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	<title>yutaka aihara&#039;s note &#187; 書籍</title>
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		<title>Ｐ・クレーによる建築学雑感</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Feb 2012 13:12:47 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>現在読んでいる「クレーの日記」に建築に関するクレーの考えが述べられている箇所があります。長い文章ですが引用します。「イタリアで建築芸術の理解を深めてくると、ものを見る目が肥えてくるのが、自分でもすぐわかるのであった。どの建物も実用のために建てられたのに、そこにあらわれている芸術は、ほかの芸術分野の作品にくらべて、はるかに調和のとれた純粋さを保っている。この空間の有機的構造というのは、どんな先生にならうのよりも大きな収穫であった。私のいうことは、さぞ抽象的に思われるであろう。しかし、高い次元へと精神が成長するときには、だれでも専門家ぶった難しい口をきくものなのだ。絵画や『自然』と違って、建築作品では、個々の部分の相互関係を目でみて計算することができる。だから、愚かな初心者にとっても、建築物は手っとり早く卒業できる速成学校のようなものなのだ。数的なものを有機体という概念で理解できるようになれば、自然画もはるかに易しく、また正しく描けるかと思う。また、建築物は無限に複雑になりうるから、建築という宝庫のいずみはおよそ尽きることを知らないのである。はじめて建築物を前にしたとき、どうしてよいか、ただとまどうばかりかと思う。これは、末端の梢ばかり見て、太い枝や幹を見ないためである、と言いたい。太い枝を一度見れば、先の先の小枝の葉にも、全体の法則が顕現しているのがわかり、またこの法則を利用できるであろう。」（訳：南原実）</p>
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		<title>日記の公開</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 13:58:21 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[２０世紀を代表する画家パウル・クレー。今、通勤時間帯に「クレーの日記」を読んでいます。これはクレーのご子息が編者を勤めていることから明らかなようにこれが公開されるとは生前のクレー自身はわかっていなかったと思います。整理好 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２０世紀を代表する画家パウル・クレー。今、通勤時間帯に「クレーの日記」を読んでいます。これはクレーのご子息が編者を勤めていることから明らかなようにこれが公開されるとは生前のクレー自身はわかっていなかったと思います。整理好きだったクレーは１９歳から日記をつけ始め、あくまでも日記は自分の意思確認としてやっていたので、当然歯に衣着せぬ文章になっています。これが読者には面白いと感じるところです。かなり皮肉屋であり、若い頃は無頼をしたクレーでしたが、イタリア滞在を契機に造形表現に立ち向かい、音楽家としてもオーケストラの演奏活動に参加しています。生前は内面を明かすことが少なかったクレーでしたが、日記が公開され、全世界で読まれることになろうとは努々わからなかったと思います。自分もこうして日記代わりのＮＯＴＥ（ブログ）を毎日書いていますが、これは公開されることを意識した上でやっているので、他者に対して配慮や考慮をしています。その分つまらないものになっているのは否めないと思います。自分には非公開メモはありません。でも「クレーに日記」を読んでいると、こんなふうに感じたことを感じたまま書いたメモがあってもよさそうなものだという思いに駆られます。</p>
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		<title>「解放」ベン・シャーン</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Jan 2012 11:54:02 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>自作にも「構築～解放～」という作品がありますが、ここで取り上げるアメリカ人画家ベン・シャーンによる「解放」は、象徴的な名作です。これは第二次世界大戦中のフランス解放をテーマにして描かれたガッシュによる絵画で、内容は瓦礫の中で遊ぶ子どもたちの情景です。図録によると、子どもたちは仮面のような表情をしていると書かれています。確かに子どもに表情はありません。楽しく遊んでいるはずが、絵に近づいてみると孤独を湛えた無表情な子どもの顔に異様さを覚えます。これが本当の意味の「解放」なのか疑問に感じるのは私だけではないはずです。「解放」されても楽園がくるとは限らないと頭の隅で私も考えて「構築～解放～」を作ったように記憶しています。ベン・シャーンはもっと直接的で具体的です。「象徴とは…戦争が私に与えた虚無と荒廃の意味を形にし、戦争の非道さをくぐりぬけて生き抜こうとする人間の小ささを形にする、たった一つの方法になっていた」とベン・シャーンは語っています。大きな悲劇の中で、それでもなお生きていこうとする人間の意志、それが人間の心の「解放」なのかもしれません。</p>
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		<title>「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」の読後感</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 12:42:14 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[昨年暮れから通勤鞄に入っている「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房）をやっと読み終えました。ずいぶん長く携帯していた書籍です。当時フランス領だったタヒチを初めとする島々で、彼の地 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨年暮れから通勤鞄に入っている「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房）をやっと読み終えました。ずいぶん長く携帯していた書籍です。当時フランス領だったタヒチを初めとする島々で、彼の地を統治していた憲兵と原住民の間に入って、ゴーギャンはさまざまな感想や思索に耽り、また白人社会に抗議を繰り返していた様子を伺うことができました。島の生活がどんなものであったのか、ゴーギャンの眼を通して具体的に語られていて興味は尽きません。ゴーギャンの色彩や画面構成に高校時代から惹かれていた自分は、彼の地に行って身体を張って培ってきた表現力に感銘するばかりです。ただ、本書は芸術家としてのゴーギャンばかりではなく、当時の社会や西欧文明に対する批評家としてのゴーギャンをも感じさせます。こうしたゴーギャンの文献が表に出るのには相当な時間が必要だったようですが、在りのままのゴーギャンを捉えたいという編者の意思が感じられる一冊だと思いました。また、明日から新たな書籍の扉を開きたいと考えます。まだまだ自宅の書棚に眠っている書籍は数多くあります。</p>
