実材としての土

20世紀の近代美術が写実から心象へ、その表現が求めるモノが変化していったのは近現代美術史を紐解けばよくわかります。モンドリアンの抽象絵画も写実を純化した結果見いだされた表現です。自分は学生時代は大学のカリキュラムに従い具象表現をやっていました。彫塑によって立体把握が容易に理解できる方法だからです。現代を生きる者として、さまざまな表現が当時も美術館やギャラリーで試みられていたのは知っていましたが、自分は習作という名の下で旧態依然とした表現を敢えてやっていたのでした。習作的なモノから解放されたのはいつ頃だったのか、よく覚えていませんが、自分の場合は徐々に抽象表現に接近したわけではなく、何となくカタチと遊んでいるうちに自分のやりたいことが見つかったように思います。でも塑造から離れることはなく、常に具象的なイメージを残したままモデルを写し取る表現から脱皮していきました。その時、土という実材を初めて意識しました。モデルを写し取る素材としてではなく、土そのものを捉える表現に移行して、土による抽象化が芽生えたのかもしれません。

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