文化の日 創作の日

NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、11月3日の文化の日は創作活動に勤しんでいることが書かれてあって、文化の日に相応しいことをやっているなぁと思っています。今日も例外ではありません。日頃から創作活動をしているので、新しいことをしている気になりませんでしたが、朝から夕方まで制作を頑張りました。工房によく出入りしている大学院生も来ていました。彼女も修了作品展に向けて具体的な表現方法を掴んだようです。「まずやる気を出してから制作するのではなく、とりあえず制作を始めるとやる気が出てくる」と彼女が言っていました。その通りです。制作を始めてしまうと、つい夢中になってあれこれ意欲的に考えるようになるものです。自宅でぐずぐずしているのなら、まず工房に来てしまえば、作品は自分の事情に関係なく完成に向かっていきます。自分を律するのなら、まず手を出してみることです。昼ごろ業者がやって来て、先日お願いしていた化粧土を届けてくれました。これで窯入れが出来ますが、焼成を始めると3日間は工房の電気が使えなくなるので、次の日曜日の夕方に窯入れを行おうと思います。先日テーブル彫刻の穴あけでドリルの歯が若干曲がってしまいましたが、新しく購入したドリルの歯で中断した作業を進め、背の低いテーブル彫刻の脚の部分の設置は無事終えることが出来ました。今日の作業は全て今までの修整や仕上げばかりでした。次の制作工程に進むために必要なことですが、今日は新しい一歩を踏み出したかったなぁと思いました。一日ここまでやろうと決めていたことが、なかなか思う通りにいかず、多少修整を残してしまいます。調子よく作り進めた分の尻拭いをいつかやらなければならず、まとめてやるとたっぷり一日かかるのです。焦っても仕方ないので、今日は次の工程への準備日と決めました。週末がすぐそこまで迫っているので、次は一歩制作を進めようと思います。

16‘RECORD7月・8月・9月分アップ

私のホームページにRECORDの7月分から9月分までアップしました。先日カメラマンに撮影していただいた1年間分のRECORDのこれが最後の3ヶ月で、この後のRECORDはまた来年の撮影になります。今回アップした3ヶ月分は、つい最近までやっていたRECORDで記憶に新しい作品です。7月は「はばたく」というテーマで飛翔するイメージで制作しました。天使の翼や鳥のカタチを借りて、内面に潜む現実からの逃避というニュアンスを表現したもので、プラス思考ではない羽ばたきもあることを伝えようとしたものです。8月は「みわたす」というテーマで心象風景や実際の遺跡のある風景を描きました。毎年この時期になると、私はアジアへ世界遺産を見に出かけます。今年もインドネシアの巨大な仏教遺跡を堪能してきました。その印象をRECORDに盛り込みました。9月は「とぎれる」というテーマで感情が途切れた状況を象徴的な表現にして制作しました。夏の終わりに気分が沈む状態を表そうと思ったのでした。どうも明るいイメージばかりではないRECORDですが、自分には内面化・深層化へ向かう傾向があることも確かです。ゆとりのない日常生活も関係しているのかもしれません。でも制作に取り組む姿勢は、可能な限りポジティヴに考えてやっています。そうしないと制作そのものが出来なくなってしまうからです。今回アップしたRECORDを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした7月分~9月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

秋の深まる11月に…

11月になりました。いよいよ秋から冬に向かう季節が到来し、私はスーツにネクタイを締めて出勤しています。先月は創作活動を頑張った感じがしていますが、今月は果たしてどうでしょうか。先月のモチベーションのまま今月も頑張りたいと思っています。制作目標としては、背の高いテーブル彫刻がまだ何も手をつけていないので、テーブルの下に吊り下げる陶彫部品を作っていきたいと思っています。背の低いテーブル彫刻はテーブル上に設置する陶彫部品の焼成と、柱陶の成形と加飾、もし可能なら柱陶の焼成もやっていきたいと思います。大雑把に言えば残す2ヶ月の今年中にどこまで作れるかが、来年の5月の撮影に間に合うかどうかの判断基準になります。ただし、作ることばかりに気を取られていると視界が狭くなるので、鑑賞もしっかりやっていきたいと思っています。この時期は大きな展覧会が企画されています。制作の合間に美術館に行きたいし、鑑賞によって造形思考を深めたいと考えています。RECORDは当然継続ですが、先月のような頑張りが出来るかどうか、こればかりは自分次第です。読書はシュルレアリストの精神分析に関する書籍を当分通勤の友にする予定です。暦の関係で今月は三連休がありません。そこが昨年と違うところですが、今のところ休日出勤が予定されていないので、週末は創作活動一辺倒に出来るのではないかと期待しています。

