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	<title>yutaka aihara&#039;s note &#187; 留学</title>
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		<title>「クレーの日記」再読開始</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 12:06:32 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>このところ書店で新しい書物を買うことはせず、自宅の書棚に眠っている数々の書物を取り出して再読することにしています。その中にはもう既に書店で売られていないものもあって、今となっては貴重な本があるかもしれません。今日から読み始める「クレーの日記」は再版を続け、今も書店で扱っています。ただし、私の手元にある「クレーの日記」（Ｐ・クレー著 南原実訳 新潮社）は１９８５年に購入しているので、やや黄ばんだ古書になっています。当時どこまで読んだものか見当がつかず、最初から読み始めることにしました。Ｐ・クレーは自分のＮＯＴＥ（ブログ）で度々扱っている、言わば自分にとってお気に入りの芸術家です。自分のイメージを広げたい時や創作に迷う時に、Ｐ・クレーの画集を開いて雁字搦めになった自分を解放しています。自分は若い頃からクレーが好きで、塑造で具象的な彫刻を作っていた時代もクレーの絵をよく見ていました。この「クレーの日記」は自分が滞欧生活を切り上げて帰国した年に購入しているので、海外で得たものの裏づけとして読んでいたのではないかと思います。今、再び手にとって読み始めた特異な芸術家の日記は、どんなことを自分に齎せてくれるのでしょう。楽しみつつ時間をかけて読んでいきたいと思っています。</p>
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		<title>新作屏風「発掘～混在～」について</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Jan 2012 10:14:02 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>私のデビュー作は、陶彫レリーフによる三双屏風「発掘～鳥瞰～」です。陶土を混ぜ合わせて焼き締めた陶彫を、６点の画面に配置しました。また、砂によるマチエールを作って陶彫の部品との融合を図りました。上空から大地を見下ろした心象風景を作りたいと常々考えていたことが、ようやくこの時にカタチになったのでした。あれから１０年が経ち、今一度三双屏風に挑戦しようと考えました。新作屏風「発掘～混在～」は画面を厚くして陶彫部品を大地に埋め込んだ状況をイメージしています。２０代の頃、５年間滞在したヨーロッパの生活にピリオドを打ち、帰国前に数ヶ月かけてエーゲ海沿岸の古代遺跡を訪ねて歩きました。あの時、大地に刻まれた悠久たる遺跡に、もはや人の痕跡はなく、風雨に晒された都市の何たるかを考えさせられたのでした。その印象が帰国後に時間をかけて醸成されるようにイメージの取捨選択がされて、また具象的な要素が削げ落ちていきました。そこから発想した「発掘～鳥瞰～」は、欠落した都市構造であり、また幾星霜に渡って人々が禍根を残し、さらに忘れ去られていった都市の存在そのものをテーマにしたのです。新作「発掘～混在～」も同じ発想に立ち返って作ることにしました。屏風という展示方法をとるのは鑑賞者の視点を考慮し、屏風の折れ具合で風景にやや角度がつき、平坦ではない空間を演出したい意図があります。</p>
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		<title>ウィーンに思いを馳せる日</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Jan 2012 11:10:36 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[昨晩ＮＨＫのＴＶ番組からウィンナーワルツが流れてきました。恒例のオーストリア国営放送によるニューイヤーコンサートの模様を衛星で伝えていたのでした。１９８０年から８５年までの５年間、自分はウィーンにいました。ウィーン国立美 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨晩ＮＨＫのＴＶ番組からウィンナーワルツが流れてきました。恒例のオーストリア国営放送によるニューイヤーコンサートの模様を衛星で伝えていたのでした。１９８０年から８５年までの５年間、自分はウィーンにいました。ウィーン国立美術アカデミーに籍を置いていました。自分が住んでいたのは外人労働者の多い１０区で、当時完成したばかりの地下鉄（Ｕー１）に乗ってウィーン市街の中央にやってきて、大晦日は国立歌劇場でヨハン・シュトラウスのオペラ「こうもり」を観て、元旦は楽友協会ホールでニューイヤーコンサートを聴くのが恒例になっていました。もちろん全て立ち見でホール内の鉄柵に寄りかかりながら、一流の音楽を堪能していました。このコンサートを聴きに日本からやってくる観光客のためにチケット売り場の前で並ぶアルバイトをしたこともありました。自分が２０代の頃の話で、身の丈に合わない雰囲気に飲まれ、それでも感覚を研ぎ澄ましていたのを昨日のことのように思い出します。あれから２０数年が経ち、ウィーンでは相変わらず素晴らしいコンサートが開かれています。あの頃の自分と現在の自分が容易に比較できる幸せを感じながら、自分はその後の日本で過ごした歳月を思わないではいられません。何が変わったのか、または変わらないのか、ウィーンに思いを馳せることの出来るこのひと時を自分は大切にしています。</p>
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		<title>原点を忘れない</title>
