ミロ美術館の記憶

このところブログはバルセロナの話題が続いています。20数年前に訪れたバルセロナは自分にとって大変刺激的な街でした。市街から離れた小高い丘の上にミロ美術館がありました。美術館は青い空のもと、緑の丘に建つ白い建物という印象で開放感に溢れていました。空間が羨ましいと感じた最初の美術館です。学生時代によく出かけた穂高の碌山美術館は、その時まで自分の中では最高の美術館という位置づけをしていましたが、色彩が奔放に交差するミロの作品を、広い空間に展示するミロ美術館は、そのスケールで自分の中の個人美術館の先入観をひっくり返してしまいました。ロケーションもミロの作品の一部のように思えました。こんな美術館が自分にもあったらいいなと素直に思いました。当時はまだ自分が何者でどんな表現活動をしていくのか皆目見当がつかなかった頃なのに、まず美術館の空間に憧れていました。ミロ美術館の最初の印象から20数年。もう一度ミロ美術館を訪れる機会があったら、今度はどんな感想を持つのでしょうか。         Yutaka Aihara.com

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