週末 衆院選&陶彫成形

今日は衆議院選挙がありました。私は海外で暮らしていた数年間を除いて、ほとんど選挙には出かけています。両親は決して国政に興味があったとは思えないのですが、国民の務めとして選挙には行くべきだという真面目な姿勢があったため、20歳になった時から自分は両親と選挙に行っていました。若い頃、政治色の強い演劇や映画を頻繁に観ていたくせに、私は足元の国政には興味が持てず、両親と出かけた会場で何となく投票する人を決めていました。30代で公務員になり、50代で管理職になってから、私たちの職種に大きく関わる政党や立候補者の政策を確認するようになり、私の小さな一票が私たちの職種に有益なことを齎せてくれるように願うようになりました。そんなわけで今日は朝から選挙に行ってきました。現在、私は自分たちの職種ばかりの状況だけでなく、国際情勢や日本が置かれている立場にも関心があるのは、管理職としての自覚ではないかと思っています。選挙の後、工房に篭りました。台風が接近しているようで、時折強い雨風が工房の外壁に当たっていました。現在の土錬機で混合した陶土が今日でいよいよ最後になりました。先日から土錬機のモーターが壊れていて陶土が作れていません。新しい土錬機は来月搬送されてくることになっているので、今日作った5個目の「根」部分の陶彫部品で一旦成形を休みます。現在ある陶土は全て使い切りました。またいつものように彫り込み加飾は、ウィークディの夜に工房に通って作業をしようと思います。今後の制作目標が大きく変わりますが、こればかりは仕方ありません。次回から乾燥した大きな陶彫部品をヤスリで仕上げて、化粧掛けを施して窯に入れていこうと思います。新しい土錬機がやってきたら陶彫成形の続きを行うことにします。窯での焼成が始まると、電気の関係で暫し工房が使えなくなります。ウィークディにやってくるスタッフにも伝えておかなければなりません。土錬機のアクシデントはありましたが、制作工程は良い具合に進んでいます。来月は再来月との工程の差し替えをやって、今年は早い時期に窯入れを行うことになりそうです。

週末 職員旅行から帰って…

昨夜、職場ではイベント終了時から皆で慰安を兼ねて箱根に旅行に出かけました。私は家の用事があるため、自分の自家用車を使って箱根に向かいましたが、職員は大型ワンボックスカーに乗って行きました。湯に浸かったり、美味しい料理に舌鼓を打ったり、若手職員が仕込んできたレクリェーションをやって、全員で楽しく一夜を過ごしました。私たちは研修好きな職員が多いため、二次会はベテラン職員から若手職員に対する人材育成のような会になってしまいましたが、それでも和気あいあいとした雰囲気はありました。1年に一度はこういった機会があった方がよいと私は思っています。今日は箱根から帰ってきました。午後は工房で作業を行いましたが、早々に切り上げて、家内と買い物に出ました。実は2つある私の眼鏡のうちひとつが壊れてしまい、視力も最近衰えてきたので、新しい眼鏡を購入したいと前から思っていたのでした。私の行きつけの眼科は横浜駅にあるスカイビルです。そこで検眼をやってもらい、隣接された眼鏡店でフレームを選びました。私は二足の草鞋生活を送っているため、横浜市公務員としての顔と彫刻家としての顔を変えたいと思っていて、眼鏡はそのための重要なアイテムなのです。今回購入した眼鏡は彫刻家用です。ちょっと芸術家風に見えるお洒落なフレームにしました。形振り構わずやってきた二足の草鞋生活ですが、ちょっぴり眼鏡でカッコつけたいと思ったひと時でした。

イベントを盛り上げる映像

私の職場は年間に何回か、職場全体をあげて大きなイベントを企画しています。昨日と今日は連続してイベントを行いました。それが何のイベントなのか、同業者の中には察する方もいらっしゃいます。NOTE(ブログ)は拡散するので、具体的に職業を申し上げられないのが残念ですが、そのイベントの中で使った映像媒体がとても効果的なので、私はいろいろな場面で宣伝をしていて、このNOTE(ブログ)でも広報している次第です。映像媒体とはプロジェクション・マッピングのことです。横浜のみなとみらい地区にあるドッグヤード・ガーデンや東京ディズニーランドでも、建造物に映像を映し出して見事な演出を行っています。それを私の職場では、大きな室内を使って行っているのです。昨年は初めての試みだったため、成功するかどうかわからなかったので、近隣にしか知らせませんでした。今年は神奈川新聞社を呼んで取材を依頼しました。昨年は大学の映像研究室から借りた機材で行っていたプロジェクション・マッピングでしたが、今年は予算の中で強力なプロジェクターを購入し、昨年に続いて映像専攻の大学生にも手伝ってもらい、自分たちの手で作り上げたのでした。プロジェクション・マッピングはまだまだ可能性のある映像媒体だと私は思っています。演劇やショービジネスの中では一般的な方法になってきたプロジェクション・マッピングですが、私たちの職種ではなかなか浸透しない媒体です。イベントの達成感は充分あるので、試したいとお考えのある職場の方であれば連絡をください。と言っても同業者でなければ分からない連絡先なので、このNOTE(ブログ)を読んでいただいている多くの方々には失礼を申し上げますが、そのうちプロジェクション・マッピングを使った本職場のイベント状況が神奈川新聞に掲載されますので、そこで情報を仕入れていただければ幸いです。

「住吉の長屋」建築の原点

先日より「安藤忠雄展」について書いています。個展会場である東京六本木の国立新美術館には、実寸大の「光の教会」を初め、多くの巨大な展示が後半部分の空間を占めていて、まさに壮観な感じがします。ヨーロッパの古都では歴史的建造物をそのままにして、内部にコンクリートの壁で囲まれた空間を挿入して、現代美術館に再生したプロジェクトがありましたが、街の景観を残すコンセプトに、私は賛同いたします。豊かな自然を取り入れた建造物も、立地を生かす工夫が凝らされていて、未来の建築のあり方を見ているようで、その発想に驚いてしまいます。その原点は、安藤氏がまだ駆け出しの頃にデザインした、狭い路地に建つ長屋の再生ではなかったかと思います。図録の中にある本人の文章を引用します。「私の建築活動は、都市住宅の設計からスタートしました。そのひとつひとつの仕事に無我夢中で取り組み、試行錯誤する中で『徹底して単純な幾何形態の内に、複雑多様な空間のシーンを展開させる』あるいは『コンクリートという現代において最もありふれた素材をもって、どこにもないような個性的な空間をつくりだす』といった、今日に至るまでこだわり続けている、私なりの建築のテーマが見つかりました。その意味で、私にとって住宅こそが建築の原点です。」安藤氏は大阪の三軒長屋の中央の一軒をコンクリート打ち放しのコートハウスにしました。中庭があるため、雨天の日の部屋から部屋への移動には傘が必要となる住宅ですが、そこに住む人が多少の不便を抱えても、「住吉の長屋」に住みたいと思うのは空間の美しさ故でしょうか。建築家の個性に惚れぬいた人なら、それも可能でしょうが、生活雑貨に溢れた無秩序な生活ぶりになってしまう可能性がある人は、自分を律することの方が厳しいかもしれません。