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		<title>ゴッホとゴーギャン</title>
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		<pubDate>Wed, 11 Jan 2012 11:14:46 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>表題は言わずと知れた後期印象派を代表する２人の画家です。自分は中学生の時にゴッホの絵に惹かれ、高校生でゴーギャンの絵が好きになりました。ゴッホの炎のようなタッチが１０代前半の自分にとっては解りやすく感受できたのだろうと述懐しています。年齢が上がるにつれゴーギャンの構成的な色面描写に魅せられるようになりました。その頃は絵だけではなく２人の画家の生涯にも関心がありました。ゴッホが発狂して自ら耳を切り落としたエピソードは映画になったほど有名です。「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房）には、そのエピソードがゴーギャンの目を通して語られています。「私たちの家の入り口に着いて、山高帽の紳士から、おそろしくきびしい口調で、だしぬけに『あなたは、友達に対して何をしたんです？』と言われたとき、私は、こうしたことについて、まるで気付いていなかった。『知りませんよ。』『いや、あなたはよく知っているはずだ。彼は死んだんですよ。』そんな瞬間が、ほかの誰にも訪れないことを私は望む。考えることができ、胸の動悸をしずめることができるようになるには、長い何分かが必要だった。怒りや、憤激や、苦しみや、体中に突き刺さるすべての人々の視線に対する恥ずかしさが、私の息をつまらせた。そしてしどろもどろになりながら言った。『よろしい、上がりましょう、そして上で話し合いましょう。』ヴィンセントは、シーツでしっかり体を包み、ちぢこまって、寝台の上に横たわっていた。死んでいるように見えた。そっと、とてもそっと、私は体にさわった。そのぬくみは、命のあることをあきらかに告げていた。私にとっては、知性と精力とがよみがえってくるような思いだった。」長い引用になりましたが、伝説にもなっている一場面がリアルに自分の脳裏を巡りました。</p>
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		<title>ベルナール・ビュフェ美術館</title>
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		<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 11:22:43 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[日曜日に相原工房スタッフの遠足として出かけたベルナール・ビュフェ美術館は、小高い丘に建つ瀟洒な建物で周囲には木々があって素晴らしいところにあります。ビュフェは若くして世に出た画家で、灰色がかった色彩とそこに佇む細い人物が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>日曜日に相原工房スタッフの遠足として出かけたベルナール・ビュフェ美術館は、小高い丘に建つ瀟洒な建物で周囲には木々があって素晴らしいところにあります。ビュフェは若くして世に出た画家で、灰色がかった色彩とそこに佇む細い人物が不安感や虚無感を表している画風で一躍有名になりました。美術館のパンフレットには、サルトルの実存主義やカミュの不条理の思想の具現化と書かれていて、日本でもビュフェは新具象派として紹介されました。自分もいろいろな美術館でビュフェの作品に出会っています。とくに自分はビュフェの若い頃の作品が好きで、アトリエの室内を描いた作品やキリストの咎刑を描いた作品が印象的です。輪郭を決定するために何度も引かれた黒の描線が、心に痛々しく神経が震えているように感じています。晩年の色彩あふれる作品は、青年期の抑圧された画風に比べると、雄弁ではあるけれど深い感動は得られないように思います。美術館ではビュフェの制作風景を撮影した書籍を購入しました。芸術家の制作現場を覗くのは何とも楽しく、また自分の制作意欲が高まるのです。</p>
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		<title>「ノア・ノア」の情景描写</title>
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		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 14:22:24 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[通勤途中に読んでいる「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房）にある「ノア・ノア」は、ゴーギャンがタヒチ滞在の回想を綴ったもので、詩情溢れる文章です。ゴーギャンがタヒチの民族を受け入 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>通勤途中に読んでいる「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房）にある「ノア・ノア」は、ゴーギャンがタヒチ滞在の回想を綴ったもので、詩情溢れる文章です。ゴーギャンがタヒチの民族を受け入れ、また周囲からも受け入れられていく過程に興味を覚えました。そこから西欧の文明人が南海の島に出かけていき、そこで彼らと混じって漁に出かけたり、彫刻のための木を切り倒して運んだりという原始的で豊かな生活がイメージ出来ます。「私の前をゆく彼の動物のようにしなやかな体は、魅力的な輪郭を持ち、性を感じさせなかった。この若さから、周囲の自然とのこの全き調和から、芸術家としての私の心を魅する美が、香り『ノア・ノア』が生まれていた。単純なものと複雑なものとが互に牽かれあう気持ちから生まれた、この堅固な友情から、私のうちに恋情が花ひらいた。」という箇所で、若い青年に対する性を超えた感情が芽生え、ゴーギャンは不思議な恋情に憑かれてしまいます。「私は罪の予感、見知らぬものに対する欲望、悪のめざめのごときものを感じた。」と続き、やがて平静な我に返るくだりがあります。まさに芸術的なインスピレーションを与えてくれたタヒチでの生活が、その後のゴーギャンを憑き動かしていくのだと思いました。</p>