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		<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 14:22:34 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>昨日、母校の芸祭に出かけたことでいろいろな思いが頭を過ぎります。自分の出身大学に行く機会としては、卒業証明書を発行してもらいに行く程度で、自分も海外に留学する時や就職する時に行ってきました。自分が幸い美術に関わり続けているためか、美術館を会場とする卒業制作展を何回か見たことがありました。大学の芸祭となると、知り合いがいなければまず行くことはないと思います。でも自分の彫刻家としての出発点は大学にあります。高校時代、工業デザイン科を目指して受験勉強をしていた自分にとって、彫刻を学んだのは大学に入ってからのことで、初めて人体による全身塑造を作ったのでした。デザイン科の立体構成では心棒を使うような大きな塑造はありませんでした。モデルを立たせて行う塑造は、立体を解釈する上で苦しくも楽しい時間でした。最初は頼りなかった自分の習作は、次第に立体的なボリュームを増し、それでも古今の名作に比べるとたどたどしさが目立って何度やっても気に入らず、ふとしたことで壊したい衝動に駆られました。そんな原点を忘れずにいたいものです。母校の新しくなった２号館前に立って、３０年前を振り返っている自分がいました。</p>
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		<title>「礒江毅 グスタボ イソエ」展</title>
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		<pubDate>Fri, 26 Aug 2011 14:02:54 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[先日、東京練馬にある区美術館で表題の展覧会を見てきました。礒江毅は２００７年に５３歳で世を去った夭逝の画家です。礒江毅は１９５４年生まれ、私は１９５６年生まれですからほとんど同世代なので、自分としては人事ではなく心中は穏 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先日、東京練馬にある区美術館で表題の展覧会を見てきました。礒江毅は２００７年に５３歳で世を去った夭逝の画家です。礒江毅は１９５４年生まれ、私は１９５６年生まれですからほとんど同世代なので、自分としては人事ではなく心中は穏やかではありません。去年展覧会を見に行った鴨居玲や有元利夫も夭逝した画家で、何か共通したものを探してしまうのは私だけなのでしょうか。共通していると言えば比較的若いうちにスタイルを確立し、それが世に認められ、ひとつの頂点を形成してしまうことかもしれません。これ以上何をすればいいのだろうと鑑賞者に思わせるほど完成した画業をもっていて、それは己を突き詰めた結果として得られる世界なのです。礒江毅の絵も、写実に関しては全体から細部に至るまで気が抜けないほど描写に長けた一種の凄みが表れています。描ききった存在感。それは絵の具の存在が消え、描写する行為も消え、実在そのものに迫るものです。ヨーロッパの伝統描写を踏まえながら、そこに自己の世界観を確立した日本人画家。スペインで評価されたのもよくわかります。画面構成に日本人らしい肌理の細かさと大胆な省略があって大変心地よい画風になっていました。</p>
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		<title>創作絵本「ウド」の思い出</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Jun 2011 13:33:18 +0000</pubDate>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>学生時代、彫刻を学ぶ傍らビジュアルな表現に興味を持ち、手製の絵本を作りました。当時好きだったドイツ表現派のモノクロの木版画を発想の源にして、数ページにわたる創作話を考え、文字のない絵本にしようと企画しました。題名は「ウド」。村で嫌われ者だった一人ぼっちのウドが、池で溺れそうだった少年を助け、それでも理解されずに再び一人ぼっちに戻っていく物語でした。全て自刻手刷りで限定30部。製本も自分でやりました。書物に対する興味関心と、将来絵本で何とか生計が立てられないかという淡い欲求も手伝って一生懸命作り上げた記憶があります。何冊かヨーロッパに持参して、当時ウィーン国立美術アカデミーでクラスをもっていた芸術家フンデルトワッサーに見せたこともありました。創作絵本「ウド」は今どこにあるのか、粗雑に扱っていたため手許に残っていません。でも書物に対する興味関心は今も続いています。今日のＮＯＴＥは創作絵本「ウド」の思い出という表題をつけましたが、絵本は思い出にしたくない魅力的な表現方法だと今も思っています。</p>
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		<title>表現主義の時代</title>
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		<pubDate>Thu, 17 Feb 2011 14:33:52 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[１９８０年から８５年までの５年間、オーストリアに暮らしていた自分は、古都ウィーンの前々世紀から変わらぬバロックの燦然たる景観に、時として愛着を感じていました。これはドイツ表現主義の時代でも、変わらぬ空気をもって街が存在し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１９８０年から８５年までの５年間、オーストリアに暮らしていた自分は、古都ウィーンの前々世紀から変わらぬバロックの燦然たる景観に、時として愛着を感じていました。これはドイツ表現主義の時代でも、変わらぬ空気をもって街が存在していたのではないかと、生活しながら感じられたことのひとつです。果たして１９１０年から２０年頃のドイツは、実際にどんな雰囲気をもっていたのでしょうか。自分は渡欧前からドイツ表現主義に魅かれていましたが、ドイツ語圏の国に住んで、その思いは一層強くなりました。「ブラウエライター（青騎士）」や「ブリュッケ（橋）」といった表現主義のグループは、どんな環境の下で、また街とどんな関わり方をもって創作活動を展開していたのでしょうか。街はどんな気運に包まれていたのでしょうか。時間旅行が可能ならば、自分はその時代に飛んでみたいと思います。ナチスが台頭してきて、表現主義は「頽廃芸術」としての烙印を押されますが、逆に当時の「頽廃芸術」展には、何と時代を先取りした革新的な作品が集められていたことでしょう。願わくば「頽廃芸術」展が見てみたいと思うのは私だけではないはずです。ドイツが美術界でエポックを迎えたというのに、政治によって弾圧された時代。その悲痛な叫びが自分の心を捉えていると感じます。</p>
