新鮮さを留める描写の魅力

既に終わってしまった展覧会の作品を取り上げるのは恐縮ですが、橫浜にある県立歴史博物館で開催していた「五姓田義松展」の中で、気に留めた作品の数々の感想を述べます。私が美術の専門家を志した時は、既に確立された受験体制があり、美術系の学校は門戸を広げていました。最初は木炭による石膏デッサンをやっていて、そのうち描画材は鉛筆に代わり、陰影を利用してカタチが浮き彫りになるように、タッチを工夫する技巧を教え込まれました。いわゆるハッチングというもので、カタチを立体として捉える方法に夢中になりました。そこには描写職人のような浪人生もいました。そんな当時愉快だった描写の習得技術を思い返してくれたのが、画家五姓田義松のデッサンでした。明治初期の西洋画習得もままならない時期に、よくぞこんなデッサンができたものだと感心しましたが、当時の僅かばかりの情報に対する欲求の故なのか、描くことに新鮮さを留めていて、見る対象全てに感動しながら作者は描写をしていた有様が伝わってきます。とりわけ「六面相」と題された自画像を描いたデッサンが楽しくて、その抑揚のある筆致に浮かび上がる変顔が、何ともいいのです。作者の母を描いた油絵にも驚きました。母の最期を看取って描いた「老母図」は、恰も表現主義のような深い精神性に溢れ、作者の母に対する愛情が尋常ではないことが分かりました。当時理解の薄かった西洋画を進める際の精神的な支えを母がしてくれたのでしょうか。五姓田義松は家族愛に溢れた画家でもあったようです。

週末 絵画的新作の第一歩

今日を日記風に綴るなら、朝7時に工房に行き、昨日から始めた2点目の新作の全体構成を厚板に下書きしました。まず第一歩として絵画的なアプローチをすることにしました。2時間やったところで自宅に戻りました。朝食をテレビの前の居間で済ませました。自分は食事中にテレビを見ることはありません。ダイニングにテレビを置いていないのです。今日は特別でした。NHK番組の「日曜美術館」で若林奮先生の彫刻作品を取上げたので、何としても見たかったのでした。懐かしい若林先生がインタビューに答えるシーンが映し出されていました。気難しく眉間に皺のよった神経質そうな顔で、彫刻とは何かをもどかしそうに話しておられました。自分は若林先生に教えを受けたことはありません。同じ大学の構内に居ながら、近づくことが出来なかったのが返すがえすも残念です。奥様も登場していました。自分は大学受験の時に石膏デッサンを奥様に習ったことがあるのです。奥様は具象彫刻の第一人者淀井敏夫氏のお嬢さんだったことは当時から存じ上げていました。若林ワールドがテレビでどう解説されるのか興味津々でした。内容は別の機会に書こうと思います。番組が終了したので工房に戻りました。中国籍の若いスタッフが来ていました。先週から山東省に里帰りをしていた彼女は、今週の木曜日に日本に戻ってきていました。工房のロフト工事を見て驚いていました。良い香りのするジャスミン茶をお土産に頂きました。夕方4時までそれぞれ制作に没頭しました。2人でやっていると社会的促進という心理効果があって制作に弾みがつきます。彼女もその効果を期待しているらしく日曜日が楽しみで仕方ないと言っていました。夕方には制作でクタクタになり、彼女を駅まで車で送りました。自宅に戻ると、演奏に出かけていた家内から連絡が入り、家内を迎えに行きました。いつものような週末の過ごし方でしたが、テレビ放映された若林ワールドのことが印象に残っていました。番組の中にあった「彫刻とは何か」という問いかけは、自分も常に思っていることで、絵画的新作の第一歩を記した今日も、これは表層的には絵画のように見えるけれど、実のところ彫刻としての意識が働いていると感じています。どうしてそう思ったのかは、稿を改めて考えてみたいと思います。若林先生の言葉に、彫刻なるものの捉えの広さや深さを感じ取り、自分も同意することが暫しあります。今日はなかなか充実した週末を過ごしたように思えました。

週末 新作2点目の導入

夏に東京銀座で発表する陶彫作品は、大きめの新作を2点、小作品「陶紋」を数点出品しようと考えています。毎年の定番になっていますが、ギャラリーせいほうの空間を考えると、今回もこのくらいの作品量を必死になって制作しなければなりません。既に一番大きな陶彫作品には取り掛かっていますが、次なる陶彫作品をどうしようかと思案していました。今まで降って湧いた数多いイメージの中からひとつ選びましたが、そのイメージはあまりにも絵画的で色彩に溢れた画面構成が思い浮かんできます。これをどのようにして床置きの彫刻作品にしていこうか、思案のしどころかなぁと思っています。これを絵画作品にして壁に掛けてもつまらないと感じているからです。浮かんだイメージは、イメージ通りになるように素材や技法を選んでいくのが一般的で、通常は具現化するための一番効果的な方法は何かを考えていきます。制作では抵抗や摩擦の出来るだけ少ない方法で進めていくのが、作品を作る上での得策です。ただし、それが作品のクオリティーを上げられるかどうかは別問題です。慣れが生む緩慢な傾向は、どの作家にも共通していて、それならばいっそ抵抗や摩擦があった方が、緊張感のある優れた作品になるかもしれないのです。作品は精神の産物であるため、そこが創作活動のやっかいなところでもあり、面白いところでもあります。今日は新作の2点目になる作品に取り掛かりました。2センチの厚板を購入してきて、まずイメージ通りの画面を描くところから始めました。画面の中から立体性のあるものを抽出し、それを立体物として配置したらどうなるのか、絵画的イメージを分解し、構成要素のひとつひとつに凹凸があったらどうなるのか、色彩が織り成す印象の部分と即物的な素材の部分をどう関わらせるか、導入としては厚板への描写もままならず、今日の作業を中断してしまいました。明日も継続です。ちょっと苦しいところに突入してしまったかなぁと思い返しながら、明日へ希望を繋ぎます。

「夢解釈」下巻を読み始める

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)下巻を読み始めました。下巻には大きな章が2つあります。第六章「夢の仕事」と第七章「夢行程の心理学」です。それぞれ章ごとに小さな括りがあるので、その括り毎に上巻の例に従ってまとめていこうと思っています。読み始めると忽ちフロイト流の論考に取り巻かれてしまいます。夢を解釈するという壮大で深遠なテーマは、精神分析学の第一人者であったフロイトだからこそ扱うことが出来たと思っていましたが、本書では夢を考察した学者が提唱した事例が多く出てくるので、夢という領域は心理学や病理学を専門とする学者では魅力的なテーマのひとつであったと思うばかりです。さて、細かな単元に移る前に第六章「夢の仕事」に関する前置きがありましたので、引用します。「私たちは、顕在的な夢内容ではなく、潜在的な夢内容としての夢の想念から夢を解き明かそうとする。それゆえ、私たちには以前になかった課題が新たに課せられる。つまり、顕在的な夢内容と潜在的な夢の想念との関係を探求し、どのような行程を通じて後者から前者が生じるのかを跡づけるという課題である。」これがこれから夢を論じる上での導入部にあたると考えます。本書を通勤の友として、今後じっくり読んでいこうと思います。些か気難しい友であるのは百も承知です。