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		<title>「ノア・ノア」の出版事情</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 10:56:20 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 ダニエル・ゲラン編 岡谷公二訳 みすず書房）を通勤の途中に読んでいます。同書の中に「ノア・ノア」という章があって、その美しく香しい情景描写に没頭してしまいました。「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」（ゴーギャン著 ダニエル・ゲラン編 岡谷公二訳 みすず書房）を通勤の途中に読んでいます。同書の中に「ノア・ノア」という章があって、その美しく香しい情景描写に没頭してしまいました。「ノア・ノア」を書き下ろした当時、ゴーギャンは友人の詩人に原稿を委ねたそうです。１８９３年頃の話で「ノア・ノア」に友人の詩人がかなり手を入れて共著として出版したようですが、もとの風味が損なわれていたことで、ゴーギャンは大変残念な思いをしたことが本書の前述にありました。いろいろな事情があって、初稿の「ノア・ノア」が復刻されて世に出たのはやっと１９６６年頃というので、ゴーギャンは既に他界していてこの事実を知りません。ここに掲載されている「ノア・ノア」はダニエル・ゲラン編によるもので、ゲラン氏自身が「（詩人の手を加えたものは）当初のものよりはるかに真実味の薄い、誇張されたもの」と述べているので、初稿の風味を生かしたものであろうと思われます。「ノア・ノア」の感想については別の機会にしますが、眼の前にタヒチの情景が広がる詩情溢れる文章に魅了されました。</p>
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		<title>書物の魅力について</title>
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		<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 14:27:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yutaka</dc:creator>
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		<category><![CDATA[イメージ]]></category>
		<category><![CDATA[創作]]></category>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>自分は昔から書物が大好きです。本の虫と言うわけではないけれど、常に書物を携帯しています。書物は扉を開くと無限な世界が広がっている感じがしています。それは映像のような視覚的イメージが限定されない世界で、自分勝手に想像できるところが良いと思っています。今読んでいるゴーギャンの著作は、画家が住んだタヒチが描かれていています。自分はタヒチには行ったことがありませんが、自分の中でタヒチの情景を作り上げていて、そこで生活するゴーギャンをイメージしているのです。タヒチの情景は、ゴーギャンの絵画から受けたものを自分なりにアレンジしているのです。ゴーギャンは自画像が残っているので、その人物が異文化の中で創作活動をしている様子を頭に思い浮かべています。書物の魅力はイメージ力を鍛え上げ、複雑に絡み合った語彙によって思索を提供してくれることだと考えます。小説も好きですが、やはり自分の読書癖はノンフィクションばかりで、架空のドラマはあまり読んでいません。ましてやテレビや映画になったものはほとんど読みません。イメージが予め作られていることを避けたいのです。書物は自分にとって心の友です。月並みな言い方ですが、通勤時間に友と密会しているように感じています。</p>
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		<title>難解な書籍に挑む時</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Nov 2011 14:22:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yutaka</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ＮＯＴＥ（ブログ）に何度となく書いていることですが、昔買い込んだ数々ある難解な書籍をどうしようか考えています。買い込んだものばかりではありません。贈呈を受けたものもあります。今日この話題にしたのは哲学書を贈呈してくれた叔 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ＮＯＴＥ（ブログ）に何度となく書いていることですが、昔買い込んだ数々ある難解な書籍をどうしようか考えています。買い込んだものばかりではありません。贈呈を受けたものもあります。今日この話題にしたのは哲学書を贈呈してくれた叔父が他界した連絡を受けたためです。叔父の量義治はカント哲学で身を成した人です。晩年には瑞宝中綬章という勲章も頂いています。その叔父が贈ってくれたカント哲学に関する自著は、自分にはどうにも難しくて読み解くだけの博識を持ち合わせていないのです。いづれ読む時が来ると思って書棚の埃に塗れて仕舞ってありますが、本当に挑戦する時がくるのでしょうか。その他諸々の書籍も思想に蓋をしたまま眠っています。自分が２０歳そこそこの頃はどうしてこんなに難解な書籍ばかり買っていたのでしょうか。少し読んでみては挫折して、また別のものを読み出しては諦めるという繰り返しが、今となって再読という挑戦を自分に課す結果になっています。３０年経ってもなお興味関心が薄れずにいたことが唯一の救いです。読書人生の仕切りなおし。中年パワーで頑張ってみようかと思うこの頃です。</p>
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