「光の教会」室内にて

先日見に行った東京六本木の国立新美術館の「安藤忠雄展」。建築家の展覧会としては破格の規模で、作品をひとつずつ丁寧に見ていくと、どのくらいの時間がかかるのだろうと思わせる充実した内容でした。安藤氏が命がけで取り組んできた大小建築物の数々に思わず引き込まれて、安藤氏の人生そのものが魅力的に感じられたのは私だけではないはずです。私は高校時代に一時建築家を志しましたが、安藤氏が実践した「都市ゲリラ住居」は、私の発想になくそのパワーに脱帽しました。その頃の私は大学の建築科に入って、有名建築家の事務所に就職するという定番な人生選択を考えていたのでした。展覧会で度肝を抜かれた作品に、野外設置された実物の「光の教会」がありました。建築は図面があればどこでも実物を建てることが可能ということを改めて知った次第です。「光の教会」は最小の建築資材を使って、教会内部に最大の効果が得られる工夫が凝らされています。コンクリートの壁一面に十字の穴をあけて、そこから差し込む光によって厳粛な宗教空間が浮かび上がってくるのです。私は「光の教会」の室内に暫し留まって、その空気に触れ、光の十字架に手をかざしました。宗教観は別として、光の恩恵に私は崇高なる神とも言うべき何者かの存在を感じました。そんな演出をシンプルな構造体の中で体験できるのは、建築のもつ強さではなかろうかと思いました。それに関して安藤氏による図録の文章を拾ってみます。「私が試みるのが、徹底してモノを削ぎ落とした無地のキャンバスのような建築です。そこに光や風といった自然の断片が引き込まれるときに生まれる空気、その生命力に、人間の魂に訴える力を期待するのです。~略~私は想像力次第で逆境もチャンスとなり得ることを、その原動力はその建築を求めるクライアントとそれに応えるべく奮闘する施工者ー関わる人、皆の思いの強さにかかっているのだということを、改めて教えられました。」

六本木の「安藤忠雄展」

建築家の展覧会は、他の芸術分野に比べると図面や模型がほとんどを占めるため、空間的な面白みを感じないことが多いのですが、先日見に行った東京六本木の国立新美術館で開催している「安藤忠雄展」はまったく展示の様子が異なり、アナログで巨大な模型や鉛筆デッサンを思わせる壁画のような図面やデジタルな建築映像によって、思わず惹きこまれる展覧会になっていました。安藤氏本人が図録の中で書いていることが、そのまま建築家としての苦しかった歩みを物語っているように思えます。「最初の10年くらいは、まず設計の仕事が中々得られない、かろうじて見つかっても敷地も狭く、予算も乏しい…といった状況で、その逆境をいかに乗り越え、自分なりの思いを実現できるか、建築を職業としていくこと自体が挑戦でした。」ここではその一部の紹介に留めますが、独学で建築を学んだ安藤氏が、持ち前のバイタリティと優れた感覚で難題に挑戦していく姿勢は、人生観として見習うべきところが満載です。批評家からの文面の中にも安藤建築の独特なアプローチを見つけることが出来ます。「多種多様な意匠の引用をアイロニカルにコラージュしてみせる磯崎新流のポストモダニズムに対し、一切の無駄を省いたミニマルなコンクリート打ち放しの壁がハードボイルドな印象を与える安藤建築をモダニズムの延長としてとらえることもできるだろうが、都市への広がりをいったん切断するそのラディカルな姿勢ゆえにそれをポストモダンとみなすというのがここでの私の見方である。~以下略ですが、ベネッセアートサイト直島に話題が移行したところで、~建築家はそこで派手なデザインによって自己主張しようとはしていない。地形や眺望を見極めて最適な軸線群を選ぶ。それらに沿って、それ自体としてはシンプルな幾何学的形態の建築を自然に埋め込むように配置する。ただ、内部に眺望や光や風がうまく取り込めるようさまざまな工夫を凝らす。それによって、外延的にはさほど大きくなくとも内包的にきわめて豊かな空間が生み出されるのだ。」(浅田彰著)個々の展示物については機会を改めて書こうと思っています。

劇画「運慶」読後感

東京上野の国立博物館で開催されている「運慶展」のギャラリーショップで面白い書籍を売っていました。運慶を主人公にした劇画です。作者は劇画の創始者として第一線で活躍するさいとうたかを氏で、私は学生時代に「ゴルゴ13」を愛読していたので、さいとう流タッチには親しんでいました。運慶は写実を極めた仏像によって、日本美術史に確固たる地位を築いた仏師ですが、これを漫画ではなく劇画にしたというのが運慶らしさを出していて、その合致性と発想がいいなぁと思いました。運慶が生きた時代は平安時代から鎌倉時代で、もちろん当時の詳細な歴史の記述はなく、後世に残された資料だけで物語を紡いでいくため、フィクションが入り込む余地は充分あると思います。さいとう流のフィクション・ドラマは面白く展開し、傍若無人で自由闊達な運慶像を描き出していました。動の運慶に対峙するのは静の快慶で、精神性を極めた快慶もその存在感を示していました。劇画は展覧会を見たその日のうちに読み終えてしまい、その晩の夢枕にさいとう流タッチの運慶が現れ、一心不乱に木彫をやっていました。彫刻家はこうあるべきだという道を運慶が私に示したように錯覚し、私も何かが吹っ切れた感じがしました。劇画の解説にこんな一文がありました。「本作の作者、さいとうたかをもまた、新しい表現を模索していた。従来の『子どものマンガ』に満足せず、大人が読むにふさわしい新しい画とストーリーのありようを真摯に追求していたのである。その努力と研鑽の末に開発されたのが『劇画』であったことはいうまでもない。~略~全く新しい表現の確立と、社会への力強い定着。この意味で、さいとうたかをはまさにもう一人の運慶だったのである。」(本郷和人著)

週末 4個目の「根」陶彫成形

今日は朝から工房に篭りました。このところ急に寒くなって工房内は冬の訪れのような按配でした。昨日準備しておいたタタラを使って陶彫成形に取り組みました。現在作っている陶彫部品はテーブル彫刻の床に設置する部品のうち、四方に根を這わそうと思っていて、その根の部分を作っているのです。床に置く陶彫部品は6個あって、既に成形や彫り込み加飾を終えて乾燥を待っている状態です。その6個の陶彫部品のうち4個には根を伸ばすための連結部分があって、そこから4本の根が床を這っていきます。根も陶彫で作るため、根を繋いで長くしていきます。根は変形したカマボコ状の形態をしています。ひとつの部品の長さが60cmくらい、幅が40cmくらい、高さが30cmくらいで、数個繋げていくうちに、先端になるほどだんだん小さくしていくように作るつもりです。根を陶彫で作ったのは2013年発表の「発掘~地殻~」からです。これは屏風から根が床に張り出していくようにしました。2014年の「発掘~層塔~」や「発掘~増殖~」にもそれを応用しました。それらの過去の作品と昨年発表した「発掘~宙景~」のテーブル彫刻を、来年は合体させていこうとしているのです。根になるカマボコの陶彫は、曲面の屋根になる部分が難しく、焼成の関係で形態内部を空洞にしているため、外側を作っていると凹むことがあるのです。それを補うために内部から手を差し込んで内と外から陶土を押さえつけなければなりません。それをするために陶土板にちょっとした細工がしてあります。その作業で身体を思い切り捻るため、結構辛い時間を過ごすことになります。普通の矩形を作っていた方が身体への負担はありません。根は不自然な状態で作業を強いられる難物なのです。ともかく今日は4個目の根の成形が終わりました。今月はもうひとつくらい根の陶彫部品が作れそうです。週末はあと2回来ますが、職員旅行があったり、いろいろな用事があって全て制作に充てられないのが残念ですが、根の陶彫部品を連日作っていたら、腰が悪くなってしまうと思うのです。このくらいがちょうどいいかもしれません。

