Archives for posts tagged ‘ウィーン’

詩人の死生観について

「ぼくは死は生と地続きだ思っているんです。肉体は服を脱ぐように脱げるもので魂は生き続ける。だから、妻や友人たちを思い出すということは、彼らが、俗世間で生きているぼくたちとは違う形で生きているんだと思っているし、そう思いた […]

山形県へ① お世話になった人の墓参り

お盆休みが始まるため、山形新幹線の指定席確保が困難で、朝から予定していた山形県行きが午後になりました。山形県上山市にはもう30年以上も交流のある画家サイトユフジさんが住んでいます。ユフジさんとは20代の頃、私が滞在してい […]

彫刻の概念について

彫刻の概念は、明治時代以降に西洋から齎されたもので、欧米型の教育システムで育った私は、義務教育で図工・美術科を学び始めた時から、西洋風の立体概念が学習の対象でした。高校、大学時代を通して西洋彫刻に憧れた私は、日本の仏像や […]

「シーレの人形」新聞記事より

今朝、職場に届いていた日本経済新聞に興味のある記事が開催されていたので、NOTE(ブログ)で取り上げることにしました。人形作家宮崎郁子氏による記事で、前書きとして「1890年、ウィーン近郊に生まれた画家エゴン・シーレは早 […]

「絵の証言」読後感

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)を読み終えました。本書に取り上げられていた23人の芸術家の中から8人をホームページのNOTE(ブログ)にアップしました。23人の芸術家のうち日本では比較的知名度が定着している芸術家がいる […]

「道化帽のさまざまな光景」ルードルフ・ハウズナー

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)の23人の芸術家のうち最後に取り上げたいのはウィーン幻想派の旗手ルードルフ・ハウズナーです。私が20代の頃、ウィーン美術アカデミーに在籍していた時期がありました。当時アカデミーにはハウズ […]

映画「謎の天才画家ヒエロニムス・ボス」雑感

若い頃、ウィーンに居を構え、そこから夜行列車に乗り継いでスペインのマドリッドにあるプラド美術館に行ったことがあります。プラド美術館にはヒエロニムス・ボスの「快楽の園」があったはずですが、何ということか、私は記憶に留めてい […]

上野の「ブリューゲル展」

先日、東京国立博物館に行った折に、近くにある東京都美術館に足を延ばし、同館で開催中の「ブリューゲル展」を見てきました。ブリューゲルと言えば、私は若い頃滞在していたウィーンの美術史美術館で見ていた、民衆をパノラマにして描い […]

「精神的苦闘」ユーロ・レヴィン

私は20代の頃、5年間もウィーンに滞在していたにも関わらず、戦争の傷跡には目もくれず、ひたすらアートの動向ばかりに注目していました。美術館に展示されている現代芸術作品の中にはホロコーストが及ぼした深い影響が見られるものが […]

「光景を眼に飲み込めよ」グスタフ・クリムト

オーストリアの画家グスタフ・クリムトは、近代絵画史上でも大きな存在感を示しています。19世紀末に彼は旧態依然とした写実絵画の反逆者となって、ウィーン分離派を組織しました。クリムトは攻撃的な人ではなかったようですが、結果と […]

「第二の自我」エゴン・シーレ

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)のトップを飾るのはオーストリアの画家エゴン・シーレです。私が若い頃に滞在したウィーンでは、シーレの絵はクリムトとともにポストカードやポスターになっていて、近代を代表する芸術 […]

「触れ合う造形」読後感

「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)を読み終えました。本書は、私が注目する画家や彫刻家を取り上げていたためか、内容が大変面白く、また考えさせられる箇所もありました。取り上げられた芸術家の頻度としてはムンク、キルヒナー、 […]

京橋の「サイトユフジ展」

一昨日、東京の京橋にあるギャラリーユマニテで開催中の「サイトユフジ展」に行ってきました。サイト(斎藤)さんは山形県出身でオーストリアのウィーンに長く滞在し、ウィーン幻想派が好んだ古典技法を自らも取得し、細密な絵画表現に挑 […]

「マリアツェル」のシュトレン

シュトレンはドイツ語で「坑道」という意味です。文字通りトンネル状をした菓子パンを指しますが、自分が滞欧生活を切り上げてきた30年前は、日本でのシュトレンの知名度はありませんでした。ドイツ語圏の国々ではクリスマスの時期にな […]

渋谷の「ベルギー奇想の系譜」展

昨日で終了した展覧会を取り上げるのは些か恐縮ですが、私は個人的に奇想の芸術が大好きなので、詳しい感想を述べさせていただきます。ベルギーという中央ヨーロッパに位置する国について私は深く考えたことがなく、20代の頃ウィーンに […]

マニエリスムについて

先日、国立西洋美術館で見た「アルチンボルド展」は、自分にとっては懐かしい過去と出会うひと時でした。アルチンボルドはオーストリアのハプスブルグ家で活躍した画家で、ウィーン美術史美術館にはアルチンボルドの絵画が多数収められて […]

