Archives for posts tagged ‘コトバ’

雛型の展示で思うこと

立体作品の展覧会に行くと、初めは大きな作品に目が奪われますが、じっくり見ていくうちにガラスケースに入った雛型に注目が移ります。雛型にはいろいろな謎が隠されていて、ひとつひとつ想像しながら鑑賞することはこの上ない楽しみなの [...]

作品展示の演出

彫刻を学んでいた学生時代には、作品のクオリティを高めることに精を出していて、作品がどこに展示されるかは念頭にありませんでした。作品を人に見せることを考えていなかった時代です。これはこれでよかったと今では思っています。演出 [...]

箱宇宙に捧げられたコトバ

アメリカ人アーティストのジョセフ・コーネルと詩人の高橋睦郎によるコラボレーションによる展覧会は、さまざまな角度から自分を刺激してくれました。そのひとつに造形作品に捧げられた詩人のコトバがあります。捧げられたというのは誤解 [...]

若林奮「Dog Field」展

多摩美術大学美術館で開催されている故若林奮先生の「Dog Field」展は、彫刻数点と多くのドローイングによって構成された個展です。自分は昔から若林先生の個展であれば必ず見に行っていました。若林先生を「先生」と呼ぶのは、 [...]

同じタイトルを避けて…

2006年3月に始めたホームページのNOTE(ブログ)は、同年8月から毎日アップするようになりました。夜パソコンに向かってブログを書くのが日課になっています。一日のうち1回は創作に纏わることを考えたいと願って、拙い文章を [...]

鑑賞から生まれるコトバ

「瀧口修造全集Ⅴ」(みすず書房)には、作家の個展や出版等に寄せる滝口の文章が掲載されています。それは通常の美術評論として書かれたものや、作品鑑賞から生まれ出た詩的なコトバも数多くあります。そうしたコトバは、実際の展覧会を [...]

週末 精神が安定する木彫

朝から工房に行って、木彫に取り組みました。いろいろ用事があって、途中で中断も余儀なくされましたが、木を彫っている瞬間の楽しさを改めて認識しました。いつぞやのブログにも同じ内容を掲載しましたが、木を彫る行為は精神が安定しま [...]

言語と図像の関係

「言語と図像とは、位相を異にしながら、牽引し合う。余白に書かれたように見えながら、言語影像としての自発的な対位法をもつ。」(「瀧口修造全集5」みすず書房)自分がコトバを選ぶ時に感じることのひとつに、自分の彫刻作品の説明で [...]

もう一度「瀧口修造全集」へ

瀧口修造全集(みすず書房)の1巻から4巻まで読んだところで、一呼吸入れて別の本を読んでいました。「バルラッハの旅」(上野弘道著 風間書房)や「岩崎弥太郎と三菱四代」(河合敦著 幻冬舎)などを読んで、ここにきてもう一度「瀧 [...]

全集読破の途中で…

通勤電車の中で愛読している「瀧口修造全集」。ちょうど4巻が終わったところで、中休みをとることにしました。瀧口流の思考に自分が傾倒しつつあるので、ちょっと切り口を変えてみたくなったのです。シュルレアリスムの思想が、昨年夏に [...]

「余白に書く」を読む

表題の「余白に書く」というのは、「瀧口修造全集Ⅳ」の副題です。「余白に書く」とはどういうことだろうと思って読み始めました。「余白に書く」とは展覧会や公演に寄せた文章であることがわかり、その夥しい数の文章が「瀧口修造全集Ⅳ [...]

読書ができる貴重な時間

職場では管理職といえども雑用に追われる毎日で、こんな時に通勤時間帯や余暇に読書ができる幸せを感じます。本を読む、活字を追う行為から広がるイメージの世界は、自分が今まで蓄積したあらゆる体験や経験を駆使して構築したものです。 [...]

RECORD10月・11月アップ

毎日ポストカード大の作品を作り続けているRECORD。飽きもせず時と場合によっては無理やりやっている時があります。そんなRECORDの昨年の10月分と11月分がホームページにアップしました。10月は平行四辺形をベースに、 [...]

詩人という存在

「瀧口修造全集」を相変わらず読んでいます。瀧口修造は詩人と認識して久しかった自分には、全集に掲載されていた自己を振り返る文章の中で、詩集を一冊も出版していない詩人だと自身を語っていられるのを読んで、職業人としての詩人とは [...]

ひらがなの詩

ホームページを持つようになって、アップした画像の合間にコトバを書いています。学生の頃から詩が大好きで、自宅の書棚には今も学生時代に集めた詩集が眠っています。埃を叩いて、たまに頁をめくって、今の気持ちに合ったコトバを探しま [...]