週末 陶彫制作続行

週末になりました。来年の5月に完成を目指している新作は、のんびり休日を楽しむ余裕を与えてくれず、休まず、焦らず、制作工程に則って作業を進めていくしか方法はありません。手間がかかることは承知で、陶彫部品による集合彫刻をやっているのです。毎週末に一所懸命取り組んでいるモノは、彫刻全体から見ればほんの一部に過ぎませんが、手を抜くことはできません。全体に緊張を漲らせるのは丹念に作り込んだ部分の集積なのです。ウィークディの勤務時間のように週末も時間を決めて制作をしています。気分に左右されることはありません。芸術家は気分次第という定説がありますが、一年を通して勤勉を貫く芸術家もいます。今日は工房に懐かしいスタッフがやってきました。数年前にここで油絵を描いていた人で、現在は結婚をして川崎市に住んでいます。結婚前はよく工房に通っていて、私の個展の搬入搬出を手伝ってくれていました。生活が落ち着いたので、また工房に絵を描きにくるようです。現在は旦那さんの会社の社宅にいるそうで、そこではなかなか絵は描けないのかもしれません。私は成形の終わった陶彫部品2体に彫り込み加飾を施していました。その後、先日練っておいた陶土をタタラにしました。明日はタタラを使って成形をやります。不具合のある土錬機を交換することに決め、新しい土錬機を滋賀県甲賀市信楽の会社に注文しました。土錬機は注文を受けてから製造するため、出来上がるまでに1ヶ月くらいかかると言われました。先日練った陶土を使い切ったら、制作目標である成形の個数を変えなければなりません。幸い乾燥の進んだ陶彫部品があるので、今年は先に窯入れをしていこうかと思っています。例年なら12月前後に窯入れをしていくのですが、こればかりは仕方ありません。夕方まで作業をして自宅に戻ってきました。ソファに横になったら起き上がれなくなりました。これも習慣ですが、身体の衰えを感じるようになったら嫌だなぁと思っているところです。

「八大童子立像」について

東京上野の国立博物館で開催されている「運慶展」には、圧倒的な量感に富む仏像が多く、会場を巡っていると私の全身が眼になって、舐めるように見つめてしまいます。理由として、自分の学生時代に力が及ばず、人体塑造に納得出来なかった理想の姿が運慶の仏像に認められるからです。力瘤が目立つ仏像の中で、比較的可愛らしい群像に目が留まりました。「八大童子立像」と題名にありましたが、運慶作と言われる童子6体が展示されていました。鑑賞者はその中でも「制多伽童子立像」に群がっていて、彼が一番愛嬌のある風貌をしているため、人気のほどが伺えました。6体の立像は童子というより青年の体躯をしているかなぁとも思いました。当時の運慶工房がどのくらいの実力を備えていたか、図録の解説から拾ってみます。「八大童子は着衣の彩色文様もひじょうに丁寧で、特にこの時代には截金で表すことの多い地紋様も細い筆で描く点に特色がある。こうした色彩について運慶の指示もあったはずだが、それを実現する力量をもった絵仏師が工房にいたことがわかる。玉眼、銅製装身具の製作も専門の工人がいたはずである。銅製装身具も運慶の像は独特で、厚く、文様に立体感がある。」(浅見龍介著)以上が工房の仕事ぶりを示すものですが、群像そのものについては「本群像は、『秘要法品』に説かれた図像を原則的になぞりながらも、張りのある肉付き、軽快な動作、微妙な表情が、じつにたくみに表現されている。人間の目を再現した玉眼の効果、ひるがえる裳裾や風をはらむ天衣の自然な動きが、まるで生きている童子であるかのような現実感をもたらしている。」とありました。まさにその通り、今にも動き出しそうで喋り出しそうな童子たち。「キモ可愛い!」という中高生の言葉を借りれば「ツヨ可愛い!」と言うべきか、強いキャラに惹かれてしまう鑑賞者も多いはず、と思ってしまった「八大童子立像」でした。 

「無著菩薩・世親菩薩像」について

東京上野の国立博物館で開催されている「運慶展」のほぼ中央の大きな部屋に「無著菩薩・世親菩薩像」があります。像の前に立つと惚れ惚れするような写実を極めた精神性が感じられて、まるで像が生きているような錯覚に陥ります。図録の解説によると「運慶が遥か昔のインドの高僧像をここまで写実的に造ることができたのはなぜだろうか。~略~眼窩、頬骨、顎などの骨格を把握した上で肉付けをしているので生きた人間のように見えるのである。世親は前頭部が盛り上がり、目の上、頬、顎に肉が付いている。何かを見つめる視線で、話し始めそうな口元である。無著は額に血管が浮き出て頬骨も目立ち、肉が少し落ちている。穏やかな目だが、黙して語らずという口元で包容力が感じられる。」とあります。まさに「無著菩薩・世親菩薩像」は目の前にモデルがいて木彫したのではないかと思わせます。身に纏った衣に大ぶりな襞が彫られていて、頭部の微細な写実に比べると大胆な印象です。これを見て咄嗟に私はロダンのバルザック像を思い起こしました。洋の東西も年代も異なるのに、「無著菩薩・世親菩薩像」とガウンを纏ったバルザック像とは比較の対象になりませんが、ロダンがバルザックその人を研究するうちに、衣の抽象化・象徴化を進めていき、そこに文豪の思索を語らせる新たな彫刻表現が誕生したことを思えば、「無著菩薩・世親菩薩像」の精神性も共通しているように思えてなりません。仏師であった運慶は、彫刻の概念がなかったはずですが、現代に生きる私がこの仏像を見て、近代彫刻の父であるロダンの作品に思いが飛んでしまうことが、運慶の抜群の表現力を物語っていると思うのです。

