Archives for posts tagged ‘創作’

疲労と意欲の混在

「疲れているように見える」と家内に言われ、このところ体調を気にしています。公務員の仕事の影響ではありません。管理職として書類作成やら提出等は毎年やっていることなので、最近は負担を感じることがなくなりました。季節の変わり目 [...]

震災によせて…

3月11日に東日本大震災があって生活意識が変わりました。災害は予期せずやってきて、私たちの生活をあっという間に変えてしまうのかと改めて思いました。震災に遭われた方々に心からご冥福をお祈りいたします。こうした有事に自分は唖 [...]

自分探しの旅

先日、若い美術家志望の人たちに囲まれて自分を振り返る機会を持ちました。自分が何かを表現して鑑賞する側にメッセージを与えるために表現媒体の選択とともに、何を伝えるかという内容が最も大切と話しました。あたりまえのことをあたり [...]

創作のための環境

どんな創作であれ生活環境が及ぼす影響はかなりのものがあると考えます。自分が大学を出る時に、今まで学んできた彫刻を、親の実家でどうやったら作れるだろうか本気で思い悩みました。実は彫刻なんて作れる環境ではないと半ば諦めていた [...]

「創作」という魔力

衣食住という人にとって必要なモノは、日々の生活の中では、あたりまえのように獲得していくモノなので、魔術的な魅力を感じにくいと思っています。震災があって、衣食住が確保できない状態では、その必要不可欠性がクローズアップされま [...]

週末 色彩への憧れ

今日は朝から夕方まで工房で制作三昧でした。昨日、「構築~楼閣~」全体の骨子ができたところで、少し時間をおいて眺めることにしました。これから窯入れする陶彫部品の数々を念頭に入れながら、完成に向けてじっくり見ていきたいと思い [...]

仕事山積の一週間

先週に続き今週も仕事の多い一週間になりそうです。年度初めは今の職場に限らず、どこでも同じ風景なのかもしれません。来週末が遠く感じられます。でも夜のRECORD制作は気合が入っています。昨日美大生に見せられたミニRECOR [...]

出会いの4月です。

職場に14名の新しい正規職員が着任してきました。自分が職員を紹介し、新年度に向けた取り組みがスタートしました。4月5日には臨時的任用職員が4名やってきます。今日着任した職員は新採用も含めて、職場の情報が一気に入ってきて、 [...]

お茶の文化

お茶の文化と言っても茶道のことを言っているわけではありません。禅や茶の湯のことを論じるのは別の機会にして、もっと気楽な話をしようと思います。昨日のNOTE(ブログ)に先祖代々労働を美徳とする家訓について書きました。まぁ、 [...]

自分に問う

自分の創作するものが、自分の中から自然に湧き出たり吐露できるものであればいいと思っています。モノ作りには自分への無意識な問いかけがあるのだろうとも思います。自分とは何か?自分が満足できるものとは何か?自分の生い立ち、環境 [...]

知的活動と手仕事

「キルヒナーは、1925年の自分の作品についての重要な自伝的省察において、『知的活動と手仕事の結びつきにおいて世界でもっとも美しくユニークな』芸術家という職業を彼が二元的に理解していることを明確に述べている。~略~」(「 [...]

三連休 墓参り&制作の日

三連休の中日です。横浜のほぼ中央に古くからある久保山墓地に家内と墓参りに行ってきました。ガソリンがないので、公共交通機関を使って半日かけて行きました。いつも自家用車で行くところを、自宅近くの停留所からJR保土ヶ谷駅までバ [...]

三連休 遅々として進まぬ木彫

今日から三連休は制作三昧で過ごす予定です。ところが今日は木彫の柱の仕上げが遅々として進まず、調子が出ませんでした。ウィークディの公務が影響して、切り替えが出来ないためです。二束の草鞋を履いて、ずっと公務と創作活動を両立し [...]

「三本の糸杉」M・エルンスト

シュルレアリスムの画家マックス・エルンストは大好きな芸術家の一人です。いつもマチエールの巧みさと面白さに魅了されます。フロッタージュ(擦りだし)とグラッタージュ(削り)によって、画面が地質的であったり、また植物的であった [...]

定年までの数年…

人事院勧告があって定年が伸びるかもしれないということもありますが、60歳定年とすれば自分はあと数年で御役ごめんになります。この年度末に近い時期は、公務の仕事が多忙を極めています。そんな時は定年が待ち遠しくもあります。好き [...]

連なる壁のイメージ

「壁体彫刻」というコトバに誘発されて、壁が連なって空間を遮っているイメージが浮かんでいます。壁は一枚板ではなく、部分同士を連結したものであり、何か得体の知れない刻印がされています。それはメカニックな浮き彫りで、風雨に晒さ [...]