14‘RECORD 1月・2月・3月分アップ

私のホームページに2014年のRECORD1月分~3月分をアップしました。この1年間の毎月のテーマは文章によるもので、自分としては初めての試みでした。その文章をタイトルにしたコトバを捻り出し、アップの際に画像に添えましたが、画像共々なかなか厳しいテーマ選択をしたものだと今になって思い起こしています。1月のテーマは「芽生え萌えたつ天使たち」、2月のテーマは「匂い立つ土俗の構え」、3月のテーマは「散歩する気まぐれ美神たち」でした。自分としては、自分の中に今までなかった物語性を秘めた寓話的な表現を狙ったつもりでしたが、なかなか納得がいかず、イメージを捻り出すのに時間ばかりが経つばかりで、焦りながら下書きをまとめた記憶が残っています。表現域を広げるためには、学生時代のような有り余る時間が必要なのかもしれません。現在の二束の草鞋生活の中で辛うじて制作しているRECORDは、まさに時間との駆け引きで毎晩睡魔と闘いながら制作をしています。その日その時の気分を優先していたら作品は出来上がりません。そんな苦しい中で仕上げたRECORDでした。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした1月分~3月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

「絶望名人カフカの人生論」読後感

「絶望名人カフカの人生論」(カフカ著 頭木弘樹訳 新潮社)を読み終えました。実はもっと早く読めたのですが、読んでいくうちに、休憩を挟みながらの超遅読に切り替えました。何故なら本書は面白すぎて速読では勿体ないと感じたからです。翻訳と解説をしている頭木弘樹氏の何気ない言葉が巧妙でいいのです。「これってあるなぁ」とつい頷いてしまうネガティヴな場面が共感を呼び、自分もカフカのようなネガティヴな性格を兼ね備えていることに気づきました。でも、カフカほど絶望していないので、自分は芸術をやる者として凡人かなぁと思ってしまいます。実際、カフカのようなアンテナを持って生きたなら苦しくて寂しくてどうしようもないと思うのです。しかもカフカが偉大な文学者になったの結果論であって、その保障は生前どこにもなかったのです。本書の説得力はあとがきにある作家山田太一氏の言葉が物語っています。「この世の成功者が語るポジティヴな幸福論など、大半は底の浅い自惚れか、単なる嘘か錯覚だったりすることが多く、それに比べて不幸の世界の、なんと残酷で広大で奥深く切なくて悲しくて美しくて味わい深いことだろうという感受性には共感してしまいます。」う~ん、やっぱりそうだなぁと共感ばかりになってしまうのですが、これからもっとカフカを読んでいこうと意欲に駆られたことは確かです。翻訳者の頭木氏が中学生の時に出会ったカフカの「変身」。実は自分も同じで、中学生の頃、読書感想文のために薄っぺらな文庫本を、薄っぺらにも関わらず四苦八苦して読んだ記憶があります。きっと頭木氏も同じだったに違いないと思いつつ、初めて不条理文学を知った頃の何とも言えない居心地の悪さに、途中で投げ出したくなる気持を押さえてやっと読破したけれど、達成感はまるでなく、こんなものは二度と読まないと決めたあの頃を思い出します。カフカの偉大さに気づくまでに、そこから数十年かかっている自分が、この歳で辿り着いた「絶望名人カフカの人生論」でした。今後は中途で休んでいたフロイト著「夢解釈」の続きを読んでいこうと思いますが、今となってはカフカの人間的魅力に触れてしまったので、きっとフロイトの後はカフカに走るかもしれないと思っているところです。

文化の日は創作三昧

今日は文化の日です。文化の日に相応しいのは創作活動に尽きると思います。というわけで今日は朝から工房に篭って創作活動に勤しみました。とは言え、新作の制作サイクルを考えると、今日は土練りと乾燥した陶彫部品に化粧掛けを施す作業に当たっていて、創作ではなく職人的な仕事に追われました。これも創作をするための土台となる大事な仕事に違いありません。現在、擂り鉢状の新作に挑んでいますが、来年までにもう1点新作を考えなければならず、かなり前に降って湧いてきたイメージのひとつを採用しようかと思っています。私は紙にエスキースをしないので、頭の中でイメージを留めています。いくつかのイメージが湧きましたが、忘れてしまっているものが多く、それでも残っているイメージを具現化していくのです。現在制作中の作品もそうですが、今回のイメージはどれも平たい円形のカタチをしています。自分でも説明がつかないような摩訶不思議な文様が思い浮びますが、P・クレーの作品が立体化したような按配です。ちょっと予定を変更して、そのもうひとつの作品に来週から取り掛かってみようと思っています。今日は秋晴れの気持ちのいい一日で、FMラジオから各地の高速道路の渋滞情報が流れていました。紅葉を見に行く観光客が多かったのでしょうか。横浜周辺の紅葉はまだこれから始まるようですが、箱根や日光はさぞ美しかろうと思いを馳せています。来週末から新作2点を同時に進めていくつもりです。かなり忙しくなりそうですが、今が新作導入の頑張り時です。

出張ついでに「五姓田義松展」

テレビ番組で紹介され、その絵画技量の高さに驚かされた五姓田義松。彼が生きた時代は安政から明治にかかる西洋文明の流入期で、いち早く西洋絵画を学ぶことになった彼の生い立ちや見事に開花させた才能に、今まで埋もれていた天才の足跡を見取り、その絵画力に私は驚嘆を隠せませんでした。日本で最初の油絵を描いた人と言えば鮭の絵で有名な高橋由一ですが、同時代に高橋より11歳若い五姓田がいて、2人とも橫浜居留地にいた画家C・ワーグマンに師事しています。早熟だった五姓田は忽ち頭角を現し、明治政府や皇室の肖像画等を描いています。そんな「五姓田義松展」が画家本人の馴染みのあった橫浜で開催されているので見てきました。場所は神奈川県立歴史博物館で中区関内にあります。ちょうど仕事の出張が関内であったので、昼休みを利用して行きました。マスコミの影響のせいか、多くの鑑賞者が訪れていて館内は混雑していました。図録には「大人の知的遊戯としての絵画を作り上げることもできた義松。画材を自製することもできた義松。現在とは異なり、情報や物質が乏しかった幕末明治の日本で、高度な技術力の獲得は『奇跡』と形容しても過言ではない。その存在はまるで生まれてきた時代と場所を間違えたかのように、まさに西洋人のプロフェッショナルな画家と同じといえる。」(角田拓朗著)とありました。個々の作品の感想については機会を改めたいと思いますが、途轍もない逸材が発見されたことを心底喜びたいと思います。