上野の「運慶展」

10代の終わり頃から西洋彫刻を学んでいた私が、仏像に興味関心を持ったのはいつ頃だったのか、今では思い出せませんが、その契機となったのが運慶だったことは覚えています。運慶の筋骨隆々とした木彫に西洋彫刻を重ねて見ていたというのが正直なところです。私にとって仏像は今も信仰の対象ではなく、彫刻として鑑賞すべき美術作品なのです。そうした自分の過去を再認識したのが、現在東京上野の国立博物館で開催中の「運慶展」です。運慶または運慶工房で作られた仏像は全部で31体あるという現在の見解だそうですが、そのうち22体が博物館に展示されているようで、まさに圧巻で迫力のある展示空間が広がっていました。運慶の仏像と言えば、写実的で動きがあって定型に拘らないというのが私の印象です。図録に仏師と彫刻家の違いが述べられている箇所があって、その認識に惹かれました。「仏像は彫刻の一種であるが、仏像の姿形は仏教の経典や儀軌の定めにより、制約がある。~略~仏師は、同時代の価値基準によって評価が決まる。これに対し、彫刻家の評価は、どのような独創的な活動をしたかによって決まる。~略~運慶は定型を繰り返すということがなかった。常に自分の独創的な像を造るという意識があったように思われる。日本の古典に学んで創り上げた面もあるが、写実の追求が感情、精神といった内面にまで及んでおり、極めて独創的である。」(浅見龍介著)この文章で言えば、運慶は優れた仏師であり、独創的な彫刻家でもあったわけです。自分が運慶を仏像理解の契機にした理由はこんなところにあるのかもしれません。展示は運慶の父であった康慶の仏像から始まり、運慶の初期から晩年に至る仏像と、運慶の子どもたちによる仏像がそれぞれ時代を追って部屋を与えられていました。どれも緊張した空間があって、甲乙つけがたい作品の数々でしたが、自分の好みで言えば、「無著菩薩・世親菩薩」の存在感が印象に残りました。「運慶展」についてはまた機会を改めて述べてみたいと思っています。

映画「セザンヌと過ごした時間」雑感

私は芸術家が苦悶するドラマが大好きで、史実を踏まえたフィクションであっても、その気分に浸ってしまう傾向があります。そんな意味でフランス映画「セザンヌと過ごした時間」は必ず観に行こうと決めていた映画でした。先日、常連になっている横浜のミニシアターに出かけ、文豪ゾラと近代絵画の父と呼ばれたセザンヌの友情と葛藤を描いた「セザンヌと過ごした時間」を堪能してきました。2人の芸術家の生い立ちは環境的に正反対であったため、その交流は単純な友情とは違う微妙な感情に支配されていました。トンプソン監督のインタビュー記事には「興味深いのは交差する運命です。貧乏人の息子が裕福なブルジョワとなって地位と名声を築き、裕福なブルジョワの息子が貧しく自由奔放な生活スタイルのせいで軽んじられる…。」とあり、「友情は愛以上に面倒なものなのです。なぜなら基準点もルールも厳密な定義もないからです。」と映画で描きたかった本題を語っています。図録の解説も同じように「セザンヌがプロヴァンス訛りむき出しで、ぎょっとするような卑語や罵り言葉を連発するのに対し、ゾラは上品な口調に良心的知識人の風格を漂わせる。そんな両者が、『会えば5分で喧嘩』というのも当然と思える。しかも喧嘩をすればするほど切っても切れない縁が深まってしまう、お互いのことが気になって仕方がない二人なのである。」(野崎歓著)とありました。実際に2人が交流していたことは事実で、映画にあったゾラの新作小説「制作」で、自分がモデルになったことで、セザンヌは憤慨して絶交したことは、当時の手紙によって示されています。それでもお互いを心から締め出すことは出来なかったようです。芸術家同士の友情は果たして可能か、成功者と落伍者に運命が分かれれば、友情に影を落とすことは間違いありません。この映画は反目しあう2人が両者とも後世に名を刻んでいることが前提にあるからこそ、波乱万丈でも安心して観られるのではないかと思った次第です。

三連休 最終日は制作三昧

三連休の最終日になりました。映画や美術館に出かけていた三連休ですが、今日は朝から工房に篭りました。三連休にやろうと思っていた陶彫成形が進まず、ここは一気に挽回するつもりで、朝から作業に没頭していたのでした。以前から気になっていたことは土錬機の不具合です。2時間ほどモーターを回すと妙な音がして停止してしまうのです。8月に発覚して業者に相談をしました。土錬機の分解掃除や機械油を差すこともしましたが、調子は元に戻らず、今日の土練りの40キロを騙し騙しやって何とか次の成形分の陶土は確保しました。今日は業者に来てもらい、土錬機の不具合を見てもらいましたが、原因は判明せず、新しい土錬機に買い換えるしか方法はないのかもしれません。思えば私は20数年前にこの土錬機を買っていて、家電であればとっくに寿命になっているのではないかと思いました。土錬機はモーターに土錬用のスクリューが2つ接合された単純な構造です。鉄製の筒の中で2つのスクリューが回って陶土を混合させながら外へ送り出す機械です。モーターは修理するより買い換えた方がいいと業者に言われました。土錬機は数十万円する機械なので、何とかやり繰りして家計から捻出する予定です。今日の作業はタタラを4枚用意して、すぐに成形に取りかかりました。大きな成形ではないので、陶土が柔らかくても大丈夫なのではないかと判断しました。その結果、何とか3個目の成形が出来ました。2個目の成形と今日作った3個目の成形は、2つ合わせてウィークディの夜の時間帯に彫り込み加飾をやろうと思っています。今月の陶彫部品はいくつ出来上がるのでしょうか。

三連休 美術館&成形作業

三連休の中日です。今日も鑑賞と作業の二本立ての一日になりました。午前中は東京六本木の国立新美術館に家内と出かけ、自由美術展に出品されている池田宗弘先生の彫刻作品を見てきました。思えば師匠の池田先生には40年以上もお世話になっていて、先生の作品は漏れなく見させていただいています。ここ2年ほど長野県麻績の自宅兼工房「エルミタ」に伺うことが出来なかったので、先生の作品の進展状況を知らずにいました。昨年から修道士が悪魔に誘惑されている状況を彫刻にしている先生は、今年も真鍮直付けの技法で、修道士と悪魔の関わりを表現していました。今年の新作は悪魔が小さく可愛らしくなっていて、恐怖で圧倒する悪魔ではなくなっているなぁと思いました。先生の彫刻は、真鍮素材によって風景を切り取る情景描写に特徴があります。それはギリギリまで量感を削り、蜃気楼のような軽さを獲得していますが、逆に空間的な存在感は増していくように思えます。すっかり見慣れた先生の彫刻ですが、40年前に初めて見た時は衝撃を受けました。軽妙洒脱な先生の世界観と、自分のそれはまるで違う世界観になってしまいましたが、彫刻の本質は変わるものではないので、師弟関係が今も続いているのです。家内の演奏が午後あるので、午前中の早い時間に美術館を訪れたのでしたが、同館で日本を代表する建築家安藤忠雄氏が個展をやっていたので、見たい欲求に勝てず、家内も納得の上で「安藤忠雄展」を見てきました。安藤氏の代表的な建築である「光の教会」の実物が野外に設置されていて、度肝を抜かれました。図面と素材さえあれば建築は再現が可能であることを改めて認識しました。自分は昔から建築に関心が強いので、心が展示に吸い取られてしまいました。詳しい感想は後日に改めます。大急ぎで横浜の自宅に戻り、家内を演奏場所に車で送り届けてから、私は工房に出かけました。こんなこともあろうかと思って、今朝は6時に工房に行って陶彫成形を途中までやっていたのでした。今日も充実した鑑賞があったので疲れました。それでも成形の続きを日が暮れるまでやっていました。明日は工房で制作一本になります。

