終焉を受け入れる感覚

人生に必ず死が訪れる運命を、人はどんなところで受け入れるのでしょうか。自分の若い頃は、墓参りや葬儀の参列が嫌でたまりませんでした。線香が立ち込める寺院の雰囲気に馴染めなかったのでした。不思議なことに父が亡くなってから、父が葬られている菩提寺に行くと心が安らぐようになりました。自分の周囲の人たちの葬儀にも退屈を感じなくなり、むしろ心が落ち着き、リラックスしている自分に気づきます。加齢のせいでしょうか。それとも何か説明のつかないものが存在しているのでしょうか。死ぬことを受け入れるために芸術や哲学があると自分は信じ始めていますが、死生観という確固たる理論ではなく、それは根拠のない感覚のようなもので、終焉を受け入れるということをイメージしているのかもしれません。80代後半に差し掛かる母は、脚が悪いにもかかわらず、墓参りには行きたいと言っています。そこに行けば気持ちが落ち着くのでしょうか。自分はまだそこまでいきませんが、母に誘われて墓参りをするのは苦ではありません。自分に僅かながら終焉を受け入れる感覚が育っているように思えるのです。

関連する投稿

  • 時間刻みの生活について 芸術家は自由な時間の中からインスピレーションを得て、それを具現化する仕事だという認識が、私は学生時代からありました。亡父は造園業、祖父も先代も大工の棟梁という職人家庭に育った自分は、自ら決めた時間で […]
  • 週末 墓参りと新作準備 家内の亡父が17回忌となり、今日は横浜の久保山墓地に花と線香を手向けに出かけました。親戚も高齢化してなかなか集まれない状況の中で、私たちだけでも墓参りをしてきたのでした。横浜市南区にある久保山墓地は […]
  • RECORD奮闘中 一日1点ずつポストカード大の平面作品を作ろうと決めたのは、2007年の2月でした。それから10年以上も毎日作り続けていますが、この小さな制作が習慣になっているとは言え、ウィークディの仕事が多忙な時や […]
  • 昨日の疲労が残って… 今日から1週間が始まります。今日は職場に自家用車で出かけました。勤務後、車検のためメーカーに車を預けに行ったため今日だけは車通勤にしたのでした。昨日の疲労が残って、今朝の起床が辛かったこともあり、車 […]
  • 盆供養と私事旅行の準備 明日、菩提寺の住職がお経をあげに母の実家に来てくれます。それを契機に実家の片づけを先日行いました。最近の母は主に介護施設にいるため、実家を空けることが屡あります。先日は業者を呼んで既に使わない家具や […]

Comments are closed.