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		<title>「神と人を求めた芸術家」</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Feb 2011 13:50:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yutaka</dc:creator>
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		<description><![CDATA[表題はドイツの近代彫刻家エルンスト・バルラハのことを取り上げた「バルラハ～神と人を求めた芸術家～」（小塩節著 日本キリスト教団出版局）の副題になったコトバです。バルラハは最近日本でも徐々に知られてきた彫刻家であり劇作家で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>表題はドイツの近代彫刻家エルンスト・バルラハのことを取り上げた「バルラハ～神と人を求めた芸術家～」（小塩節著 日本キリスト教団出版局）の副題になったコトバです。バルラハは最近日本でも徐々に知られてきた彫刻家であり劇作家ですが、やはりまだ知名度が高いとは言えません。本国ドイツでも埋もれていた芸術家で、再評価する動きが高まるにつれ、欧州各地の有力美術館に作品が所蔵されることになったのです。ナチスの弾圧を受け、「頽廃芸術」とされ、多くの作品が放棄される憂き目にあったバルラハは、本書では宗教的な視点から、その生涯が論じられていて、神を求めつつ人の中にある真実を目に見えるカタチで、一貫して表現した苦業の日々が綴られています。著者小塩節と聞いて、自分には滞欧前に日本で勉強したドイツ語のことが思い出されてきます。確かＮＨＫドイツ語講座の講師ではなかったかと思いますが、その親近感のある人の著書ということだけで本書を手に取ってしまいました。バルラハも自分が初めてウィーンで見た作品が忘れられない彫刻家で、ずっと脳裏に焼きついていた人だったのです。ブログにも何度か取り上げましたが、自分の中にバルラハ熱が再燃するのを覚えます。</p>
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		<title>「作らない」と「作れない」</title>
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		<pubDate>Fri, 21 Jan 2011 14:04:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yutaka</dc:creator>
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		<category><![CDATA[制作]]></category>
		<category><![CDATA[創作]]></category>
		<category><![CDATA[彫刻]]></category>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>週末だけ彫刻制作をしている自分は、今は「作らない」も「作れない」もなく、ひたすら作り続けることのみです。二束の草鞋で制作時間が充分に確保できないので、流暢なことを言っていられないというのが本音です。毎日創作活動に埋没していた若い頃は、慣れのせいかモノ作りに感動を失い、「作らない」と決めた時期がありました。意図的にモノ作りから距離をおいて、自分を見つめ直そうとしたのです。それでもずっと「作らない」宣言をしていたわけではなく、安易に再開して再びスランプに陥ってしまったこともありました。海外の美術学校に入ってから「作れない」時期がありました。何を作っていいのかわからない、本当に自分がモノ作りをしたいのかわからない、という経験は彫刻家としては危機的状況でした。自分を失いつつあった時には散歩ばかりしていました。意図的に「作らない」と自然発生的に「作れない」、どちらも苦しいのです。創作活動に関わらない人にとっては、どうでもいいような拘りですが、人生の意義をそこに求める自分は「作れる」という現在を大切に生きたいと願うばかりです。</p>
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		<title>人体塑造からの転位 Ⅱ</title>
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		<pubDate>Tue, 18 Jan 2011 13:53:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yutaka</dc:creator>
				<category><![CDATA[note]]></category>
		<category><![CDATA[イメージ]]></category>
		<category><![CDATA[ウィーン]]></category>
		<category><![CDATA[作品]]></category>
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		<category><![CDATA[画家]]></category>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>先日のブログ「人体塑造からの転位」の続きです。現在自分の彫刻作品は、ロシア人画家カンディンスキーが提唱した非対象という意味で言えば非対象でも抽象でもありません。形態の基本となる要素を抽出している点では、確かに抽象化をしているのですが、自分のイメージでは具象的な世界を描いているのです。造形する対象が人体から他のモチーフに転位したというのが正確なところだと思います。自分の学生時代は人体塑造に明け暮れていましたが、海外に出かけていったことが契機になって方向が変わりました。それでもウィーン美術アカデミーに学んでいた最初の頃は人体塑造を作っていました。ウィーンは街中にバロック彫刻があふれ、自分が作っている人体が少なくても日本より自然な状態で存在していることに伝統の重みを感じていました。逆に日本人なのに何故西洋の伝統表現をやっているのか、自分にはギリシャやルネサンス以来脈々と続く人体表現をやる必然性があるのかを考え始め、その時からウィーンでの試行錯誤が始まったと言っても過言ではありません。それが彫刻を通して自分自身と向き合った第一歩だったと述懐しています。</p>
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