10月制作成果とハロウィーンについて

今月の最終日になりました。新作の制作目標に掲げたテーブル彫刻の脚の設置では、背の高い方は手が着かず、背の低い方をやりました。設置時に工具が壊れたため残り1点が出来ていない状態ですが、自分なりに頑張ったと思っています。背の低い新作は来月早々陶彫の窯入れを行います。順調と言えば順調かなぁと思っているところです。RECORDは結構頑張りました。昼間の仕事がキツくなっているにも関わらず、睡魔や猫のトラ吉と闘いながら毎晩食卓でRECORDをやっていました。鑑賞は「山本正道 シモン・パエシカ展」(カスヤの森現代美術館)、「ダリ展」「自由美術展」(国立新美術館)、「エッシャー展」(そごう美術館)に行ってきました。これは充実していたと振り返っています。職場の仕事としてプロジェクション・マッピングの導入を行い、市の幹部より評価を受けました。読書は漸くカフカを読み終えて、シュルリアリストの精神分析に関する書籍を読んでいるところです。今月の創作活動では、まずまず満足のいく結果だったと思っています。今日はハロウィーンです。職場では何の関心もありませんが、今朝職場に届いていた新聞の小欄にあった記事を引用します。「古代ケルト人の収穫祭と悪霊払いが起源のハロウィーンは、どんちゃん騒ぎや悪ふざけに彩られてきた。19世紀に伝わった米国では、若者の悪ふざけが破壊行為と化し、大恐慌と同時に最悪期を迎える。先の見えない状況のいら立ちか、乱暴者の気をそらし、封じる手段の一つとして、家々を回るパーティーが考案された。」(読売新聞)とありました。最近日本でも若者を中心に仮装で盛り上がっているハロウィーンですが、現象面だけで気軽に扱う傾向が日本人全体にあると私は考えています。楽しむことは良いことと思うと同時に、その由来や意図するところを知ることも大切かなぁと思っています。クリスマスもバレンタインも都合よく解釈して日本はビジネス化していますが、それが悪いと言っているのではなく、世界がグローバル化している昨今は、祝祭がどんな起源を持っているのかを正しく理解することも必要だろうと思います。

週末 テーブル彫刻の脚

今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。今月の目標にあった通り、今日は新作の背の低い方のテーブル彫刻に脚を設置する作業をしました。背の低いテーブル彫刻は4体でひとつの世界を構成するのです。だからテーブルの数は4体必要で、それぞれ木材による脚は各テーブルに4本ずつ、計16本の柱を設置することになります。まず一体ずつ、厚板を上に置いて、太目のドリルで一本の柱に深さ15cmほどの穴を3つ空けました。仮のボルトを差し込んで固定しましたが、4つ目のテーブルの柱の設置作業で上の厚板がひしゃげて倒れ、ドリルの芯が多少曲がってしまいました。ここで作業中断、万事休すとなりました。やれやれ。大学院生が手伝ってくれていましたが、これは仕方ないので近々道具の調達に行こうと思います。怪我がなかったのは幸いでした。午後は陶彫の乾燥した部品の仕上げをやっていました。これも化粧土がないので、窯入れは先延ばしになっています。彫刻の制作工程の中には単純作業がかなりあります。その一つひとつが大切な作業で、段階を追って進めていかないと完成できません。場合によっては自分でなくても出来る作業もあります。きっと自分より巧い人がいるんだろうなぁと思いつつ、自分一人で作業をやっています。因みに頻繁に来ている大学院生は、砂マチエール貼りが上手です。その工程になると俄然スタッフとして力を発揮してくれます。10月も終わりに近づき、工房ではストーブを入れようかどうしようかスタッフと相談しました。今日はスタッフの他に職場から職員が2人やってきて水彩画を描いていました。次の機会から湯茶を用意しようと思っています。