週末 11月は撮影から始まる

今日から11月です。秋本番を迎え、植木畑に建つ工房の周囲でも紅葉が始まっています。創作活動には絶好の季節ですが、来年度人事が本格化する職場では、なかなか大変な時期を迎えています。季節の変わり目で体調を崩している職員がいるので、自分も含めて健康に留意したいと思っています。さて、今月の創作目標ですが、新作の擂り鉢デザインの陶彫作品の外側20個が出来上がっているので、その内側の新たな陶彫部品20個に挑んでいきます。新作は今月から作り始める内側20個の陶彫部品が大きな影響を持つと考えています。言わば新作の中核になる部分を作っていくわけで、そのため陶彫部品ひとつずつに精魂込めながら作業を進めたいと思っています。今日は午前中から工房にカメラマンがやってきて、RECORDの撮影をしていきました。RECORDは1年間の撮影を一日でやります。今日は昨年の11月より今年の10月分までの1年間分を撮影しました。今朝は昨日の分までのRECORDを自宅から工房に持ってきました。午前10時から始まった撮影では2時間半を要しました。ホームページにRECORDをアップできる日が楽しみです。今月も見たい展覧会があります。見たい映画もあります。今まで見た展覧会出品作の中で考察をしてみたい作品も多くあります。読書はフロイト著「夢解釈」下巻に挑みます。カフカの小説が読みたいところですが、ちょっと我慢です。工房のロフト計画は先日から施工が始まっていて、今月中には終了予定です。工房の空間が生まれ変わろうとしています。今月は工房内部空間の転機を迎えます。そう考えると今月は重要な1ヶ月になります。夕方に菩提寺で十夜法要があって卒塔婆をお願いしてきました。いろいろ用事が重なって今日は疲れました。今月も頑張っていこうと思います。

週末 10月を振り返って…

10月が今日で終わります。今月は先月並みに充実した1ヶ月でした。まず、陶彫制作ですが、新作の擂り鉢をしたデザインの一番外側にあたる20個の陶彫部品が全て出来ました。正確に言えば成形が終わったと言うべきでしょう。焼成した部品はそのうち僅か2点しかありません。9月に10個、10月に10個作ったことになり、まずまず頑張ったと自負しています。展覧会は東京渋谷の「風景画の誕生」展、平塚の「画家の詩、詩人の絵展」、まだNOTE(ブログ)で取上げていませんが、横浜の「五姓田義松展」の3つの美術館・博物館に行ってきました。個展では東京でやっていた先輩の銅版画家、親友の陶芸家夫妻、鎌倉でやっていた後輩の陶芸家の3つのギャラリーを見て歩きました。映画は「セッション」「顔のないヒトラーたち」を観てきました。美術や映画鑑賞も今月は充実していたと思っています。読書ではフロイト著「夢解釈」上巻が読み終わり、「絶望名人カフカの人生論」も読み終わっています。そのうちNOTE(ブログ)に書きますが、カフカの人生論が面白くて、自分の中ではヒットです。今月はさらに話題が続きます。前にNOTE(ブログ)に書いた工房のロフト計画が、いよいよ動き始めました。近隣に住む鉄工所の親方が、職人2人を連れて、先週から工房にやってきて作業を開始しました。私は親方に工房の鍵を貸していて、ウィークディに仕事が出来るように便宜を計らっています。今朝、久しぶりに工房に行ったら、工房の倉庫部分に鉄柱が何本も立っていて、梁にも鉄で補強があり、その物々しさにびっくりしました。ともかく今月は創作活動の括りとして、いろいろな意味で大きな前進があったことは確かです。ただし、職場では来年度人事が始まって、私は複雑な心境になっています。毎年のことですが、今年も気疲れする季節が到来したなぁと思っています。なるようにしかならないのですが、自分の職場を少しでも安定させ、活性化させるために今が管理職の頑張りどころなのです。インパクトのあった今月が終わり、来月がさらに充実するよう日々努力の気構えでいます。

詩によって心が動くとは…

「詩によって心が動く、とはどういうことか。それは、言葉によって不安や不条理感が発生したり、笑いが生じたり、さびしさや爽快感が沸き出したり、あるいはこれまで意識しなかった考えに興奮したりする、そういった多様で、安易に名づけ得ない情態になることを指している。~略~それらしい物語や耳触りのよい詩語を冗舌に並べるのではなく、この『自分の言葉』に真剣に向き合うという書き手の出来事がなければ、読み手もまたその詩を出来事として出会うことはできない。」これは神奈川新聞に掲載されていた廿楽順治氏の文章です。詩とはどういうものかを常日頃から問うている自分の胸にストンと落ちる言葉でした。「推敲の痕跡など残さないように、そして読者がごく自然に流露する詩の言葉の快楽を感じ取れるように、一篇の詩を仕上げる名手」とあったのは朝日新聞に掲載されていた記事で「詩人・大岡信展」を紹介した菅野昭正氏の文章です。時代を象徴する詩人が自ら推敲したノートの写真が掲載されていて、そこには幾度となく書いたり消したりした跡が生々しく残っていました。詩は自分のイメージに従って言葉を選んで作り上げるものだという至極当たり前の方法が見て取れました。かつて自分は、自分が学んだ造形美術はエスキースを重ね、苦しんだ末にひとつのカタチに辿りつくものとしていて、逆に詩は心に浮かんだものをそのまま書いていて、作るというよりは生まれてくるものではないかと思っていた時期がありました。言葉の持つ意味やイメージによって不思議な空間に引っ張られていく自分が、詩人の計り知れない言語力に平伏してしまうことも暫しあって、どうしたらこんなふうに言葉を操れるのだろうと感じていました。詩は造形作品と同じで、書いたり消したりしてひとつのコトバに辿りつくものだと分かって、今は詩が身近に感じられています。さらに平塚市美術館で開催中の「画家の詩、詩人の絵」展を見て、画家も詩人もイメージを具現化する創作工程は同じで、双方の魂が双方の媒体に影響することが認識できました。自分が詩に拘るのも造形美術上、満更でもないのかと思った次第です。

