているのである。死は確実で間近だという思想が、かくべつ人間をおびやかさないのはそのためなのであって、誰もがまるで自分は永遠に生きているに違いないとでもいうように、その日その日をやり過ごしている。」確実にやってくる死を意識しないで生きている私たちに対する考察が述べられています。また死の怯えは理性が防いでいるという箇所もありました。「理性的存在である人間の生が死の想念によって毒されたりしないよう、防いでくれるのである。このような意識こそ生活に対する勇気の基盤でもあるからである。この勇気のあるおかげで、あらゆる生物は一本立ちして、まるで死など存在しないかのように、自分の生にひたと目を据え、生に向かっていくかぎり快活に生きつづけることができるようになるのである。が、だからといってこのような勇気は、死がひとつひとつの場面で、実際に、いやよしんば想像においてにせよ、ともあれ個体に近寄ってきて、個体がいまや死をしかと直視しなければならないときに至り、個体が死の不安に襲われまいとなんとかしてこれを逃れようとする事態をなんらさまたげるものではない。」

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