鑑賞から生まれるコトバ

「瀧口修造全集Ⅴ」(みすず書房)には、作家の個展や出版等に寄せる滝口の文章が掲載されています。それは通常の美術評論として書かれたものや、作品鑑賞から生まれ出た詩的なコトバも数多くあります。そうしたコトバは、実際の展覧会を見ていない自分にとって、美術作品を動機付けとした別の世界感を形作っているように思えます。詩をよく味わいイメージするところを探ると、その動機となった美術作品との間にどんな関係が結ばれているのか興味が尽きないところですが、今となっては過去の展覧会を見ることは不可能です。よく知られた作家や作品の場合には、対象となるモノと瀧口修造の関わりが多少は理解できて、それだけでも面白いと感じます。様々な表現を、あらゆる媒体を使って作品化する世界にあって、それを考察をする上で、瀧口修造の試みは自分の鑑賞力を高め、翻って自己表現を考える上でも、一助になっていると確信しています。

関連する投稿

  • 若林奮「Dog Field」展 多摩美術大学美術館で開催されている故若林奮先生の「Dog […]
  • NOTEの役割 私はホームページにNOTE(ブログ)を毎日アップしています。一日1点の平面作品を作っていくRECORDと同じ日々の習慣となった活動です。NOTE(ブログ)は日記としての日々の記録ですが、これだけでは […]
  • 「余白に書く」を読む 表題の「余白に書く」というのは、「瀧口修造全集Ⅳ」の副題です。「余白に書く」とはどういうことだろうと思って読み始めました。「余白に書く」とは展覧会や公演に寄せた文章であることがわかり、その夥しい数の […]
  • みやさんの「ユーラシア無限軌道」 表題の本は紀行作家みやこうせいさんが書いたもので、詩人のまどみちおさんとみやさんが東京青山のギャラリーで2人展を開催していた時に購入しました。「名前なんてつまらないサインはやめて、サインではないサイ […]
  • 詩的言語による作品分析 通勤電車の中で読んでいるA・ブルトン著「シュルレアリスムと絵画」(人文書院)に収められているマルセル・デュシャンの作り出したガラス絵「花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも」に関する分析は […]

Comments are closed.