金曜夜は映画鑑賞へ…

今日は勤務時間終了後に映画を観に行くことに決めていました。夕方になって私一人で東京神田の神保町まで足を伸ばしました。今晩は常連にしている横浜ではなく、ミニシアターの聖地とも言える岩波ホールに行ったのでした。アンジェイ・ワ […]

自己表現の確立

大学で人体塑造を学んでいた頃は、立体の捉えを粘土でデッサンするように教わりました。回転台を回しながら量感が正確な位置にあるかどうか、そうした行為に夢中になっていた時期がありました。周囲の友人たちの中で誰が一番巧みに塑造を […]

ボスとブリューゲルについて

私が滞欧していた1980年代は、ウィーン幻想派の流行がやや下火になっていた頃でした。ウィーンの旧市街はゴシックやバロック時代の建造物が軒を並べていて、その装飾に富んだ建物の面構えは、異文化の中で彷徨う東洋人を圧迫するのに […]

上野の「バベルの塔」展

既に東京で展覧会が終わっている「バベルの塔」展をここで取り上げて大変恐縮ですが、展覧会の会期終了間近に慌てて見に行ったため、感想が後になったことをお許しください。これから「バベルの塔」展は大阪に巡回しますので、大阪に行っ […]

京都の「杉浦非水展」

先日の関西出張の折に何とか時間をやり繰りして、京都の岡崎にある細見美術館に出かけました。同館で開催していた「杉浦非水展」に興味が湧き、デザイン分野がまだ定着していない時代に、三越の広報担当として活躍した画家の足跡を辿るこ […]

週末 彫り込み加飾の一日

朝から工房に篭りました。今日は中国籍のスタッフが工房にやってきました。たった一人で作業するのと、誰かがいる場合では、作業の雰囲気が変わります。休憩を取った時に喋る相手がいるのはいいなぁと感じます。彼女は来日して数年が経ち […]

「スラヴ叙事詩」雑感

国立新美術館で開催中の「ミュシャ展」に「スラヴ叙事詩」全20点が来日しています。これはチェコ国外では初めてだそうで、私も「スラヴ叙事詩」を観たのはこれが最初でした。1980年から5年間ウィーンに暮らしていた私は、当時のチ […]

散歩から発想する造形

もう30年も前の話ですが、ウィーン国立美術アカデミーに通っていた私は、憧れの留学が叶ったにも関わらず、現地の学生となかなか馴染めず、ドイツ語を使うのも億劫だったため、語学は一向に身につきませんでした。私は外向的ではないこ […]

私の中のエゴン・シーレ

私がエゴン・シーレという画家の存在を知ったのは、「見えない彫刻」(飯田善国著 小沢書店)という書籍からでした。同書の初版が昭和52年なので、私は刊行後すぐ購入しました。同書にあった「予感的存在者としての…エゴン・シーレ」 […]

映画「エゴン・シーレ 死と乙女」雑感

先日、橫浜のミニシアターで「エゴン・シーレ 死と乙女」を観てきました。図録の中にあった「愛の不毛の中で、誰ひとり幸せにならなかった。ただ数々の傑作だけが残った。」(中野京子)というフレーズが目に留まり、感想としてまさにそ […]

週末 映画&工房での制作

3月に入って最初の週末を迎えました。今日は朝から横浜のミニシアターに出かけ「エゴン・シーレ 死と乙女」を観てきました。家内が1泊2日の小旅行に出かけたため、工房に出入りしているスタッフを連れて行きました。朝9時から映画を […]

彫刻の抽象化について

日本では西欧から彫刻の概念が輸入されたのは歴史的には浅く、ロダンやブールデルに学んだ日本人彫刻家が、内面から迸る動勢やリズムを塊として捉えた人物像を制作していました。西欧の新鮮な空気を纏った具象彫刻に、学生だった私も影響 […]

我が家にあるナイーヴ・アート

私は20代の頃、幾度となくルーマニアに出かけていました。当時住んでいたウィーンで紀行作家みやこうせいさんと知り合い、ルーマニアの現存民俗の取材に同行させていただいたことが、ルーマニアを身近に感じる契機になりました。ルーマ […]

今年印象に残った展覧会

2016年の晦日になりました。明日は今年全般に亘るまとめをNOTE(ブログ)に書くつもりですが、今日は印象に残った展覧会を取上げます。まず西洋の美術展では東京六本木の国立新美術館の「ダリ展」と東京上野の西洋美術館の「クラ […]

クリスマスの思い出

三連休の中日です。今日も朝から工房に篭り、制作に明け暮れました。今日はクリスマス・イヴです。工房にあるラジオのFM放送からクリスマス・ソングが流れていました。私はその雰囲気をラジオでしか味わうことしか出来ず、陶彫の制作サ […]