週末 新作の窯入れ準備

やっと週末になりました。来年度人事が始まっているせいか一週間が長く感じました。週末の仕事も厳しい制作工程を迎えていて、どっちの仕事もなかなかどうして痺れるような時間を今後過ごすことになります。毎年これからが本腰を入れる時なんだと改めて認識しました。今日は朝から工房に篭りました。相変わらず大学院生が工房に来ていて、彼女に背中を押されるように今日も頑張りました。新作のテーブル彫刻の背の低い作品は、そろそろ陶彫部品を次々窯に入れて完成させておかないと、次の工程に進めません。5点ほど仕上げを施し、化粧掛けをしようとしたら、化粧土がなくなっているのに気づきました。業者に電話したら、在庫はなく次週の入庫になると返事が返ってきました。今は焦る時期ではないので、仕方ないなぁと今週末の窯入れは断念しました。窯入れは準備だけしておいて来月早々から焼成を始めようと思います。午後は大学院生に手伝ってもらって、背の低いテーブルを作る用意をしました。明日ドリルで穴あけをしてテーブルにしていきます。毎週のことですが、土曜日はウィークディの疲労が残って身体が思うように動きません。時々脚が攣って困りました。家内もこの時期は商品としてのジュエリーを複数個作っていて、やはり疲労しています。表現活動に夫婦揃って翻弄されています。明日はもっと頑張ろうと心に誓って工房を後にしました。

イメージの言語化

一日1点のノルマで、小さな平面作品を作っているRECORDでは月毎にテーマを決めています。今月は「さからう」というテーマで、今日の分までの28点が終わりました。まずテーマがあった方が制作動機を導きやすいし、カタチがまとまりやすいので、1ヶ月の最初にテーマを設定しています。それと同時に私はホームページにアップする際に、テーマを言語化する試みをやっています。これは詩と呼べるようなシロモノではないと自分では思っています。ただ、テーマの造形化に比べて言語化はコトバに対するニュアンスが異なり、「さからう」から発するコトバとしてのイメージを膨らませます。人の場合、大抵逆らうのは自分の思いが通じない場合です。思春期の反抗期にも見られます。私自身が何かに逆らった記憶が最近ではめっきり無くなっています。職場では職員の総意に従って、職員が働きやすい環境を作ることに苦慮していて、今まで私が体制に逆らうことはありませんでした。もしも、体制に逆らうことがあるとすれば、私はどんな行動をとるのでしょうか。管理職の意向に沿わないとして、たった一人で体制をひっくり返すことが出来るでしょうか。将来を見据えて、今この方向に行かなければと主張し続けることが出来るでしょうか。リーダーに求められる資質のひとつですが、職員が私と同じような未来を描けなければ、本流に逆らうことは大変困難です。来年度人事では先行きを見通して、職員との間に多少の波風が立ちますが、お互い逆らうところまでいかず、納得と了承で決着していきます。「さからう」というイメージの言語化にあたり、自分の中で究極に逆らっている状況をシュミレーションしてみて、現実と妄想の間を行き来しているのです。

