Archives for posts tagged ‘画家’

「絶叫のタブロー」ヴォルス

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち3人目になるアルフレート・オットー・ヴォルフガング・シュルツェについて感想を述べます。通称ヴォルスです。ヴォルスは昨年、千葉県にある […]

「ツァラトゥストラの詩人」エドワルト・ムンク

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)には23人もの芸術家が掲載されていますが、全員をNOTE(ブログ)で取り上げるつもりはありません。ただ、23人の中には自分が刺激を受けた芸術家が多いので、つい話題にしたい思 […]

「第二の自我」エゴン・シーレ

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)のトップを飾るのはオーストリアの画家エゴン・シーレです。私が若い頃に滞在したウィーンでは、シーレの絵はクリムトとともにポストカードやポスターになっていて、近代を代表する芸術 […]

「触れ合う造形」読後感

「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)を読み終えました。本書は、私が注目する画家や彫刻家を取り上げていたためか、内容が大変面白く、また考えさせられる箇所もありました。取り上げられた芸術家の頻度としてはムンク、キルヒナー、 […]

友情のしるし、絵の交換

昨日のNOTE(ブログ)に書かせていただいた内容とよく似ている内容になりますが、現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)の中に、表題にある画家同志の友情を取り上げている章があります。今回はロシア人画家同志が、 […]

親密な友人関係、そのドキュメント

現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)の中に、表題にある画家同志の友情を取り上げている章があります。画家の友情とはドイツ表現主義のキルヒナーとブライルのことです。フリッツ・ブライルは私にとって未知の画家で、 […]

さまざまな女性像の深淵

現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)に登場するノルウエーの画家ムンクとドイツの画家キルヒナー。日本ではムンクは有名ですが、キルヒナーは知る人ぞ知る画家ではないかと思います。私は20代の頃からドイツ表現主義 […]

映画「ゴッホ 最期の手紙」雑感

先日、常連になっている横浜のミニシアターに映画「ゴッホ 最期の手紙」を観に行きました。レイトショー初日だったためか比較的混んでいて、ゴッホの絵画を使った奇抜なアニメーションに関心が集まっているのかなぁと思いました。当初は […]

三連休 制作&映画鑑賞

月曜日に成人の日があるため、今日から三連休が始まります。正月の休庁期間が明けて、2日間職場に出勤して、またこの三連休は、創作活動をする者にとっては嬉しい限りです。休庁期間にやり残した制作を続行するため、朝から工房に篭りま […]

2017年HP&NOTE総括

2017年の大晦日を迎えました。毎年恒例になっている総括を行います。まず彫刻では7月に12回目の個展をギャラリーせいほうで開催させていただきました。大きな作品では「発掘~宙景~」と「発掘~座景~」を出品しました。個展も1 […]

ドイツ表現派に纏わる雑感

現在、通勤中に読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)と、職場に持ち込んで休憩中に読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、19世紀から20世紀初頭 […]

「運命空間」の人間群

通勤の友として現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)の最初に登場する芸術家がムンクとロダンです。ノルウェーの画家ムンクとフランスの彫刻家ロダン。この2人の巨匠の間に何かしら共通点があったとは、自分はまるで知 […]

「抽象」の意味するもの

職場の休憩時間に読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)の中で、「『抽象絵画』という表現において『抽象』の意味するもの」という章があります。抽象的と言われる所 […]

汐留の「表現への情熱」展

先日、東京汐留にあるパナソニック汐留ミュージアムに「表現への情熱」展に行ってきました。副題を「カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」と称していて、カンディンスキーという画家の名前に反応して、これは見に行かなくてはなら […]

京橋の「サイトユフジ展」

一昨日、東京の京橋にあるギャラリーユマニテで開催中の「サイトユフジ展」に行ってきました。サイト(斎藤)さんは山形県出身でオーストリアのウィーンに長く滞在し、ウィーン幻想派が好んだ古典技法を自らも取得し、細密な絵画表現に挑 […]

「見えないものを見る」読み始める

「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)を読み始めました。画家カンディンスキーに関しては「芸術における精神的なもの」や「点・線・面」など数々の翻訳本を読んできましたが、 […]

「奇想の系譜」読後感

「奇想の系譜」(辻 惟雄著 筑摩書房)をやっと読み終えました。継続して読んでいたわけではないので時間はかかりましたが、職場で仕事の休憩時間に楽しみながら読んでいました。本書で取り上げられている6人の画家は、現在展覧会があ […]

