M・デュシャンの語録より

マルセル・デュシャンがガラスの大作「独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」を構想しながら書き溜めた「グリーン・ボックス」と呼ばれているノートがあり、その和訳可能な部分を翻訳したものを読み解いています。難解というより、その時々に脳裏を過るコトバを書き連ねたものという印象で、作品にするための準備のようであり、作品に拘らず日常の事象を思索したものとも考えられます。コトバを媒体にした何らかの表現活動ですが、詩とも散文とも言えないもので、むしろそうした芸術活動の概念から解放されることを意図した作品とも言えます。「あのガラス作品には、たしかに画家の制作としては類を見ない忍耐と思索が投入されているにしても、デュシャン自身はあらゆる考証の結論から自由であろうとする。〜略〜たしかにデュシャンのノートはガラス作品の計画をめぐるノートであったにしても、それは彼の脳裏に起った思考の痕跡であって、できあがった作品のためのという既成概念による推理論証は、ふたたび芸術作品の罠に陥ることになるだろう。〜以下略〜」(瀧口修造全集3)マルセル・デュシャンは芸術や文学から自由になろうとし、作品にローズ・セラヴィという署名をすることにより、男性からも自由になりえたと瀧口は書いています。「あるいは自由という観念からさえも自由になりえたのだ。」(瀧口修造全集3)

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