「ノア・ノア」の情景描写

通勤途中に読んでいる「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」(ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房)にある「ノア・ノア」は、ゴーギャンがタヒチ滞在の回想を綴ったもので、詩情溢れる文章です。ゴーギャンがタヒチの民族を受け入れ、また周囲からも受け入れられていく過程に興味を覚えました。そこから西欧の文明人が南海の島に出かけていき、そこで彼らと混じって漁に出かけたり、彫刻のための木を切り倒して運んだりという原始的で豊かな生活がイメージ出来ます。「私の前をゆく彼の動物のようにしなやかな体は、魅力的な輪郭を持ち、性を感じさせなかった。この若さから、周囲の自然とのこの全き調和から、芸術家としての私の心を魅する美が、香り『ノア・ノア』が生まれていた。単純なものと複雑なものとが互に牽かれあう気持ちから生まれた、この堅固な友情から、私のうちに恋情が花ひらいた。」という箇所で、若い青年に対する性を超えた感情が芽生え、ゴーギャンは不思議な恋情に憑かれてしまいます。「私は罪の予感、見知らぬものに対する欲望、悪のめざめのごときものを感じた。」と続き、やがて平静な我に返るくだりがあります。まさに芸術的なインスピレーションを与えてくれたタヒチでの生活が、その後のゴーギャンを憑き動かしていくのだと思いました。

関連する投稿

  • 矢内原伊作から見たジャン・ジュネ 「その異常な経歴や放浪者風の生活態度から考え、また『泥棒日記』の成立の事情や宝石のようなイマージュが次々と湧き出る文体などから考えると、ジュネはいかにも天衣無縫といった言葉のあてはまる天成の詩人のよ […]
  • 怒涛図「男浪」「女浪」 何年か前に長野県小布施に行きました。確か麻績の池田宗弘先生宅にお邪魔した帰り道だったように思います。目的は葛飾北斎の足跡を辿ることで、小布施にある北斎館を見たかったのです。そこで感動をしたのは祭屋台 […]
  • 時間刻みの生活について 芸術家は自由な時間の中からインスピレーションを得て、それを具現化する仕事だという認識が、私は学生時代からありました。亡父は造園業、祖父も先代も大工の棟梁という職人家庭に育った自分は、自ら決めた時間で […]
  • アトリエの再現 芸術家が作品を生み出す場所や周囲の環境に覗き見的な興味を私は持っています。学生の頃も大学の一角を使って、彫刻科の先生方が真摯に制作されている現場を垣間見て、自分の意欲を高めたりしていました。東村山市 […]
  • 「クレーの日記」再読開始 このところ書店で新しい書物を買うことはせず、自宅の書棚に眠っている数々の書物を取り出して再読することにしています。その中にはもう既に書店で売られていないものもあって、今となっては貴重な本があるかもし […]

Comments are closed.