「パラノイアック・クリティック」について

「パラノイアック・クリティック」とは何か、昨日から読み始めた「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)の最初に出てくるコトバです。精神医学の専門用語というのですが、全く聞き慣れないコトバです。本書からその部分を拾ってみると「パラノイアックは気難しい性格、妄想的、横暴」という意味だそうで、画家ダリは「パラノイアック・クリティック的活動を、妄想的現象の解釈的・批判的連合に基づいて非理性的な知識の自然発生的な方法」という意味で使っていたようです。随分長々とした定義です。本書第一部の「パラノイアック・クリティック」の章を捲っていくと、ブルトンが提唱したシュルレアリスムとパラノイアック・クリティックの相違が書かれていました。「ブルトンは『無意識が意識に先行する』というフロイトの無意識理論の忠実な信奉者である。したがって、超現実は現実そのものの中に含まれており、現実を超えるものでもなく、現実の外にあるものでもない。一方、ダリのパラノイアック・クリティックは、逆に『意識が無意識に先行する』という概念に基づいている。」ブルトンのシュルレアリスムは、無意識のオートマティスムに基づくものであり、ダリのパラノイアック・クリティックは、それにとって代わるものという意味で、やがてブルトンと袂を別つダリの主張が、本書の導入になっているのです。パラノイアック・クリティックをキーワードに本書は幻想画家の世界を紐解こうとするもので、私がずっと拘ってきたフロイトの精神分析学やそれを礎にしたブルトンのシュルレアリスムと視点も観点も異なる理論に注目したいと思っているところです。

「シュルレアリスト精神分析」を読み始める

「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)を今日から読み始めました。著者は精神医でSF評論の視点からシュルレアリストを捉えています。扱っている画家はボッシュ、ダリ、マグリット、エッシャーで、偶然にも私は最近「ダリ展」(国立新美術館)や「エッシャー展」(そごう美術館)を見たばかりでした。本書はこの二つの展覧会を見るずっと前に購入して自宅の書棚に仕舞い込んでいたので、奇遇としか言いようがありません。ダリやエッシャーの他にボッシュやマグリットも私の興味関心を引いていて、まさに自分にとってはツボに嵌まる書籍と言えそうです。今までの読書歴を鑑みても、私の趣向する分野の範疇は決して広いモノではないなぁと思っていて、NOTE(ブログ)にアップする話題も限定的になっていると自覚しています。若い頃は、柔軟にあれもこれも吸収しようと思っていたのですが、知識欲の嗜好が徐々に狭まってきている今は、加齢による好奇心の衰えかと自分自身のことが心配になっています。読書もRECORDも継続は出来ても、幅が広がっていないジレンマがあるのです。ともあれカフカの小説に続いて、今回はシュルレアリズム関連の評論を読むことにしました。旧知の作品であっても視点が新しければ、そこに新たな発見があるだろうと期待しています。評論は多少難解さがあって通勤の友として相応しくないと思うのですが、自分が好きな画家の作品を扱っているので、充分楽しめるのではないかと思っているところです。

カフカ「城」読後感

「城」(カフカ著 前田敬作訳 新潮社)をやっと読み終えました。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、7月15日から読み始めているのですが、8月と9月の2ヶ月間読書をしなかったので、中断したまま鞄に携帯していました。今になって漸く読み終えた感じです。カフカ文学の特異性や全編に漂う不安定な雰囲気は、どうやら次から次へと読み進めたい気分を剥ぎ取っていくように思えます。これは古城のある小さな村に到着した測量士が、その村の人々の感覚に馴染めず、仕事を依頼された城に近づくこともできず、心理的に疎外されていく物語ですが、自分と多少重なる箇所があるとすれば、20代の頃暮らしたヨーロッパで私は似たような体験をしたことです。ただし、私は留学先の美術アカデミーに帰属意識がありましたが、単に異国と言うだけではすまない根源的な自己疎外感が、この物語の根底にあるようです。というのもカフカ自身の生い立ちに関係していることを「あとがき」で知ったからで、そのうちいくつかの文章を引用したいと思います。「『ぼくは、ぼくの家庭のなかで、他人よりもなおいっそう他人のように暮らしている』のだった。さまざまな世界にすこしずつ属しながら、どの世界にも完全には所属しない、生まれながらの『異邦人』ないし賤民、これが、彼の生誕の宿命的星座であった。」「いかなる世界にも所属できない異邦人であるということは、存在を喪失しているということ、存在の零地点に『流刑』されているということにほかならない。彼は、存在喪失という原罪を負うて生れたのである。彼の生涯の苦悩と努力は、いかにして世界に入場と所属をゆるされ、どうして存在の数値を獲得するか、という一点にかかっている。」これがユダヤ人カフカの生育歴であり、そこから導かれる主張には危険な部分も露見されるのです。「城」に登場する人々から感じられること、それは「理解せずして服従するという不可知論は、政治的にはファシズムへの服従を意味する」ということで、カフカ自身が作品の焼却を遺言したのは、こうした危険性をカフカ自身がよくわかっていたのかもしれません。