「老人力」を読む

「老人力ときて、あとがきとなると、何だかもう遺書みたいだけど、そうではない。ふつうにあとがきである。」書店で立ち読みをして、まず目についたのは本書のあとがきでした。思わず吹き出して、即購入。「〜力」という最近流行っている [...]

RECORD8.9月分アップ

昨年この時期に作ったRECORDの8月分と9月分がホームページにアップしています。RECORDという作品はポストカード大の平面作品で、一日1点ずつ制作しているのです。いわば毎日の記録(RECORD)です。このブログと同じ [...]

秋の深まりに…

連休明けで職場にいてもボンヤリ過ごしていました。仕事はいろいろあるのに手がつけられずに、それでも時間がどんどん経って、気がつけば勤務終了。どうも秋になって空気が乾燥してきて、気持ちが緩んでいるように感じています。休みにな [...]

選挙に行く…

自分は倉庫の整備・整理があり、家内は公会堂で胡弓の演奏があるため、衆議院および横浜市長選挙には朝一番で出かけました。私は20歳になってから、滞欧生活をしていた5年間を除いて、必ず選挙に行っています。普段から政局に関心があ [...]

RECORDの6・7月アップ

昨年作ったRECORDの6月分と7月分を、自分のホームページにアップしました。RECORDとは、一日1枚のペースで葉書大の平面作品を作っている総称を言います。もうかれこれ3年間やっています。もちろん現在も作っていて、終わ [...]

RECORDのコトバ

自分のホームページでは作品のイメージ写真にコトバを加えています。これは自分にとっては至難の業で、コピーライターのように巧くはいきません。宣伝やアピールとは違うものになってしまっているからです。学生時代から詩が好きで、一度 [...]

詩的世界の散歩道

書店に入り、ふと捲ったページにあった一文が忘れなくなったり、画廊で、ふと目にした絵画の情景が記憶に焼きついてしまったりすることがあります。コトバは自分が忘却した記憶のどこかと触れ合って、説明のつかない懐かしさが頭を過り、 [...]

イメージする力を保つ

創作活動から離れていると、イメージする力が衰えてきます。美術の制作であれ詩作であれ、それは同じです。イメージする力は漫然と生きていても、なかなか身につくものではなく、常に何事かをイメージしようと心がけていなければ出来ませ [...]

5月の空に…

五月晴れというコトバがありますが、今日は荒れ模様の一日でした。週末の日課として、亡父の残した畑に行って倉庫建設の様子を見ますが、雨風で周囲の木々が大きく揺れていました。我ながら美しいところだなと思っています。ここで作業が [...]

RECORD 苦楽の日々

一日1枚のペースで小さな平面作品を作っているRECORD。葉書サイズでも、時として手間暇かけて丁寧に作ると、ほとんど一日費やしてしまうことがあります。自分の性分でこうしたものを雑に作ることが出来ず、自分が考える水準まで到 [...]

思索という制作過程

造形活動への渇望を昨日のブログに書きましたが、3月まで勤めていた職場なら今週末は制作続行というスケジュールが組めたのに、今ではそういうわけにはいかず、今週末は自分のやってきた造形に対し、距離を置いて思索することにしました [...]

図形から生み出すコトバ

昨年2月・3月分のRECORDを見て、何かコトバを生み出そうとしているのですが、かなりの難産と言わざるを得ません。幾何形体や図形をもとに一日1点ずつ描いてきたRECORDはコトバを介在せずにイメージしています。むしろコト [...]

仕事始めは油絵の具と共に…

今日から制作再開です。昨年暮れに砂のマチエールを硬化剤で固めたところまでやっていたので、そこに油絵の具を染み込ませる仕事から取り掛かることにしました。家内と知り合いの美大生に助っ人を頼み、3人で一気に塗っていきました。油 [...]

「みじめな、うちしひがれた生徒が…」

「みじめな、うちひしがれた生徒が ぼくに白状した。窓辺へ吸い寄せられてしまう、と。ノートから離れ、インクにつけたペンから離れて。彼の目は彷徨い出ようとし、ひたいをおしあてた 窓ガラスを突き抜ける。」スイスの画家クレーの詩 [...]

HPギャラリーに「遺構」アップ

今年の個展で発表した「発掘〜遺構〜」が、ホームページのギャラリーにアップしました。架空都市に寄せる思いもコトバにしてあります。画像はカメラマンの演出処理に負うところが多く、独特の雰囲気を出しています。世の終焉を描いたスク [...]

「この世はぼくを捉えようもない」

昨日に引き続き、クレーの詩集から感じたことをブログにまとめます。「この世はぼくを捉えようがない。死者たちや、生まれてもいない者たちのところでちょうどよく暮らしているのだから。創造の中心にふつうよりちょっと近く。でもまだ十 [...]