平塚の「画家の詩、詩人の絵」展

先日、平塚市美術館で開催している「画家の詩、詩人の絵」展に行ってきました。詩魂がなければ造形作品は生まれないと考えている自分にとって、とても好都合な展覧会で興味津々でした。自分が学生の頃、現代美術は文学性を排除していく傾向がありました。文学性は情緒でありネガティブなものとの位置づけがあって、造形美術は開かれたドライな表現が時代を彩るものとされていました。自分も人体塑造が文学性と結びつくことに抵抗を感じて、もっと堅牢な表現に向かうべきと考えていました。それは当時の自分がまだ若年ゆえに時代の表層だけを追っていたわけで、現代美術の中には謎のような思索を秘めたものがあり、存在の意味を解き明かすと同時に、作品のもつ詩魂に触れて、ついに美術と文学の関係を考えるようになったのでした。図録に興味深い対談があったので引用します。信濃デッサン館長窪島誠一郎氏と世田谷美術館長酒井忠康氏の対談です。「僕が絵画の文学性というときは、決してポジティブな意味ではいっていない。ネガティブに考えたい。ここが、本流になったら気持ち悪い。」(酒井氏)「全人的な人間的なところから出発する営みであって、絵を描くのであれ詩を描くのであれ、ひとつの卵から生まれる行為なのです。たまに、作為的、恣意的に画家自身が詩人と画家を自分で住み分けるケースも見られますが。」(窪島氏)「絵はつかみどころがあるものをつかんでしまったあとの仕事で、詩はつかみどころがなく最後までつかめなかった仕事だから、それを見る人は心のなかでシェイクして融合させる。」(窪島氏)「僕は判定したいね、詩の方が上、絵が下だよ。」(酒井氏)対談を掻い摘んで引用すると何のことやらわからなくなりますが、自分が成る程と思ったところだけ取り上げました。詩については何回かNOTE(ブログ)で取り上げていますが、稿を改めて再考する機会を持ちたいと思います。

雛型か缶詰彫刻か?

先月、見に行った神奈川県立近代美術館葉山で開催中の「若林奮 飛葉と振動」展で、気になった作品群がありました。同展は特異な思考を具現化した彫刻家の全体像に迫る内容で、初期の鉄を用いた作品から晩年の庭の造形に至るまでの、一彫刻家の思考過程がよく分かる展示になっていました。刺激的な作品を残された若林先生は自分の学んだ大学の教壇に立っておられましたが、直接先生の指導が受けられなかったのが自分には残念でなりません。そんな独特な若林ワールドの中で、私は今回の図録に説明のない小さなオブジェについて、NOTE(ブログ)で取り上げたいと思います。小さな缶の中に納まっている鉄や木材は彫刻の雛型とも言えるし、また持ち運びの出来る小さな彫刻ともいえます。「100線」とか「新100線」というタイトルがつけられていますが、タイトルは何を意味するのでしょうか。缶の中の素材の配置や構造は随分考え抜かれた感じを持ちます。作家本人にとっては意味を持つものだろうと思いましたが、鑑賞する側にも謎解きを強いているようで、奇妙な面白みがあるのです。缶の中で閉鎖感をもって存在する作品は、作家の嗜好とも言える封じ込めた造形世界にも通じています。蓋をしてしまえば見えなくなってしまう造形は、地下に埋めたり、金属板で造形を覆ったり、痕跡を残した金属板を重ねたりして、全体を見えなくする若林ワールドの独特な思考が、この小品にも共通しているように思えます。果たして「100線」シリーズは雛型なのか、小さな彫刻なのか、その両方の役割を担っているのか、この小宇宙に刺激を感じるのは私だけでしょうか。夥しい数のドローイングに呼応するように「100線」が作られていて、缶の蓋に番号がつけられているのを見るにつけ、作家が自分の記録として、こまめに作っていたことだけは確かなようです。RECORDを日々制作している自分にとって、番号の意味するところやこのサイズにした動機などが知りたいと思いました。

葉山の「若林奮 飛葉と振動」展

私が学校で彫刻を学んでいた頃、彫刻の研究室には池田宗弘先生がいて、共通彫塑の研究室には保田春彦先生や若林奮先生がいました。他にも彫刻界で活躍されていた方がいましたが、4年間自分が師事したのは池田先生で、私淑したのが保田先生と若林先生でした。自分が在学中から今に至るまで、それぞれ先生方の個展には必ずお邪魔して自分なりに作品の解釈を試みてきました。3人の中で一番解釈が難しく、また刺激的だったのが若林先生でした。図録の年表を見ると当時は「振動尺」が登場し「所有・雰囲気・振動」と題された個展が開催されていたようです。あの頃、先生の講義を聞いても何のことやらわからず、彫刻の概念そのものを新たに構築しようとした思索には理解が及びませんでした。でも何か自分には引っかかるものがあって、木材で出来た直方体に鉄や他の物質が加えられた彫刻「振動尺試作」が意味するものを解き明かそうとしていました。ちょうど自分が人体塑造の巧みさを競うのではなく、彫刻そのものに対して自問自答していた頃だったので、習作から表現に向かう扉を開く時期と、「振動尺」の提示が相まっていたのではないかと述懐しています。空間に置かれたモノは常に振動し、時間とともに変容していく、それら全てを彫刻表現として捉える若林ワールドに、漸く自分の理解が追いついたところで、先生が亡くなられ、残された作品を再解釈していくことになり、先生の作品が見られる機会は自分にとって大切な再会の時と思っています。先日出かけた神奈川県立近代美術館葉山での「若林奮 飛葉と振動」展を見て、改めて気づくことはいっぱいありました。また稿を改めて若林ワールドを検証します。

HPのGalleryに「増殖」アップ

「発掘~増殖~」は昨年ギャラリーせいほうで発表した陶彫作品です。床を這っていくようなイメージで作りました。どのくらいの規模にしようか迷った挙句、当初のイメージの半分くらいの大きさに落ち着きました。無計画な都市化がテーマですが、鑑賞者の受け取り方ではさまざまなイメージに結びつくようで、そうした意味ではうまくいった作品と判断してもいいかなぁと思っています。私のホームページ(HP)にはGalleryという頁があります。今回Galleryに「発掘~増殖~」をアップしました。画像処理はカメラマンに委ねていて、カメラマンの作品と言っても過言でないくらいの強烈な方向性を持っています。自分はそうした他者の感覚が加わってくれるのを望んでいます。なぜならそこに思わぬ視点や光陰が出現するからです。「発掘~増殖~」の画像は闇の中から浮かび上がる動物的な皮膚をもつ構造体が露わになっていく過程を演出してくれています。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからGalleryを選んでクリックすれば、今回アップした「発掘~増殖~」の画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