16‘RECORD4月・5月・6月分アップ

RECORDとは和訳すれば記録です。日々思いつくイメージをその日のうちに記録する意図で始めたRECORDでしたが、昼間は公務員をやっていて、夜に制作をするサイクルが、私には精神的に厳しい時があって、開始して2年目より5日間で同一イメージを展開する方法に切り替えました。テーマも月毎に決める方が負担が軽くなるので、現在の方法に落ち着いているのです。5日間の初日はイメージを捻り出すのに苦心してきました。そのため日頃から頭に浮かんだイメージを覚えておいて、具現化出来そうな絵柄を選んできたため、何とか今まで継続できているわけです。彩色は5日分をまとめて行います。当初、毎日1点完成させるのをノルマとしていましたが、最近は融通をつけて多少完成が前後しても可としていて、最後に辻褄を合わせることにしています。今年の4月は「うごめく」というテーマで制作してきました。象徴化や抽象化を図って蠢いている状況を作りました。5月は「まじわる」で、5日間の展開を活用し、何かが段階的に交わっていく状況を作りました。6月は「ながれる」で、水の流れや溢れた液体が零れ出す状況を作りました。イメージとしてはもっと他にもあったのですが、時間内で描ききるにはイメージも制約を受け、何とかカタチにしてきました。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした4月分~6月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

週末 陶彫制作に明け暮れる

昨日、疲労で制作が捗らなかった分、今日は頑張ろうと決めていました。朝から工房に篭りました。今日は大学院生もいて、それぞれの課題に向かって真摯に努力を続けました。陶土を叩いてタタラにしながら、6個の陶彫部品を何とか完成に近づけました。6個のうち柱陶が5個あります。朝9時から夕方4時まで精一杯の作業でしたが、気候がいいので気持ちよく取り組めました。背の低いテーブル彫刻の上面に展開する世界は、主だった部分は既に作り上げていて、そろそろ調整に入ろうと思います。同時に成形と彫り込み加飾を終えた陶彫部品を窯に入れていこうと考えていて、それぞれの陶彫部品の仕上げと化粧掛けをいつやろうか、可能ならウィークディの夜に出来ないか思案中です。新作は造形が例年になく細かいため、仕上げに神経を使いそうで、昼間に仕事で精神疲労をしているウィークディで、細密な作業が上手く出来るかどうか心配です。ともかく毎週末は今日のようなモチベーションで作業をやれれば、多少の余裕が生まれるかもしれません。そこに賭けていきたいと思っています。一日でも作業が上手くいくと欲張りになりますが、ウィークディの夜はあまり期待しないようにしようとも思います。職場では来年度人事を見据えた動きが出てくる上に、私自身のことも考えなければならず、そうしたことに心身を費やすことが多くなっていきます。気分的に夜の工房に来られるかどうかわからないのです。工房を後にして自宅に帰ってからソファに倒れるのは昨日も今日も一緒です。加齢という耐え難いものに勝てなくなるのはいつの事か、それでもまだ彫刻の素材と取っ組み合う意志は変わらず持ち続けています。また次の週末頑張りたいと思っています。

