「シュルレアリスムと絵画」から抄

「私が考えるに、これからも長いあいだ人間たちは、存在する事物も存在しない事物もおなじ光のなかに、おなじ幻覚の光のなかにひたしながら、自分の眼から流れる魔術的な河を、その真の源泉にまでさかのぼる必要を感じつづけるだろう。心をかきみだすその発見が何に由来するのかはかならずしもはっきりわからないままに、彼らはそうした源泉のひとつを、どんな山頂よりも高いところに見さだめるだろう。彼らのまだ知らないもの、これから愛するようになるものの魅惑的な靄が凝結する場所、そんな領域が、一閃の電光のなかに立ちあらわれるだろう。たぶんそのときになっても、彼らはあいかわらず、みすぼらしい勘定台をそこに据えつけたり、繁殖をつづけたり、殺しあったり、略奪をすませてから陸にもどることしか欲しなかったりするのかもしれない!そのとき、世界に依然としてのこり、虚空と暗闇の無秩序をつらぬいてなおありつづけるものが、もしも完全な解決の単なる片鱗、理想的な一点回帰の単なる痕跡、いまの生活とかけはなれた時期に私たちに差しだされ認められることをたしかにもとめていたすべてのものの単なる名残にすぎなかったとしても、それらはぜひとも二、三十枚のタブローとしてとどまっていてほしい、と私は心から願うものである。~略~」(「シュルレアリスムと絵画」アンドレ・ブルトン著 巌谷國士訳 人文書院)いささか長い引用になってしまいましたが、やっとA・ブルトンの「シュルレアリスムと絵画」を読み始めました。読み始めのシュルレアリスムに導入する部分で感銘した文章を載せました。全編にわたって詩句が散りばめられたような文体で綴られています。少しずつ確かめつつ読んでいきたいと思います。

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