週末 やっと成形1点…

昨日は職場の親睦旅行から帰ってきたので、たいした制作が出来ず、制作工程は停滞しています。今日も若いアーティストの支援に時間が取られ、やっと成形が1点出来ただけの成果に終わりました。こんな週末もあっていいのかもしれません。まだ焦っていない自分がいるのも事実です。今日久しぶりに中国籍の若いアーティストが工房にやって来ました。彼女は留学生を集めたグループ展が先月終わったばかりですが、来年3月に同じ中国籍の画学生と2人展を計画していて、そのため長細い不定形のパネルを作りたいと言ってきました。午前中、私の行きつけの材木店に彼女を連れて行き、板材を購入してきました。彼女は都内の美術大学で副手をやっています。もうすぐ学園祭(美大ではゲーサイと呼んでいます)があって、副手はその間仕事を休めるというので、中国に一時帰国するようです。帰国する前に2人展の準備だけはしておきたい意向があって、今日は工房にパネルを作りに来たというわけでした。中国の両親から買い物リストが送られてきているようで、先日スポーツ用品の爆買いをやったようです。帰国前はイライラすると小言を言っていました。私は成形を1点やったところで疲労感が残り、今日は止めにしました。どうもこのところ制作が緩慢になっています。今月中にもう1回週末が来るので、成形の目標点数は達成しそうですが、今ひとつピリっとしません。毎年この時期はそんなものかなぁと思いつつNOTE(ブログ)のアーカイブを眺めています。

イベント後の親睦旅行

一昨日と昨日は、職場を上げて大きなイベントを行いました。職場のイベントには儀礼的なものと祝祭的なものがありますが、今回のイベントは職場の文化を継承するもので祝祭的なイベントでした。普段、全職員は自分の専門を生かした仕事に従事していますが、年間に数回企画されるイベントでは、横断的な臨時組織を作り、専門を超えて協力し合う体制が生まれます。それをまた通常の専門分野にフィールドバックすることで、今回のようなイベントをやる意義は充分あると言えます。イベントで得たことは反省材料として直ちに話し合い、次なる目標を設定するのです。その格好な場面がイベント終了後の親睦旅行にあります。私も仕事に就いた頃に、先輩職員から親睦旅行は慰安にあらず研修そのものだと言われ、遊びではないと釘を刺されました。勤務時間終了後、私の職場では、バスを仕立てて箱根のホテルに向かいました。ホテルでは宴会もありますが、この場で職員同士が腹を割って話し合い、新人の人材育成にも充てる研修会のような按配になります。今の職場に限ったことではなく、私が今まで経験した職場はどれも同じような雰囲気を持っていました。確かに自分が若い頃は、こんな宴会の場でもプロとしてのヴィビョンを先輩から教わり、また気構えを鍛えられたこともありました。現在、自分は全てをまとめる役を市から仰せつかっていますが、職場全体を見回して、今回のイベントもうちの職員に最高の効果を齎せたという評価を下しました。今朝、私はホテルから湯本駅まで出て、電車で帰ってきました。工房に行って、明日のためにタタラを準備しましたが、疲労もあって身体がなかなか思うように動きませんでした。明日は制作を頑張りたいと思います。

渋谷の「風景画の誕生」展

先日、東京渋谷にあるBunkamuraザ・ミュージアムで開催している「風景画の誕生」展に行ってきました。所蔵がウィーン美術史美術館で、20代の頃ウィーンに暮らしていた自分には馴染みのあった美術館ですが、今回来日していた絵画作品はまるで覚えがなく、莫大な所蔵品を誇る美術館とは言え、自分の記憶の危うさに対し自己嫌悪に陥りました。絵画作品は地味ながら胸を打つものが多く、神話や聖書をテーマにした中世の絵画からオランダ風景画に至るまでの緻密な表現に、新鮮な驚きを与えてくれました。風景画の発祥はいつだったのか、歴史の変遷を含めた内容を知りたくなり、図録を購入しました。「近代の発祥としてイタリア・ルネサンス美術においては、特にフィレンツェにおける、人間中心の人文主義思想と科学的遠近法との興隆がむしろ、風景画の展開を妨げたと捉えることもできるかも知れない。風景画誕生の基本的条件として提起した、人物像と自然像との等価的表現は、近代に先立って、メソポタミアにおいても、エジプトにおいても、エーゲ海においても、ローマにおいても、中世においても、多くを認めることができる。~略~あらゆる現実的存在物が光の照射を受けて視覚化されるという認識は、近代に始まったものではないが、光はひとつの光源に発して存在物を照らすという認識は、ルネサンスの透視画法と密接に結びついた科学的な認識であった。」(木島俊介著)という一文が示すように、風景画としての表現は遙か古代から見られた表現であったわけですが、人間中心の文芸復興を経て、現在のような風景画の確立となったのはルネサンス期あたりなのかもしれません。今回の展示作品の中で個人的に印象に残ったのは、牧歌を主題にした風景画で、楽園のような緑地に廃墟となった古城がある作品群で、特別何ということはないけれど、見ていると心が癒やされ、和やかな気分になりました。主題がはっきりしている人物中心の絵画がもつ従属的な風景とは異なり、全体的な光の移ろいに風景画としての醍醐味を感じた作品群でした。

13‘RECORD 10月・11月・12月分アップ

私のホームページに2013年のRECORD10月分~12月分をアップしました。この1年間は漢字一文字を毎月のテーマに掲げて制作をしていました。10月は「塔」、11月は「脚」、12月は「環」でした。10月のテーマでは当時制作していた「発掘~層塔~」に絡み、自分が若かりし頃、住んでいた西欧の街にあった塔を懐かしんでRECORDを作った記憶があります。11月は大地に何かが立脚する風景を作りたくて、テーマを選んだ気がします。12月は物質の連鎖があって、円を描いて起点に戻る輪廻転生のようなイメージを思いつき、2013年のまとめにした記憶があります。RECORDを見ていると制作時間が厳しい中で必死に作っていた思いが甦ってきます。日々制作をしているというのは、記憶にしっかり刻まれるもので、思い出すことが意外に容易なのに我ながら驚きますが、同時に苦し紛れの気分も思い出してしまいます。当然満足のいかない作品もあります。振り返って手を入れたいところですが、RECORDは一日1点制作と決めているので、このままでホームページにアップするしかありませんでした。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした10月分~12月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

