真鍮直付け「旅人~坂道の木~」

私淑している彫刻家保田春彦先生がいる一方で、自分には大変身近な池田宗弘先生がいます。大学時代から池田先生の工房に出入りして、ほとんど直弟子となっていた自分は、自分の結婚式の仲人も先生にお願いしました。先生の工房が東京の秋津から長野県麻績に移ってから、年1回の訪問になってしまいましたが、手紙や電話のやりとりはよくしています。池田先生の奥様が他界されて追悼の著作を出版されたのは、奇しくも保田先生と同じです。今は同じ境遇にいらっしゃる2人の先生が、かつて自分の学生時代に同じ大学で教壇に立たれていたのは偶然でしょうか。池田先生は奥様も先生ご自身もキリスト教信者。作っている彫刻もキリスト教をテーマにしているので、奥様が亡くなられても作風が大きく変化することがなく、以前より宗教性が増したように感じています。今回「自由美術展」に出品された彫刻「旅人~坂道の木~」は、夏に麻績の工房を訪れた時に、制作途中の状態を見ていたので、真鍮直付けによって「旅人~坂道の木~」がどのような工程で作られていったのかがよくわかります。ちょうどその時、業者が真鍮の板材を運んできたのでした。工房の野外にある土間で、溶接を繰り返し、万全な構造による心棒を組み立て、そこに着衣の人物を真鍮によって塑造していく技法は、池田宗弘ワールドの骨頂で、それによってかつてはユーモアやペーソスを表現した軽みのある人物や猫を作ってきました。今回はマントを羽織った旅人が階段を降りかけたところにある木に手をかけんとする情景を造形しています。人物の軽みはあるものの弱々しさは微塵も無く、人物の的確な描写によって深い精神性を表していると感じました。

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