土が石化するとき

陶彫で作品を作っていると避けて通れない最後の作業工程があります。陶彫作品の仕上げとして陶土の作品は窯に入れられて高温で焼成される工程です。自分の作品は釉薬をかけずに焼き締めていく方法をとっています。釉薬をかけるとすれば、成形された作品を乾燥後に素焼きして、一旦窯から取り出して釉掛けを施し、再び本焼きを開始します。ただし、自分の作品はしっかり乾燥させた後、いきなり本焼きを行います。そのため時間をかけてゆっくり温度を上げる窯の設定にしていて、素焼きの工程を省いても何とか焼成ができるようにしてあります。ただし、幾度となくNOTE(ブログ)に書いていますが、最後の工程には手を触れられないので、成功かどうかは神仏に祈ることしかありません。それが陶彫の面白いところでもあり、苦しむところでもあります。窯を開けると作品はまったく違う相貌になっていて自分の作品とは思えません。陶芸の本によると土が石化すると書かれていますが、まさに石のようになった作品を前にして炎の魔術としか思えない不思議さに今でも心を動かされます。石のように変貌した作品は、土の危うさから身を固めた強さが備わり、外からの衝撃がなければ朽ちることもなく未来に存在していけるのです。先日の窯出しで再び陶彫への思いが新たになりました。

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