ワイドスクリーンの浮世絵師

浮世絵師歌川国芳は、魑魅魍魎が跋扈する世界を巨大な版画で表現した人で、現在読んでいる「奇想の系譜」(辻 惟雄著 筑摩書房)のラストを飾っています。「国芳の創意は、ここで、三枚続きの画面の構図法に革命をもたらす。従来の三枚 […]

鳥獣悪戯について

江戸時代の絵師長沢蘆雪は、無量寺の襖にある虎図が有名で、この襖三面に大きく描かれた型破りな虎は、一目見ると忘れられない印象を残します。私はこの漫画のような可愛らしい虎が、当初好みに合わず、これは虎と言うより猫ではないかと […]

「カラーアトラス」とは何か?

渋谷にあるBunkamuraザ・ミュージアムで「オットー・ネーベル展」を見てきた折に、不思議な色見本のようなスケッチブックが展示されていました。混色した色彩が大小の矩形で塗られた作品は、色彩計画のようであり、図式化された […]

平塚の「片岡球子 面構展」

日本画家片岡球子は豪快な作風で知られた巨匠です。享年103歳の大往生を羨ましく思っています。自分もその年齢まで創作活動が出来たらいいなぁと思います。先日出かけた平塚市美術館で「片岡球子 面構展」を開催していたので見てきま […]

平塚の「神山明・濱田樹里展」

先日、平塚市美術館で開催している「神山明・濱田樹里展」を見てきました。前のNOTE(ブログ)に書きましたが、既に逝去された彫刻家神山明の杉材を使った作品に、私は言いしれぬ思い入れを抱いています。木材が時代を経て古くなって […]

渋谷の「オットー・ネーベル展」

先日、渋谷にあるBunkamuraザ・ミュージアムで「オットー・ネーベル展」を見てきました。ネーベルは私には馴染みがない画家でしたが、彼が生きた時代や国を考えると、私自身が今まで興味関心をもって調べてきたことと合致する背 […]

練馬の「麻田浩展」

先日、自宅のある横浜から東京練馬まで出かけていき、練馬区美術館開催の「麻田浩 静謐なる楽園の廃墟」展を見てきました。画家の没後20年。私は10年前の夏に京都国立近代美術館で「麻田浩展」を見ていました。その時は没後10年と […]

六本木の「狩野元信展」

昨日で閉幕した展覧会のことを書くのは躊躇されますが、期間ぎりぎりで飛び込んだ展覧会だったので、ご容赦願えればと思います。狩野派と言えば狩野永徳、そして狩野探幽が有名で、狩野元信は自分には未知の絵師でした。室町時代から40 […]

三連休 東京の美術館巡り

三連休の中日です。今日は朝から東京の美術館巡りを行いました。一昨日NOTE(ブログ)に美術鑑賞に対する思いを書きましたが、今日はその実践日でした。巡った展覧会は4つで、いずれも表現が異なる先人達の精神性を秘めた作品からは […]

三連休 映画&成形準備

10月の三連休になりました。昨日の「運慶展」もそうですが、秋は見たい展覧会や映画があって、時間をやり繰りしながら、陶彫制作と折り合いをつけていこうと思っています。鑑賞との兼ね合いを考えると、今月の制作目標に掲げた陶彫8個 […]

中世の絵画工房について

「下絵はよく描き込まれており、筆で線が描かれている点は通常のボスの作品と同様である。描線は、ヴェネツィアにある《聖ヒエロニムス》の描線や《干草車》の人物の描線とも類似している。さらにX線写真もまた、この芸術家が常とする創 […]

「スーラとシェレ」読後感

8月はまったく読書をしなかったため、今日取り上げる「スーラとシェレ」(セゴレーヌ・ルメン著 吉田紀子訳 三元社)は7月25日から読み始めて、9月も終わりに近づく今になって漸く読み終わった次第です。遅読甚だしき言い訳として […]

渋谷の「ベルギー奇想の系譜」展

昨日で終了した展覧会を取り上げるのは些か恐縮ですが、私は個人的に奇想の芸術が大好きなので、詳しい感想を述べさせていただきます。ベルギーという中央ヨーロッパに位置する国について私は深く考えたことがなく、20代の頃ウィーンに […]

秋分の日は美術館・画廊を散策

今日は秋分の日でした。職場は週休2日なので、連休の実感はありませんでしたが、このところ秋の気配を感じているのは確かです。今日は早朝に工房に行って、明日の陶彫成形のために大きなタタラを7枚作りました。午前10時くらいに自宅 […]