三連休 映画&成形準備

10月の三連休になりました。昨日の「運慶展」もそうですが、秋は見たい展覧会や映画があって、時間をやり繰りしながら、陶彫制作と折り合いをつけていこうと思っています。鑑賞との兼ね合いを考えると、今月の制作目標に掲げた陶彫8個の成形や彫り込み加飾は厳しいかなぁと思っているところです。先月並みに4個が適当なのかもしれません。陶彫部品は先月制作していたものより多少小さくなったとは言え、成形の難易度は相当なもので、朝から夕方まで作業してやっと1体ができる程度なのです。三連休初日は映画鑑賞と陶彫の成形準備に当てました。観たかった映画は「セザンヌと過ごした時間」というフランス映画でした。交流のあった文豪エミール・ゾラと近代絵画の父ポール・セザンヌ。父がイタリアからの移民で貧しかったゾラと裕福な家庭に育ったセザンヌ。やがてゾラは名声を得て著作がベストセラーになりますが、一方でサロンに落選続きのセザンヌとの友情は、時に敬愛、そして愛憎に満ちていました。どこまで史実に沿っているのかわかりませんが、双方のキャラクターが浮き彫りになって映画としてのドラマ性は充分ありました。私はとても楽しめる内容でしたが、お互いの芸術を深めるというより、不器用な男同士の関わりを中心に描いているので、創作に対する格闘場面がある映画ではなく、生きざまを見つめる映画だろうと思いました。それでも主人公が作家であり、画家であったので、自分なりに時間をかけて考えてみたいと思いました。詳しい感想は後日に回します。常連の横浜のミニシアターの上映時間が朝9時20分からだったので、午後は工房に行って制作に勤しみました。今日も映画鑑賞に家内がつき合ってくれました。制作では大きなタタラを6枚作りました。明日は陶彫成形をやろうと思っているので、その準備をしたのでした。朝は肌寒かったのに午後は陽が出て暑くなりました。久しぶりにシャツが濡れるほど汗が出ました。三連休初日は充実していました。

金曜夜は仏像を楽しむ

東京の国立博物館や美術館は、金曜日に開館時間が延長されているので、仕事をしている者にとっては嬉しいシステムです。とくに大きな展覧会が企画されている秋の季節は、散策がてら東京に足を延ばすのも楽しいひと時で、私は一日のうちで芸術鑑賞があると、心が満たされて充実した時間が過ごせるのです。今日は勤務終了後に家内と待ち合わせ、東京上野の国立博物館平成館に行ってきました。生憎の雨天で散策には残念な夜でしたが、「運慶展」を見たい一心で雨の上野公園を歩きました。鎌倉時代の仏師の代表とも言える運慶の仏像が一堂に会する機会は滅多にありません。この企画を知った時から「運慶展」には絶対に行こうと決めていたのでした。学生時代、西洋彫刻に憧れていた私は、仏像には目もくれず、日本の古美術は退屈なものだと決めつけていました。近隣の寺院に鎮座する仏像は、線香臭い中で住職による説法の背後にある儀式の飾りくらいに思っていました。そんな不届きな私に開眼を促してくれたのが鎌倉時代の写実的な仏像たちでした。とりわけ運慶派の彫刻は西洋的な解釈が当てはまるくらい骨格や筋肉の在り方が見事で、その立ち姿に緊張感がありました。当時、日本には西洋のような解剖学はなかったはずですが、仏師の観察眼の鋭さは、私に驚きと感動を齎してくれました。その運慶の仏像を足掛かりに、私は白鳳や天平の仏像を理解し、自分が惚れ込んだ秋篠寺の「伎芸天」に辿り着いたのでした。世の中には美しい仏像があるものだと私は改心し、宗教としてではなく芸術作品として仏像を見るようになりました。その契機を与えてくれた運慶の仏像たち。まとまった作品群を見るのは初めてでしたが、圧巻という他は言いようがありませんでした。詳しい感想は後日に回します。今晩は仏像の迫力に押し潰される夢を見そうです。

横浜の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」

横浜そごう美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が開催されています。デパートの美術館は店の閉店時間に合わせているので、遅くまでやっていて、勤務時間が終わった後でも立ち寄ることが可能です。国公立美術館にない便利さがあります。昨日、家内と待ち合わせをして本展を見てきました。ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは、芸術家として、また科学者として優れた業績を残したことは余りにも有名です。その天才の手から生まれた発明品の数々を大型模型にして展示したのが本展です。夏休みから開催しているので、小中学生の興味関心を引こうとした意図もあるらしく、楽しい解説もあって、体験型の展示品にも驚きました。本展には図録はなく「ダ・ヴィンチ 天才の仕事」(二見書房)という書籍が本展の内容に最も近いのではないかと思います。それによると「レオナルドは機械のスケッチからいっさいの情緒を排除し、機械のある部品から生まれたエネルギーが伝達され他の部品を動かす仕組みを、つまり機械が動作する原理をスケッチのなかでシミュレートして考えた。レオナルド以前に、だれがこのようなスケッチを描いたであろうか。」(P・ガルッツィ著)とありました。本展を見て、私は空を飛ぶ機械に惹かれました。書籍にこんな文章がありました。「人間が空を飛ぶために、レオナルドは二つのことを考えていた。一つは人体(機械の動力である)の力学的可能性について。もう一つは、空を飛ぶ機械が制御しなくてはならない空気という物体についてである。~略~レオナルドは空気のことを、水とはちがって、十分な力で押さえつければ圧縮できるものと考えていた。~略~らせん状のスクリュー自体はありふれてたものだが、空気にスクリューを応用したのはレオナルドが世界で初めてだったことを忘れてはならない。」空気スクリューの大型模型が私にはとりわけ印象的でした。

中世の絵画工房について

「下絵はよく描き込まれており、筆で線が描かれている点は通常のボスの作品と同様である。描線は、ヴェネツィアにある《聖ヒエロニムス》の描線や《干草車》の人物の描線とも類似している。さらにX線写真もまた、この芸術家が常とする創作過程を示しており、ボス自身の作品との整合性が認められるのである。顔料についても、ボスの作品に通常使用されるもので、鉛白、カルサイト、ラック、赤土、天然アズライト、鉛錫黄、銅系緑色顔料(樹脂酸銅、緑青)、黄土、黒炭が見られる。顔料の層は、銅鉱石に富んだ硫酸カルシウムの地塗りの上に、場面によって、白色、灰色、薔薇色、青色の下塗りがされている。色彩は、卵の量は少量であるが著しく油分の多い油彩技法で塗られている。ベースの層は滑らかでグラッシによる上塗りがされているが、残念ながら、何らかの機会に失われてしまったようである。」(A・R・レドンド著)これはヒエロニムス・ボス工房が描いたとされる絵画「トゥヌグダルスの幻視」の説明文です。既に閉幕した「ベルギー奇想の系譜」展の図録にあった文章です。現存するボスの絵画は僅かしかありませんが、ボスの工房によって描かれた絵画は、ボスの監視の下で制作されたのでしょうか。この時代にボスの模倣作品が出回る中、どこまでオリジナル性を認めるか、素材から導き出される付加価値が作品を左右するとなれば、研究にも拍車がかかるように思います。中世の時代の絵画工房はどのようなものだったのか、欧州では都市にあったギルド(職人組合)から紹介を受けて、親方が営む工房に弟子入りすることが画家への第一歩だったようです。言うなれば徒弟制度で、工房では王侯貴族や富裕層の市民らの注文を受けて制作されていました。現代のように個人で作品を作り、自由に販売することはなかったので、巨匠直属の工房で制作されたものが今でも残っているというわけです。画家個人の制作と組織的な工房制作、当時は分けられるものではなかったのかもしれません。

