Archives for posts tagged ‘書籍’

「芸術とイズム」について

現在、通勤時間帯に読んでいる「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)の第三章では「芸術とイズム」について考察しています。筆者の理論は多義にわたり、歴史的考察を踏まえた厚みを持っているので、章ごとのまとめは私にとって困難です […]

「芸術と美」について

現在、通勤時間帯に読んでいる「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)の第二章では「芸術と美」について考察しています。最近のアート作品は美しいという概念がなくなってしまったような印象を受けます。それもそのはず、美とは何か、本 […]

4月初めの日曜日に…

今日は年度初めの4月1日です。日曜日であったため職場には行かず、私は朝から工房にいました。例年より陶彫制作を頑張っているつもりが、毎年ハードルを上げているせいか、厳しい制作工程に悩まされています。朝9時から夕方4時まで休 […]

年度末そして3月最後の週末

年度末の最終日を迎え、勤務を要しない土曜日であっても、職場では荷物の片付けや整理をする職員がいたことでしょう。私は創作活動があるため出勤はしませんでしたが、私の書類の片付けもまだ終わっていません。今年度は職場の業績が良い […]

「純粋な絵画フォルム」について

職場で読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、著者がフランスの現象学者であることで、本書も専門の立場に依拠して述べられています。現象学に興味がある自分は、 […]

詩集「プロテストソング」雑感

詩集「プロテストソング」(小室等・谷川俊太郎著 旬報社)をふらりと立ち寄った書店で見つけ、早速購入しました。小室等のアルバム「プロテストソング」は、私が夜になるとよく聴いているカセットテープです。発売されたのが1978年 […]

「学問と美学」について

現在、通勤時間帯に読んでいる「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)の第一章では「学問と美学」について考察しています。私は幾度となくNOTE(ブログ)に書いていますが、哲学に興味関心があります。このNOTE(ブログ)にも最 […]

「フォルム」について

職場に持ち込んで休憩時間に読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)の中で、カンディンスキーが唱えるフォルムについての考察がありました。「〈内部〉にもとづくこう […]

3月初めに春一番

昨晩、横浜では雨風で大荒れな天候になりました。深夜は暴風をともなった雨の打ちつける音で度々目が覚めました。どうやら春一番だそうで、明け方になって雨が上がると気温はぐんぐん高くなりました。今日から3月です。年度末を迎え、私 […]

展覧会や映画館に足繁く通った2月

今日で2月が終わります。今月を振り返ると、今までになく鑑賞が充実していたと思っています。まず、展覧会では「仁和寺と御室派のみほとけ」展(東京国立博物館)、「ブリューゲル展」(東京都美術館)、「谷川俊太郎展」(東京オペラシ […]

「アートと美学」を読み始める

「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)を読み始めました。以前、「芸術の摂理」や「聖別の芸術」(どちらも淡交社)を読んだ時に、その著者の一人であった美学者米澤有恒氏の評論が気に入りました。本書は米澤氏が出されている書籍と分 […]

「絵の証言」読後感

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)を読み終えました。本書に取り上げられていた23人の芸術家の中から8人をホームページのNOTE(ブログ)にアップしました。23人の芸術家のうち日本では比較的知名度が定着している芸術家がいる […]

「道化帽のさまざまな光景」ルードルフ・ハウズナー

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)の23人の芸術家のうち最後に取り上げたいのはウィーン幻想派の旗手ルードルフ・ハウズナーです。私が20代の頃、ウィーン美術アカデミーに在籍していた時期がありました。当時アカデミーにはハウズ […]

「精神的苦闘」ユーロ・レヴィン

私は20代の頃、5年間もウィーンに滞在していたにも関わらず、戦争の傷跡には目もくれず、ひたすらアートの動向ばかりに注目していました。美術館に展示されている現代芸術作品の中にはホロコーストが及ぼした深い影響が見られるものが […]

1月は映画鑑賞が充実

1月の最終日になりました。今月を振り返ると、まず大きな陶彫作品の成形と彫り込み加飾が全て出来上がり、乾燥を待っている状態です。仕上げと化粧掛けを残していますが、まずまずの成果です。敢えて言うならテーブルの柱に接着する陶板 […]

