M・デュシャンを紐解く

現代美術に大きな足跡を残したマルセル・デュシャン。実は学生時代から避けて通ってきた巨匠の一人で、いつかはマルセル・デュシャンの全貌を理解したいと思いつつ、その謎に触れると思考の混乱を招いてしまうのです。自分の認識と言えば、創作行為にレデイメードを持ち込んだことくらいしかありません。ガラスの大作「独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」は気になる作品のひとつですが、自分にとっては読み解くことが容易ではありません。「瀧口修造全集3」では多くの紙面を割いて、マルセル・デュシャンの仕事や創作メモを掲載していて、ひとつひとつ読み込んで、マルセル・デュシャンの造形思考や詩に近づきたいと考えています。「マット氏が自分の手でこの泉をつくったかどうかということは重要なことではない。かれはそれを選んだのである。彼はありふれた生活用品をとりあげ、新しい標題と観点のもとに、その実用の意味が消えてしまうようにそれを置いたのだ。つまり、その物体のために新しい思想を創り出したのだ。〜以下略〜」有名なレデイメードのことを書いた一節です。ここで言うマット氏はマルセル・デュシャンのことで、便器を逆さにしたものを「泉」という題名をつけて、ニューヨークのアンデパンダン展に出品したのです。上記の文はデュシャン自らが書いたとされています。マルセル・デュシャン入門としては、今日はこのくらいにしておきます。

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