10月RECORDは「そよぐ」

一日1点完成させることを目標に、ポストカード大の小さな平面作品を作り続けて10年以上経ちました。この媒体をRECORDと総称しているのは日々のイメージの記録を刻みたいからで、どんな日でもどんな環境にあっても創るという行為を忘れないことを目的にしています。現在は仕事から帰って夕食を済ませた後、ポストカード大に切断したケント厚紙を取り出し、毎晩下書きを描いていることが習慣になりました。ただし、仕事で疲れた夜は彩色や仕上げまでいかず、下書きだけで終わってしまうことがあります。睡魔と闘いながらイメージを絞り出す作業は辛いものがありますが、それでも継続を誓っています。今月のRECORDのテーマを「そよぐ」にしました。秋が深まり、風が心地よい季節になりました。そんな空気感を伝えたいために爽やかなテーマにしたのです。天高く馬肥ゆる秋。晴れ晴れしたイメージを具現化するために毎晩苦しむのは可笑しな話ですが、今月も頑張っていきたいと思います。

10月の制作目標

新作のテーブル彫刻の制作工程は、現在のところ順調に進んでいます。陶彫は土練り、成形、彫り込み加飾、乾燥、化粧掛け、焼成という段階を踏んで制作が進むため、予め計画を練っておかないとならないのです。来年の個展は新作として4体のテーブル彫刻を予定していますが、そのうち一番大きなテーブル彫刻を現在作っているところです。一番大きなテーブル彫刻は、今年の7月に発表した「発掘~宙景~」の発展形です。テーブルの下に吊り下げられた陶彫部品に加えて床置きの陶彫部品があります。上と下から攻めていくイメージですが、床置きの陶彫部品には床に這わせる根を接合するための部分があります。根も陶彫で作り、四方に迫り出していきます。これも陶彫部品を連結していくつもりですが、全部で16個の部品が必要です。今月の週末だけで16個全てを作るのは不可能なので、とりあえず半分である8個の成形や彫り込み加飾を目指します。今月頑張らなければならないのはRECORDです。下書きだけが日々終わっている状態で、仕上げていない作品が増えつつあります。早いうちに仕上げたいと思っています。鑑賞は今月見たい展覧会や映画があるので、何とか時間を作りたいと思っています。加えて工房に出入りしている若いスタッフたちの大学で学園祭(芸術祭)があり、これにも行ってみたいと思っているところです。読書は継続ですが、故赤瀬川原平の過激な文章に先鋭的な面白さを感じています。今月も頑張ろうと思います。

週末 10月になりました。

10月になりました。今月の制作目標は後日書くとして、今日は新作の陶彫部品が次の段階に進みました。新作では大きなテーブル彫刻を作ります。テーブルの下に陶彫部品が吊り下がりますが、それは既に出来上がっています。テーブルから吊り下がる陶彫部品と床から立ち上がる陶彫部品があって、そこをどう繋いでいくかがこの作品のポイントになります。床から立ち上がる陶彫部品の一番下に設置する6個の部品は、成形と彫り込み加飾が終わっていて乾燥を待っている状態です。6個の部品から4本の陶彫の根を床に這わせようと思っていて、次の段階というのはその根の部分を作ることです。昨日まで作っていた6個の部品に比べれば、やや小さな部品になりますが、成形にかかる難易度や手間はなかなかのもので、今日は早朝から取り組んで、午後2時になって漸く1個目の成形が終わりました。彫り込み加飾はまたウィークディの夜になりそうです。根は一本につき4個の陶彫部品を連結する予定なので、4本の根を作るのには16個の部品が必要になってきます。今月はそれをどこまで作るのか、目標を立てる際に考えていきたいと思います。今日の午後は、工房に出入りしているスタッフの一人が多摩美術大学アートテーク・ギャラリーで開催している「ポガティブ」展に出品しているので、もう一人のスタッフを連れて見てきました。工房から車で1時間10分で、同大八王子キャンパスに到着、最近出来上がったばかりの新校舎の1階にあるギャラリーに向かいました。ギャラリーは広々とした美しい空間で、それぞれの作品が映えていました。彼女の作品は音響を視覚化した微細な空間を獲得していて、今までの染めの作品の発展形とも言える新作でした。まだまだ伸びしろがある若いアーティストをこれからも応援していきたいと思っています。日曜日でほとんどの校舎は閉まっていましたが、彫刻棟のあたりを散策しました。石材や木材が積んである工房を見て回ると、自分は意欲が湧いてくるのです。いい刺激をもらえた一日でした。

週末 9月を振り返って…

週末になり、朝から工房に篭りました。9月の制作目標であった大きな陶彫部品は、6個とも成形や彫り込み加飾まで到達しました。陶彫は窯に入れて焼成してみないと完成とは言えないのですが、何はさておき制作目標が達成したことを喜びたいと思います。次はその大きな陶彫部品に接続する一回り小さな陶彫部品を作らなければならず、来月の制作目標にしていこうと思っています。今日の工房での作業は、6個目の陶彫部品の彫り込み加飾の仕上げと、次の陶彫制作に備えての土練りやタタラ作りを行いました。秋になり工房の窓から涼しい風が入ってきて、心地よい中で作業をしていました。今月は週末だけではなくウィークディの夜にも頻繁に工房に出かけ、彫り込み加飾をやりました。週末は職員の結婚式に呼ばれて福島県に出かけたり、地域行事があったりして、全てを制作に充てられたわけではありませんが、それでも時間を有効に使って目標とするところまで辿り着けたのではないかと思っています。RECORDは再び厳しい状況になりました。一日1点のノルマはやはり大変で、今も下書きだけが日々終わっていて、少しずつ制作途中の作品が山積みされています。来月は早いうちにこれを解消していきたいと思います。ウィークディに工房に行ってしまうと、自宅に帰った途端に睡魔に襲われて、RECORD制作に支障が出てしまうのです。どうもひと昔前の自分と今の自分は疲労度が違っているように思えます。鑑賞は充実した1ヶ月だったように思っています。美術館は「アルチンボルド展」(国立西洋美術館)、「ベルギー奇想の系譜」展(Bunkamuraザ・ミュージアム)その他に「二科展」(国立新美術館)や知人・友人が出品していた個展やグループ展にも足を運びました。映画は「少女ファニーと運命の旅」「ウィッチ」「パリオペラ座 夢を継ぐ者たち」(全てシネマジャック&ベティ)の3本を観てきました。読書は故赤瀬川原平の初期の頃の著作集を楽しく読んでいるところですが、青年時代の原平氏は少々理屈っぽい人だったのかもしれません。こうして書いていくと今月は結構頑張っていたなぁと思います。秋が深まる来月は制作や鑑賞にさらに精を出そうと思っています。