「絶叫のタブロー」ヴォルス

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち3人目になるアルフレート・オットー・ヴォルフガング・シュルツェについて感想を述べます。通称ヴォルスです。ヴォルスは昨年、千葉県にある […]

「ツァラトゥストラの詩人」エドワルト・ムンク

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)には23人もの芸術家が掲載されていますが、全員をNOTE(ブログ)で取り上げるつもりはありません。ただ、23人の中には自分が刺激を受けた芸術家が多いので、つい話題にしたい思 […]

「第二の自我」エゴン・シーレ

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)のトップを飾るのはオーストリアの画家エゴン・シーレです。私が若い頃に滞在したウィーンでは、シーレの絵はクリムトとともにポストカードやポスターになっていて、近代を代表する芸術 […]

「絵の証言」を読み始める

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)を読み始めました。副題に「ドイツ語圏に生きた芸術家たち」とあって、まさに私が若い頃から注目していた芸術家ばかりが掲載されている書籍です。本書では23名の芸術家を取り上げていますが、その中 […]

「触れ合う造形」読後感

「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)を読み終えました。本書は、私が注目する画家や彫刻家を取り上げていたためか、内容が大変面白く、また考えさせられる箇所もありました。取り上げられた芸術家の頻度としてはムンク、キルヒナー、 […]

友情のしるし、絵の交換

昨日のNOTE(ブログ)に書かせていただいた内容とよく似ている内容になりますが、現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)の中に、表題にある画家同志の友情を取り上げている章があります。今回はロシア人画家同志が、 […]

親密な友人関係、そのドキュメント

現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)の中に、表題にある画家同志の友情を取り上げている章があります。画家の友情とはドイツ表現主義のキルヒナーとブライルのことです。フリッツ・ブライルは私にとって未知の画家で、 […]

さまざまな女性像の深淵

現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)に登場するノルウエーの画家ムンクとドイツの画家キルヒナー。日本ではムンクは有名ですが、キルヒナーは知る人ぞ知る画家ではないかと思います。私は20代の頃からドイツ表現主義 […]

恒例の従兄弟会

正月は親戚が集まって旧交を温めるのが、日本の慣習になっています。最近は一人で正月を過ごす人が多くなって、古来からの正月の風景も変わりつつあります。それでも家族揃ってどこかへ出かける様子を見ると、年始は単なる休暇とは違う雰 […]

2017年HP&NOTE総括

2017年の大晦日を迎えました。毎年恒例になっている総括を行います。まず彫刻では7月に12回目の個展をギャラリーせいほうで開催させていただきました。大きな作品では「発掘~宙景~」と「発掘~座景~」を出品しました。個展も1 […]

ドイツ表現派に纏わる雑感

現在、通勤中に読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)と、職場に持ち込んで休憩中に読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、19世紀から20世紀初頭 […]

「運命空間」の人間群

通勤の友として現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)の最初に登場する芸術家がムンクとロダンです。ノルウェーの画家ムンクとフランスの彫刻家ロダン。この2人の巨匠の間に何かしら共通点があったとは、自分はまるで知 […]

「抽象」の意味するもの

職場の休憩時間に読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)の中で、「『抽象絵画』という表現において『抽象』の意味するもの」という章があります。抽象的と言われる所 […]

「触れ合う造形」を読み始める

「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)を読み始めました。「19世紀末ー20世紀初頭、芸術家たちの『生』」という副題がついています。本書で取り上げられているのはムンク、ロダン、キルヒナー、シャイアー、ブライル、ヤウレンスキ […]

「オブジェを持った無産者」読後感

「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)を読み終えました。著者である故赤瀬川原平は、尾辻克彦という名前で芥川賞を受賞したり、話題となった随筆を出して、文才に長けた造形作家であることは疑う余地はありません。 […]

芸術表現と国家について

今日は大袈裟な表題をつけましたが、現在読んでいる「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)の「Ⅱ」に登場するもので、当時若かった故赤瀬川原平が、芸術家から見た社会情勢を先鋒鋭く説いた文章を包括するテーマが「 […]