「西洋の没落」再読開始

私は1980年から85年にかけて5年間をヨーロッパで学生として過ごしました。ちょうど24歳から29歳までの異文化を学ぶには絶好の機会が与えられたわけです。当時は無我夢中で何か準備をしなければ渡欧する意味がないと思え、事前学習をしておこうと決めていました。その中に「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の読破を入れていましたが、読み始めて僅か数ページで断念し、そのまま実家の押入れに仕舞い込んでしまいました。海外から帰国した際に、もう一度チャレンジしましたが、第一巻すら歯がたたず、今度は自宅の書棚に移したまま放置していました。今回は3度目のチャレンジになります。本書は壮大な哲学書ですが、何としても読み終えたいと思っています。短い通勤時間帯ではどのくらいの時間がかかるのか見当もつきませんが、生涯学習のひとつとして少しずつ意味を咀嚼しながら30年前の目標を達成したいと思います。ページを捲ると変色した紙と埃の臭いがします。こんなになるまで放っておいた書籍に向かって、今度こそは読み切るぞと呟いています。

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