映画「セッション」について

過激で人権蹂躙な言葉が師匠から発せられ、それに砕かれることもなく自分を追い込んでいく、何があってもそこに立って演奏していたいという執念が彼を一流の演奏者に育て上げていく、ライバルが現れてもそれを打ち負かす技量をつけて、己の限界を超える練習に没頭する、容赦ない言葉がさらに彼を追い詰めていく、彼には余裕がない、彼女とのデートでも頭の中は演奏のことで一杯だ、演奏をしくじっても、その座をライバルに奪われようとも彼は諦めない、興奮のあまり師匠を殴りつけても、死に物狂いで目標を達成しようとする…、そんな感想を映画「セッション」を観て持ちました。ミニシアターで上演される映画は大変刺激的で、究極を表現するあまり娯楽性は少ないと思えます。でも、自分も表現者として生きようとしているので、強固な意思だけを繋いでいく「セッション」は自分にとって本当に面白い映画でした。胡弓の演奏をやっている家内も、これは面白かったらしく、映画を見終わった後、饒舌に感想を語っていました。もちろん映画の演出なので嘘臭い場面もありました。それでも表現上これは了解と思える場面でリアルとフィクションのギリギリの鬩ぎ合いが緊張を生むこともあります。映画の面白さに巻き込まれていく過程で、何を訴えたいのか、何を主張しているのか、無駄のない展開の中で浮き彫りにされる動機に、自分を投影しつつ、共感したり反発したりする瞬間があります。そこに小粒でもピリっとした作品に出会えた喜びがあるのです。今後もこうした作品に出会えることを期待して、シネマジャック&ベティを後にしました。

東京駅の「月映」展

「月映 つくはえ」は1914年(大正3年)9月から翌年の11月まで刊行された自刻木版画と詩による作品集です。この詩誌を作ったのは田中恭吉、藤森静雄、恩地孝四郎の3人の画学生でした。全7号まで発刊されましたが、田中の夭折によって終わり、今年が刊行100年に当たるようです。それを記念して東京駅ステーションギャラリーで「月映」展が開催されているので、自分は先月の展覧会初日に見てきました。自分が「月映」を知ったのは彫刻を学び始めた学生時代です。当時彫刻と併行して木版画をやっていた自分は、ドイツ表現主義の荒いタッチの木版画に影響を受けていました。ささくれだった彫刻刀の彫り跡が自分の内面世界を表しているように感じて、自分も試してみましたが、どれもうまくいかず、当時の版木は全て廃棄してしまっています。造園業を営んでいた父が伐採した枝と一緒に、当時の自分の版木を畑で燃やした記憶があります。そんな頃に、表現派を思わせる「月映」の版画が目に留まりました。なかでも田中恭吉の作品に惹かれ、病で床に伏せていた日常の中で、生命の灯が絶え絶えとなっていく状況を知るにつけ、深い精神性に根ざした表現が頭に刻まれました。常に死と隣り合わせだった若い版画家の心理は、何とも言いようのない寂寥感に襲われていたのでしょうか。「月映」が発刊された当時の木版画に対する世間的な評価は決して良くなかったようで、図録には新聞記者であった川上涼花が「月映」に手厳しい批評を寄せているのが掲載されています。「僕は、木版そのものに就て今まで余り大した注意を払った事はない。その材料固有の特長と謂ふものは人間本来の姿にはテンデ交渉がない場合が多い、かたくなに凝って奇麗に、小さくなるばかりである事から畢竟は或る人の或る意味に於て木版は想定の脱却線を出ないもの即ちその上で侵略的作戦を回らす事があるとしてもそれは実に心の迷ひで無意味なものと位思ってゐる。」この記事を恩地孝四郎が田中恭吉に送ると「新聞のキリヌキを読んでいるうちに、うなづいたり微笑したり、苦笑したり、めをつぶってみたり、いろんなことをした…」という反応が書かれています。刊行当時の生々しい状況が伝わって、現在の自分には返って「月映」が身近になったと同時に、浮世絵の伝統があるが故に木版画の芸術性に疑問を投げかける風潮が、自刻自刷の新しい木版画の道を阻んでいたのかもしれません。

「絶望名人カフカの人生論」読み始める

フロイトの「夢解釈」上巻を読み終え、下巻に入る前にちょっと浮気をして、軽い書籍でリフレッシュしたいと思います。新たに購入した「絶望名人カフカの人生論」(カフカ著 頭木弘樹訳 新潮社)は、職場にある新聞記事で知りました。「作家と勤め人の2つの顔があったカフカには、オフィス生活を嘆いた手紙がある。~略~労働時間などの勤務制度がどんなに働きやすいものであっても、本人が楽しく生き生きと働かないと、大作家には失礼ながら大きな成果は生まれにくいだろう。」(日本経済新聞)という記事を読んで、二足の草鞋生活を送る自分は過敏に反応してしまいました。数頁を捲ったところで、これは常軌を逸した不思議な書籍であることがわかりました。カフカの絶望は、生半可ではなく救いようのないもので、この例えようのないネガティヴな感覚のどこから20世紀を代表する名作が生まれたのか、次の時代を予感する新しい文学は、健康的でバランスがとれた人物から生まれなかったのかもしれないと思いを巡らせました。ひょっとして自分はカフカの絶望に共感するところもあるかなぁと思っています。共感を覚えることで気持が楽になったり、奇妙なことにヤル気が出たりすることもあるのかもしれません。そんな心理が擽られれば面白いなと思って本書を通勤の友として読んでいきます。

週末 新作の窯入れ第1号

今日は朝から工房に行きました。昨日のノルマは取り返すことが出来ませんでしたが、乾燥した陶彫部品2個を仕上げて窯に入れたことが、今日の作業で特記出来ることです。通常のノルマとして陶彫部品の成形をいくつ作るかを考えています。週末2日間で最低2点出来れば可としていますが、今日は今日の分として1個出来ただけでした。タタラの具合が今ひとつだったので、もう1個作ることを躊躇してしまいました。そこで既に乾燥している陶彫部品2つを取上げて、仕上げを施しました。仕上げでは、陶彫部品の陶土表面についた指跡を消し去るためにヤスリをかけることをしています。これは作品が硬質な表層に覆われて情緒や味わいが除去される効果を狙っています。それから赤錆の化粧掛けをして窯に入れるのです。私は釉薬をかけないので素焼きはしません。いきなり本焼きをしていきますが、温度がゆっくり上昇するように窯の設定をしてあります。焼成が終わって窯から作品を取り出せるのは3日後になります。焼成が始まると、勤務前に工房に立ち寄って温度を確認し、帰りがけに再度温度を確認してきます。仕事の手間が増えますが、上手くいっているかどうかは神のみぞ知る世界なので、祈るような気持ちで工房に出かけて行きます。手間がかかっても面倒と思ったことは一度もありません。今回は新作の窯入れ第1号なのでドキドキ感があります。辛くて面白い窯入れ時期が今年もついにやってきました。