映画「パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち」雑感

常連になっている横浜のミニシアターには遅い時間帯に上映するレイトショーがあって、私は仕事から帰った後でミニシアターに行くことがあります。自宅から車で出直し、ミニシアター近くの駐車場に車を入れて、チケットを購入した後、レストランで夕食を取るのが習慣となっています。家内と一緒の時もあれば、一人の時もあります。「パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち」は家内と一緒に観に行きました。バレエに従事するダンサーやコーチ、振付家や芸術監督がそれぞれの立場で真摯に取り組み、映画全般を通してドキュメンタリーならではの鬼気迫る雰囲気がありました。エトワールとして選抜された上に立ち、それでも理想に近づけない葛藤があり、日々自己を追い込んでいくダンサーの姿勢は素晴らしいと感じました。稽古場に張り詰めた空気感は、彫刻制作にも通じるものがあり、精神的な意味で勉強になりました。パリ・オペラ座バレエ団は1661年のルイ14世の勅命によって創立され、ロシアから亡命した伝説のダンサーR・ルドルフが芸術監督を務めた時代がありました。この時に難解な技術と心理的解釈が取り入れられ、現在も踊り継がれているようです。現代的な音響や動きも取り入れられて、今やバレエはコンテンポラリーアートになっていると思いました。嘗て私がウィーンに住んでいた頃に国立歌劇場で初めてバレエを観て感激したことを思い出しました。その時はロシア・バレエ団が客演をしていましたが、身体が宙を舞う超絶技巧に時間が経つのを忘れました。映画「パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち」もあっという間に上映が終わった感じがしました。躍動する身体をずっと注視することにより、身体言語と言うべきか、私たち鑑賞者はダンサーの腕の角度や手の先のちょっとした動作に、訴えたい主張や表現を感じるようになります。滑らかに移動する身体は瞬時に変化し、ドラマ性をもつようになるのです。この映画でひとつ気になったことは、ダンサー各人がトゥシューズを自分で管理していたシーンでした。足首や足がバレエには重要な要素です。夢を継ぐために妙に現実的な仕草が印象的でした。

「オブジェを持った無産者」を読み始める

本書「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)は、1970年に現代思潮社より刊行された書籍で、2015年になって河出書房新社から再刊されたものです。私は今年の6月に出張で京都に行った折に、立ち寄った書店で見つけ、装丁が気に入って購入しました。故赤瀬川原平の造形から文書に至る多くの作品は、私に刺激を与え続けてきましたが、本書の中心的な話題は1966年にあった「千円札裁判」で、当時小学生だった私は、この前衛芸術が法的な裁きを受ける現場にも立ち会っていなかったし、事件すら知らなかったのでした。ずっと後になって美術家の道を志した私は、大学の先輩にこんな人がいて、初期の頃に芸術作品をもって検察に立ち向かった前衛作家の果敢な行為を知り、その作品を理解すればするほど魅力に抗えないようになりました。確か千葉で開催された回顧展の最中にご本人が逝去されたのではないかと記憶しています。赤瀬川原平の著作は自宅の書棚に数冊ありますが、「オブジェを持った無産者」は著述家赤瀬川原平としての出発点だったようです。日本に反芸術運動が起こって社会問題になった時代は、乗り遅れた世代の私には少々羨ましい時代でもありました。破壊と創造が解り易いカタチで眼前に広がる光景を見てみたかったなぁと今でも思っています。本書を読んで、少しでもその時代の空気に触れられたら幸いと思っています。本書を数頁捲ってみると、結構難解な箇所が目につきます。著述家赤瀬川原平の先鋭的な思想が表れた瑞々しいものではないかと想像するところですが、通勤の友にしていこうと思います。

「スーラとシェレ」読後感

8月はまったく読書をしなかったため、今日取り上げる「スーラとシェレ」(セゴレーヌ・ルメン著 吉田紀子訳 三元社)は7月25日から読み始めて、9月も終わりに近づく今になって漸く読み終わった次第です。遅読甚だしき言い訳として、「奇想の系譜」と「マルセル・デュシャン全著作」も同時に読んでいて、三つ巴の乱読があったためですが、この若い頃から続く私の癖はそろそろ止めようと思っているところです。「スーラとシェレ」は19世紀から20世紀に至る美術史の動向の中で、従来の絵画とポスターに代表される大衆美術との関わりを論考したもので、面白く読ませていただきました。著者ルメンに関して訳者が寄せている文章を引用すると「ルメンの研究に通底する手法を一言で述べるならば、未公開の資料として、これまで検証対象として扱われることの少なかった十九世紀フランスのポピュラー・イメージを貪欲に掘り起こして調査し、そうした実証的な手続きによる事実解明を、最新の文化研究の理論と対峙させるというものである。~略~モダニズムが等閑に付してきた、十九世紀の”純粋芸術”と”大衆芸術”との間で交わされたダイナミックなイメージの乗り入れを解き明かす作業が、この時期、美術史の新たな課題として浮上したのである。」とありました。ジョルジュ・スーラは新印象派の画家で、点描を考案したことはあまりにも有名です。ジュール・シェレはサーカスのポスターを数多く手がけたイラストレーターで、作品が大衆に迎合した媒体であったため忘却の一途を辿りましたが、シェレの視覚表現に斬新さを感じ、その要素をスーラが絵画に取り入れていたことは、私も知りませんでした。パフォーマンスの代表でもあったサーカスを通じて、2人の芸術家が結びついていた事実に、絵画表現を革新する動きは、思わぬところから始まっていくことを知った著作でした。

彫り込み加飾について

私の立体作品は窯に入れて焼成する陶の技法を用いています。彫刻、陶芸、絵画の3分野に跨る制作方法を取っていて、手間のかかる制作工程と言えます。まずは陶土を使って立体を作ります。これは彫刻です。立体の持つ構成や量感に重点をおいて作っているのです。立体の内側は空洞になっていて、これは焼成する際に壊れにくくするためで、陶芸では定番となっている方法です。陶土で作った立体の表面には彫り込み加飾を施します。これはレリーフですが、彫刻的な捉えをしていません。立体を際立たせる効果はありますが、あくまでも平面的な彫り込みです。文様を彫り込むことによって古代の装いを作品に付加するのです。いわば絵画性の強い装飾です。この彫り込み加飾は、やや硬化した陶土の表面に鉄筆で線を入れ、また線で囲んだ部分の陶土を掻き出していくのです。専用へラである深さまで削っていく作業によって、立体性と平面性を兼ねた表現が出てきます。矩形による規則正しい凹凸を加えることで、立体はその角度によって微妙な陰影を加えます。窯に入れ、炎神の威力によって陶彫は立体と平面が一体化した作品になっていくのです。そんな意味でも彫り込み加飾は重要な工程です。最近では彫り込み加飾をウィークディの夜にやっています。立体として全体を把握する必要がないので工房内を歩き回ることがなく、作業台に照明を当てながら、部分を削る作業をしているのです。夜の方が加飾に集中できるかなぁと思っています。

