読書ができる貴重な時間

職場では管理職といえども雑用に追われる毎日で、こんな時に通勤時間帯や余暇に読書ができる幸せを感じます。本を読む、活字を追う行為から広がるイメージの世界は、自分が今まで蓄積したあらゆる体験や経験を駆使して構築したものです。人それぞれによって体験や経験が異なるので、当然イメージが違っていると思うのです。コトバから生まれる世界観が人によってさまざまなところがいいと思います。映像はイメージを固定化します。コトバは自分で映像を組み立てさせ、そこから動きを作ります。その国の言語によっても、そこから生まれるイメージに相違があると考えます。自分は読書は創造行為だと思っています。読書ができる貴重な時間。陶彫やRECORDやこのブログと同じ価値を持つ時間だと考えています。

関連する投稿

  • 非存在という考え方 あまり夢を見ない私が、ある晩に見た夢を覚えていて、夢の中では学生時代に遡って彫刻を学び始めた頃の私になっていました。人体塑造をやっていた私は、どこの部分の粘土を削り取ったらいいのか散々考えていました […]
  • コトバと彫刻について 私は彫刻に関わるようになったのは大学の1年生からで、それまで工業デザインを専攻するつもりだった私が、極端な方向転換をして初めて彫刻に出会ったのでした。本格的な立体表現を知らなかった私は結構混乱して、 […]
  • 詩集「青蜥蜴の夢」を読み始める 横浜駅地下街の古書店で見つけた「土方久功詩集 […]
  • 無意識が関与する創作動機 「たぶん私たちには、知的で芸術的な創作についても、その意識的な性格を極端に過剰評価する傾向があるのだろう。しかし、ゲーテやヘルムホルツのような幾人かのきわめて創作力に富んだ人々の報告から私たちが聞き […]
  • 「瀧口修造の詩的実験1927~1937」 現在、通勤時間帯ではドイツ表現主義の画家アウグスト・マッケに関する書物を読んでいます。自宅の食卓には「瀧口修造の詩的実験1927~1937」(思潮社)がいつも置いてあって、毎晩適当な頁をめくっては何 […]

Comments are closed.