週末 美術館&ギャラリー&映画

このところ毎週土曜日になると美術鑑賞や映画観賞に出かけています。今日も例外ではなく、ほぼ一日をかけて神奈川県内を走り回りました。今朝工房に行けなかったのが残念でしたが、週末の疲労もあって仕方ないかなぁと思っています。今日は家内を同伴して自家用車で移動していました。自宅を8時半ごろ出て、東名高速を厚木インターまで飛ばし、そこから一般道で海の近くまで走りました。到着したのは平塚でした。平塚市美術館で開催中の「画家の詩、詩人の絵」展を見てきました。絵を描く、あるいは自分がやっている立体造形でも、創作の根底に詩魂が必要と感じているのは私だけではないはずで、まさに近代から現代に至る画家たちにもコトバを紡いでいる人が多く、有名な視覚作品に隠された詩情が垣間見れて面白い内容でした。逆に詩人の絵画も楽しく、創作行為の根は一緒なのだということを改めて認識しました。詳しい感想は後日に改めます。次に海沿いの道を鎌倉に向かって走りました。国道134号線はよく渋滞する道路ですが、昼ごろは比較的スムーズに流れていました。江の島を右に見て、江ノ電と並走していると鎌倉高校前の踏切に多くの外国人観光客の姿がありました。アニメの影響によるものだそうで、私たちからすれば何でもない所が観光スポットになっているようです。鎌倉では小町通りにあるギャラリーで、知り合いの女流陶芸家が個展を開催しているので見に行ってきました。彼女は茨城県笠間で知り合った新進気鋭の作家ですが、流麗でシャープな磁器を作り続けています。元々鎌倉生まれの人で自宅がすぐ近くにあるとのこと、笠間を引き上げてきて地元で初めての個展を開いたそうです。爽やかな感覚をもち、努力を怠らない彼女を今後も応援していきたいと思います。次に向かったのは横浜の中心で、私たちがよく行っているシネマジャック&ベティでした。今日から映画「顔のないヒトラーたち」が上映されているので初日に観に行ったのでした。これは戦後70年に相応しい重い内容がテーマになっている映画です。アウシュヴィッツでのユダヤ人大量虐殺が戦後暫くの間忘れられていた事実を、加害者側のドイツの若い検事たちが厳密な調査を行い、アウシュヴィッツ裁判に漕ぎ着けるまでの行程を描いたもので、ノンフィクションを基にした着眼点と説得力で、ぐいぐい惹きつけられました。ドイツに比べて日本の戦後処理はどうだったのか、現在も続く隣国との関係も頭の隅を過ぎりつつ、この映画については再度検証しなければならないと思っています。今日は内容の濃い一日でしたが、朝にも夕方にも工房に行けず、制作ノルマが達せられていないので、明日何とかしなければと思っています。

「夢解釈」上巻のまとめ

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)上巻を読み終えました。フロイトは生前から精神分析に対し多大な影響を持つ学者でしたが、そうした時代の精神分析運動の組織とは別に、本書はフロイト個人が一人の学者として粘り強く取り組んだ書籍です。第一章では夢の問題に関する科学的文献を扱い、他の学者の提唱した理論を基に、そもそも夢とは何かという分析を試みました。第二章ではフロイト自身の夢を考察し、第三章の夢は欲望充足であることへ繋げました。第四章での夢の歪曲を述べた後、第五章の夢の素材と源泉の中で、夢と幼児期体験の関連を論じていました。最後の類型夢分析の中で、人間の原初的な欲求に触れ、伝説の世界でそのことに対する教育的抑圧が述べられているところで上巻が終わりました。上巻の最終箇所を引用します。「オイディプス王はいわゆる運命悲劇である。その悲劇の効果は圧倒的な神々の意思と、災いに脅かされる人間の無益な抗いとの対立に基づくと言われる。深い衝撃を受けた観衆がこの悲劇から学ぶべきは、神の意志を甘受し、自らの無力を洞察することだけだという。」「最初の性的興奮を母親に、最初の憎悪と暴力的な欲望を父親に向けることが、もしかすると私たちすべての宿命であるのかもしれない。私たちは自分の見る夢からそのことを確信する。」「私は、夢理論に対してそうした類型夢がそもそもどういった意味をもつかについてさらに数語費やし、これを明らかにせねばならない。私たちがこれらの夢に見いだすのは、抑圧を被った欲望によって形成された夢の想念があらゆる検閲をすり抜け、無変化のまま夢に入り込むというそうとう異常なケースである。」続きは下巻によってさらに奥深い考察があるようで、さらなる深化を期待して「夢解釈」の後半に入っていきたいと思います。

「夢の素材と夢の源泉」(d)まとめ

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)の第五章「夢の素材と夢の源泉」の(d)「類型夢」のまとめをします。「(私たちが)類型夢に特別な関心を向けるのは、それらの夢がすべての人間において同じ源泉に由来すると推定しうるからでもある。」この類型夢分析で語られる私たちの幼児期の心的体験は、私にとって刺激的なものになりました。それは、私は男なので教育されていない幼児期には、父に敵意を持ち、母に性的関心を持ち、兄弟姉妹を押しのけ、利己的欲求を満たそうとした時期があったとする理論です。いずれ教育されて道徳観が身につき、家族に対し敬意が生まれるのですが、本能剥き出しの子どもには父や兄弟姉妹に対する除去(死)の欲求があると言うのです。さらに精神神経症者に見られるものが子どものものと一致することから、そんな分析が成されたことが論じられています。「数多くの私の経験からすると、のちの精神神経症者となるすべての人々の幼年期における心の生活において、両親が主要な役割を演じる。そして、のちの神経症の症候学にとってひじょうに重大な意味をもつ心的興奮の素材は幼年期に形づくられ、そのまま揺らぐことなく存続する。~略~私は精神神経症者と、正常であり続ける人々とが厳密に区別されるわけではないと思っている。精神神経症者がまったく新奇で彼らのみに固有なことを創造できるわけではない。精神神経症者が両親に対して抱く惚れ込みや敵意を含んだ欲望は、大多数の子どもの心の中でそれほどはっきりと強烈には起きていないことを、拡大して見せてくれるのであり、そしてそのことによって、子どもたちの心で起きていることを私たちに教えてくれる~こうした考えのほうがはるかに蓋然性が高く、また、ときどき正常な子どもを観察すると、それが裏づけられるのである。」

10月RECORDは「遮」

今月のRECORDのテーマを「遮」にしました。遮る(さえぎる)という行為は、人の言動や動きを邪魔して止める行為です。何かに否定されたように思えることもあるし、場合によっては遮った方がより良い効果を生む場面もあります。いろいろな展開が考えられるので、テーマとしては面白いかなぁと思います。RECORDには具象表現はあっても、具体的な物語性はなく、そこが挿絵とは根本的に異なるところです。解説や説明的要素を出来るだけ排除しているため、イメージが発生する背景を盛り込まないようにしています。勿論旅先の記録はありますが、断片的で場面的です。5日間を連作として展開していきますが、そこに物語性はなく視覚的な展開に限っています。一日1点制作というペースを守って今までやってきましたが、下書きだけ出来上がり、仕上げは後日という時もあります。逆に下書きだけ先行し、仕上げを当日やっている時もあります。融通をつけてやっていることが今まで継続出来た所以と言えます。今月もコツコツやっていきたいと思います。