渋谷の「ベルギー奇想の系譜」展

昨日で終了した展覧会を取り上げるのは些か恐縮ですが、私は個人的に奇想の芸術が大好きなので、詳しい感想を述べさせていただきます。ベルギーという中央ヨーロッパに位置する国について私は深く考えたことがなく、20代の頃ウィーンに住んでいた時に、首都ブリュッセルと古都ブリュージュに立ち寄ったことがありました。ベルギーは緯度が高いわりに気候が穏やかであり、その歴史からすれば多くの周辺国の支配を受けていて、独立を果たしたのは1830年だったようです。絵画史で有名なフランドル地方はベルギーにあり、中世から伝わる写実主義描写に加えてキリスト教の神や悪霊の存在が信じられていて、その具現化に携わった画家ボスやブリューゲルはあまりに有名です。本展にはルーベンスの絵画も出品されていて、やや違和感がありましたが、図録の文中にその説明がありました。「ボスやブリューゲルの手により、いわば『フランドル的な』異種混同の悪魔に埋め尽くされていた『地獄』の情景は、巨匠ルーベンスによって、イタリア的な要素と結びつき、キリストの戦士たちの勝利を観る者に強く印象づけるバロック美術特有のドラマティックな構図へと生まれ変わっている。」(廣川暁生著)さらに本展には、近現代の画家マグリットやアンソールも出品されていて、ベルギー美術全体を俯瞰できる内容になっていました。現代に通じる部分に関してはこんな一文が図録に掲載されていました。「ベルギーのアート(とアーティスト)のヴィジョンは、世界で進行中の事象に対するほぼ地理的に持って生まれた受容性と、また、その覚醒した意識の武器=ほぼ生物学的に生来のアイロニーのセンスとして、定義することができる。」(伊藤伸子著)どこか覚めた感覚というか、乾いたユーモアをベルギー現代美術を見て私は感じましたが、宗教から離れた事象に関しても、奇想が現代社会に生きていて、それが芸術家を動かしているパワーになっていると思いました。

週末 6個目の陶彫成形

新作のテーブル彫刻の床に配置する陶彫部品は6個あります。今日は最終である6個目の成形を行いました。昨日は東京の美術館や画廊に出かけましたが、起床してすぐ工房に行ってタタラを準備していたのでした。そのちょっとした頑張りで、タタラはいい具合に硬くなっていて、成形がやり易くなっていました。因みに今日成形した陶彫部品は今までで最も大きなサイズでした。今日は朝9時から11時頃まで家内を演奏会場に送ったり、若いスタッフ2人を駅まで迎えに行ったりする予定があったので、それでは成形時間が足りなくなると判断し、今日も起床してすぐ工房に行って成形を始めていました。夕方になると緊張が解けてしまう傾向が自分にはあるので、早朝から作業を始めた方が効果が上がるのです。結果、夕方4時には成形が終わっていたので、見立ては合っていました。一日のうち出入りの時間があると集中力が細切れになり、強度のフロー状態になることはありませんでしたが、それでも順調に作業が進みました。この陶彫部品が仕上がれば、今月の制作目標は達成したことになります。彫り込み加飾はいつものようにウィークディの夜にやろうと思っています。私はおそらく人より週末の充実はあると思いますが、これによってウィークディの疲労とは別の疲労が残るような気がしています。季節の変わり目のせいか本当に毎日疲れています。何もしないで過ごす休日を経験したことがないので、疲労回復は通常の生活の中でやっていく他ありません。回復の一番の手段は睡眠を多く取ることです。このNOTE(ブログ)と日々のRECORD制作が終わったら、すぐ寝るようにしています。昔から制作漬けの毎日だったので、寝ても困難な制作に立ち往生している夢を見て、起きてしまうことがあります。滅多に見ない夢ですが、強迫観念があるのでしょうか。それともフロイトが言うような願望の表れなのでしょうか。

秋分の日は美術館・画廊を散策

今日は秋分の日でした。職場は週休2日なので、連休の実感はありませんでしたが、このところ秋の気配を感じているのは確かです。今日は早朝に工房に行って、明日の陶彫成形のために大きなタタラを7枚作りました。午前10時くらいに自宅を出て、東横線都立大学駅にある画廊に向かいました。茨城県笠間近くで陶芸をやっている佐藤夫妻が個展をやっているので見に行ったのでした。奥さんの和美さんにお会いできました。このところなかなか笠間に行けないことをお詫びして、最近の佐藤陶房の新作を見せてもらいました。相変わらず土臭いモダンさがあって気持ちが良くなりました。私とは同世代なので、お互い健康に気遣ってこれからも仕事を続けていきたいものです。次に東横線から日比谷線に乗り換えて銀座に向かいました。職場に私と同じ二足の草鞋生活を送っている職員がいます。彼はモダンアート協会に属し、例年仲間とグループ展をやっているのです。会場は美術家連盟画廊でした。私は連盟に所属しているくせに事務局に顔を出したことがなく、この機会のグループ展にお邪魔するだけになっています。彼のタブローは、消去された空間がますます冴えて切れ味が良くなった印象がありました。彼も私と同世代なので、ずっと創作活動を続けて欲しいと願って止みません。次に私が向かったのは渋谷でした。Bunkamuraザ・ミュージアムで明日まで開催中の「ベルギー奇想の系譜」展を、終了間近になって慌てて見に行ったのでしたが、会場は大変混雑していました。最近になってボスやブリューゲルの人気が高まり、加えてマグリット等近現代のアーティストの作品が展示されていたので、混雑していることは分かっていました。私は奇想の芸術が好きなので満足を覚えましたが、ベルギーという国を美術史の観点から見つめたことがなかったので、地域性を含めて考えてみたいと思いました。「ベルギー奇想の系譜」展の詳しい感想は後日に改めますが、展覧会が終了した後になってしまうことをご容赦ください。帰路に蒲田で画材を購入して自宅に戻ってきました。今日は秋分の日に相応しい芸術鑑賞の日になりました。明日は制作を頑張ります。

映画「ウィッチ」雑感

昨夜、常連になっている横浜のミニシアターに米英合作の映画「ウィッチ」を観にいきました。これは魔女に纏わる伝説や伝承を基に、1630年代に遡った時代を描いていて、場所は米国ニューイングランドに設定しています。敬虔な清教徒である一家が人里離れて暮らし、信仰心だけを頼りに生活を営む様子は、観ている私を始源的で魔訶不思議な世界に導いてくれました。それは時代考証に基づいた現実感溢れる生活環境を描いていて、その中でも周囲の大自然が持つ潜在的恐怖を感じさせてくれました。森に彷徨う姉弟に忍び寄る得体のしれない何か、幼い子らが口ずさむ謎のような童謡、夜の蝋燭や暖炉の炎、悪霊が登場するわけではないのに、ひしひしと伝わってくる生活の中に存在する恐怖は、映画全体の演出とも相俟っているようにも思えます。まず色彩がグレートーンで美しいと感じました。音響が不協和音に効果を持たせ、観客を中世の闇の世界に誘っていました。悪魔憑きを表現する子どもたちにも感心しました。とりわけ長女トマシンは宗教に溺れない強さを持っていて圧倒的な存在感がありました。演じたテイラー=ジョイの美しさにも魅了されました。映画を観終わった後、やはり私が理解できないのはキリスト教の宗教観でした。神との契約、それに対峙する魔女の図式がしっくりこないのは、私の成育歴で培われた感覚であろうと思います。家族の絆を、特定宗教を中心に据えて守り抜こうとした一家が、自然の畏怖を前にして、その心理反映を憑依という圧迫によって、次第に崩壊していってしまう、その過程を描いた映画なのかなぁ、私が下したこの映画の解釈ですが、いかがでしょうか。