週末 叔母のお通夜

寒い一日でした。朝から工房に籠もって加飾と仕上げに明け暮れましたが、今ひとつ調子の出ない一日でした。母から連絡があって、義理の叔母が亡くなったことを知らされ、今晩はお通夜に参列しました。生前はほとんど付き合いもなく、昔の [...]

表現主義の時代

1980年から85年までの5年間、オーストリアに暮らしていた自分は、古都ウィーンの前々世紀から変わらぬバロックの燦然たる景観に、時として愛着を感じていました。これはドイツ表現主義の時代でも、変わらぬ空気をもって街が存在し [...]

週末 作業中に湧くイメージ  

今日も朝から工房で制作です。7月個展に向けて陶彫部品を作っています。相変わらずの週末の光景ですが、ふとしたことで次のイメージが湧いてきました。来年発表の作品は「発掘~鳥瞰~」の発展形で6点屏風になる予定です。それに対峙す [...]

鎌倉の「山下菊二展」

絵画表現を媒体にして、政治や社会問題に対して発言する故・山下菊二。かなり以前に「人人展」という大きなグループ展で山下作品を見た記憶があります。人間をモチーフにした個性的な画家が集まった会でした。現在、神奈川県立近代美術館 [...]

創作活動を考える

常軌を逸した精神状態が優れた芸術作品を生みだす可能性は大きいと思います。職人的な制作工程が必要とされる作品を作るならば、精神のバランスを失うと作品がまとめられなくなることもありますが、素材の扱いが比較的容易で、深い感情表 [...]

「作らない」と「作れない」

週末だけ彫刻制作をしている自分は、今は「作らない」も「作れない」もなく、ひたすら作り続けることのみです。二束の草鞋で制作時間が充分に確保できないので、流暢なことを言っていられないというのが本音です。毎日創作活動に埋没して [...]

日常化したもの

職場に行く時は、朝5時半に起きて、背広を着てネクタイを締め、いつも同じ時間帯のバスや電車に乗ります。帰りの時間はまちまちですが、どんなに職場で右往左往したことがあっても、帰路の途中で気分も落ち着いて自宅に辿り着きます。日 [...]

「芸術における精神的なもの」

1912年にロシア人画家カンディンスキーが著した「芸術における精神的なもの」は、2011年の現在からすれば100年も前に出版されたことになります。その中に「…容貌や身体の各部分が、芸術上の理由から置きかえられたり、デフォ [...]

正月気分で過ごす一日

今日は母親宅に親戚が集まる日でした。普段会えない従兄弟たちや叔父と会うのは正月くらいなものです。夕方からは家内の方の親戚の集まりに出かけました。家内の親戚は奄美大島出身の人たちが多く、これも普段は会えない人たちです。親類 [...]

2011年の抱負

2011年になりました。昨日遅くまで摺っていた木版画の年賀状が床に散乱しています。今日はこれの宛名印刷をしなければなりません。慌しかった2010年でしたが、今年になっても公務や創作活動の多忙さから解放されることはありませ [...]

2010年HP&NOTEのまとめ

今日で2010年が終わります。今年は、というより今年も多忙感があって、自分はいい締め括りにはなりません。新作は昨年より少々進んでいますが、余裕は持てません。昨年工房が出来たことで、自分の気持ちがずっと支えられていることが [...]

回想のひと時…

回想のひと時…と言ってもこの1年間を振り返ることではありません。大学の工芸工業デザイン科に今年から通っている子と久しぶりに会い、その子が現在抱えている様々な課題を聞いているうちに、自分も学生時代の気分に戻されてしまったの [...]

今年最後の日曜日

週末はずっと陶彫の制作をやってきましたが、今日は今年最後の日曜日です。とは言え今日も相変わらず制作をやっていて、小さな四角錘の加飾を続けていました。昨日準備したタタラは、休庁期間に入る最初の29日に立ち上げて成形を行うこ [...]

「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」

先日、表題の展覧会に行ってきました。神奈川県川崎市にある岡本太郎美術館は、岡本太郎ゆかりの芸術家による企画で見応えのある展覧会が多く、そのたびに見に出かけます。現在開催中の「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」展も、60年 [...]

「カンディンスキーと青騎士」展

自分にとって注目すべき展覧会です。ブログに何回となく書いているカンディンスキーは、P・クレーやシュルレアリスムの芸術家と共に自分の中に今も生きつづけている画家なのです。年刊誌「青騎士」の翻訳が白水社から刊行されたのを契機 [...]