13‘RECORD 7月・8月・9月分アップ

私のホームページに2013年のRECORD7月分~9月分をアップしました。この1年間は漢字一文字を毎月テーマに掲げて制作をしていました。7月は「流」、8月は「棲」、9月は「渦」でした。7月は夏を迎え、涼を呼ぶ水の流れを描きたいと思っていました。その中でとりわけ記憶にあったのは尾形光琳の「紅白梅図屏風」の中央に出てくる川の流れの象徴的な表現でした。模倣と言われても、これをRECORDにしてみたいと思い立ち、手漉き和紙を配置して描いてみました。カタチの分割に気持ちよさを感じながら、リズミカルに描きました。さらに日本画に見られる鯉を描きたくなり、鯉が滝登りをしているところを描いてみました。日本画の名作を見ると、鯉の表現に賭ける巨匠の凄さに改めて驚きました。8月は長崎の軍艦島に出かけた印象をまとめました。スケッチと写真を使って描きましたが、その場の雰囲気を伝えようとすれば時間が足りず、スケッチをRECORDに応用する難しさを感じました。9月は日本古来のカタチを研究し、その中に登場する直弧紋に注目しました。前衛絵画を思わせるカタチに魅力を感じながら、縄文時代の抽象化を辿りつつRECORDにまとめてみました。そんなことを考えながらやっていた3ヶ月だったと述懐しています。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした7月分~9月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

三連休 新作陶彫成形17点

三連休最終日です。今日も朝9時から夕方4時過ぎまで工房に篭って制作三昧でした。昨日より疲労が回復していましたが、すっかり良くなった訳ではなく、今日も休憩を適時入れながら作業を進めました。体育の日は晴天に恵まれ、清々しい陽気で、制作をするには最適な季節だと思います。もっと時間をかけたいところですが、自分の集中力が持つのは7時間程度しかありません。夕方4時を回ると気力が失せてきます。今日はこれで終了と決めて、成形した陶土に水を吹きかけてビニールで覆いました。新作は円形劇場のような造形で、大きな擂り鉢型をしています。その一番外側の上段部分を20個の陶彫部品に分けて制作をしていますが、先月は10点終わり、今月は今のところ7点が終わりました。合計17点ありますが、まだひとつも窯入れをしていないので、順調とは言えないのです。窯入れが成功して初めて陶彫部品の完成になるので、今の制作は微妙なところにあって、心配の種になっています。そろそろ心配を払拭するために窯に入れようかと思っています。この三連休は充実していましたが、疲れが出て集中力が今ひとつでした。自分を忘れるほどの精神集中のピークに達することがなかったのが少し残念ですが、夏から秋に気候が変わって、体調を崩す人もいることを考えれば、制作工程通りに進めたのは良かったと思っています。次の週末では頑張ろうと思います。

三連休 意欲と疲労が交互にきた日

三連休の中日になりました。今日は雨が降ったり止んだりしていましたが、気温は創作活動を行うには申し分なく、朝から工房に篭って制作三昧になりました。どうやら昨日の疲労があるらしく、制作は少しやったら休憩を取る繰り返しでした。椅子で休んでいると、また意欲が出て制作に立ち向かう按配で、今日は集中力が途切れずに制作に没頭することはなく、寧ろ身体に鞭を打ってやっている感じでした。ちょうどいい頃に、窯を扱っている業者がやってきて、お喋りに付き合ってくれたり、午後は職場の人が油絵を描きにきて雰囲気が和みました。意欲と疲労が交互にやってきた一日でも、朝9時から午後5時くらいまで工房にいて、成形を1点終わらせ、土錬機を回して土練りを行い、明日の作業のためにタタラを6枚準備しました。制作工程としては順調だったと言っていいと思います。創作活動が進んでいることに自分は満足していて、それだから疲労が蓄積していてもイライラすることはありません。創作活動が思う通り出来なかった若い頃は、仕事で疲れると家内や周囲に当たり散らしていましたが、現在はそうしたことはなく、これは人間が出来たというのではなく、創作活動に助けられていると言った方がいいでしょう。疲労がなかなか抜けないことに多少は加齢の影響もあるのかもしれないと思っていますが、曲がりなりにも制作を続けていきたいという意欲だけは萎えることはありません。明日も制作続行です。

三連休 制作&美術館&映画館

今日から三連休になります。このところ連休の初日は工房で制作をした後、美術館に出かけていくことが多いように思います。今日も例外ではありませんでした。ただし、活動した密度から言うと今日は今までより、さらに濃い一日を過ごしました。まず朝6時半に工房に出かけました。昨晩仕事帰りに工房に寄ってタタラを準備していたので、今朝は成形を1点終わらせました。明日のためにタタラを準備して午前10時半に自宅に戻りました。遅い朝食をとった後、東京神田のギャラリーで今日まで開催している「加藤正版画展」にお邪魔しました。大学の先輩にあたる加藤さんは銅版画家です。今回は様々な仏像をエッチングで表現していました。技巧的にも優れていて、旧作の干支を描いたエッチングと今回の仏像が相俟って、深みのある小宇宙を表していました。ご本人は思慮深い誠実な人で、創作に対する真摯な情熱が伝わる作品群でした。次に渋谷に移動し、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催している「風景画の誕生」展に行きました。所蔵がウィーン美術史美術館と謳ってあったので行ってみたのでした。自分は20代の頃、ウィーンで5年間暮らし、その間にウィーン美術史美術館には数知れず訪れましたが、今回の絵画はまるで覚えていないものばかりでした。当時はP・ブリューゲルばかり注目していたのが裏目に出たのかもしれません。きっと当美術館が所蔵する作品は膨大な数に上るので、かなり見飛ばしていたこともあり、これは寧ろ日本の方がじっくり味わえるのかもしれません。風景画に対する詳しい感想は後日に改めます。そこで東京から一旦自宅に戻って、夕方は家内と一緒に車で映画館に出かけました。いつも利用している横浜中区にあるシネマ・ジャック&ベティに行ったのですが、こうした夜の過ごし方はとても楽しいと感じます。そこで上映している「セッション」というジャズバンドを描いた映画は刺激的でした。学生ドラマーが名門校のスタジオバンドを指揮している伝説の教師に指導を受ける物語ですが、強烈な指導法と個性のぶつかり合いが畳み込むようにドラマを押し進め、瞬く間に時間が過ぎていきました。映画を観た後、喉が渇いたのは初めてと家内が言っていました。詳しい感想は別の機会にしたいと思います。今日という日は工房、ギャラリー、美術館、映画館と渡り歩いた一日でした。早朝から夜まで創作あり、鑑賞ありの充実した時間を過ごしました。明日は制作三昧の予定です。