週末 職員親睦の機会

職場では大きなイベントが終わって、職員全員を労いあい、また親睦を深めるため宿泊研修会を企画しました。それぞれが専門職で別々に活動しているからこそ、私たちは組織的な対応が大切で、イベントを通じて連携を図るのは、職員全員の心をひとつにさせる重要な手段なのです。お互いの健闘を讃え、足りなかった部分を反省材料にすることで、私たちは先に進めることができるのです。コミニュケーションあってこその職場の運営なので、職員一人ひとりが気楽に管理職に、もの申す機会を私は逃しません。夜も更けて日付が変わっても熱心に話し合う場に、必ず私もいて、私に出来ることは何かを考えます。その中には無理難題もありますが、隠し事がないことが私の職場の自慢です。職場にはリーダーもいれば、経験の浅い職員もいますが、生の発言にコントロールを加えることなく、自由に意見を述べられる職場環境を私は目指しています。初任者を一人にしない、手厚く支援すると言ったリーダー格の職員に、私は心の中で頭を下げました。組織は形ではなく、こうした周囲の気配りや自分の仕事ではないけれど+αをやってくれることで成り立っていると私は思っています。お節介かもしれないけれど、私がやってやるわよと言った女性職員にも、心の中で頭を下げました。これが私の元気の源なんだと思います。今日の午前中に旅館から自宅に戻ってきました。疲れたけれど、大変良い機会だったと思っています。家の用事を済ませて、夕方工房に行きました。たいしたことは出来ず、陶彫部品の細かな仕上げをしました。明日は制作を頑張りたいと思います。

プロジェクション・マッピング

私の職場では年間2回祝祭的なイベントが行われます。前回は体育的なイベントで、昨日と今日行われたのは文化的イベントになります。察しがつく方や同業者には私たちの職業は明白ですが、ホームページのNOTE(ブログ)では拡散を怖れて敢えて職業は伏せておきます。私たちが働いている施設は横浜に百十数箇所あって、私の職場は小規模の範疇に入ります。通常は専門職として職員がそれぞれの活動をしていますが、イベントの時だけは職員同士が連携を図って、ひとつの目的に向かって突き進んでいきます。今回の私たちのイベントで大きな目玉になったのはプロジェクション・マッピングでした。私たちの業種では初めての試みだそうで、横浜市のある部署を司るトップが視察にきました。私はトップの人たちをお迎えし、プロジェクション・マッピングを制作するに至った動機や、制作者の紹介をさせていただきました。職場のモチベーションを上げるために打った手段でしたが、反響の大きさに職員も驚いていました。プロジェクション・マッピングをやってみようと起案した人に感謝です。制作工程は紆余曲折がありましたが、完成した作品に私は満足しました。プロジェクション・マッピングは何かと言うと、プロジェクションは投影という意味です。マッピングは投影する対象に映像をはり合わせる技法で、総合すると、これは単純な投影ではなく、立体物に映像を映し出し、3Dとしての効果を狙う表現手段なのです。私の職場では広い空間を持つ室内でプロジェクション・マッピングを行いました。音響に合わせて天井から星が降ってきたり、天井のブロックひとつひとつに異なった映像を、次から次へ出現させたりして、鑑賞者は目まぐるしい展開に拍手喝采でした。今後も継続・継承し、さらなる映像文化を築いていきたいと思っています。因みに私の職場ではプロジェクション・マッピング専用のソフトを購入し、プロジェクターを現場に持っていって壁や天井に合わせ、実際に投影しながら、撮影した映像の切り取りや部分的な位置合わせを行いました。地道な制作の中で、近隣にある大学の映像メディア研究室の協力も得ました。大学生のサポートがなければ完成しませんでした。職場の情報専門の職員に加えて、大学の知的財産を活用させてもらった成果は充分あったと自負しています。

「ポルト・リガトの聖母」雑感

先日訪れた国立新美術館で開催中の「ダリ展」において、ダリの宗教画とも言える巨大な「ポルト・リガトの聖母」の前で、私は暫し足を止めて見入ってしまいました。イタリア・ルネサンスの祭壇画を彷彿とさせる古典的手法で描かれた、現代のテーマを扱った絵画と言うべきでしょうか。聖母のモデルは、ダリの愛妻ガラだそうで、ガラはダリにとって聖母マリアそのものだったのかもしれません。核を用いた戦争によってダリは原子物理学を自作に取り入れ、さらに宗教画題や神秘主義に発展させていきました。科学と宗教の融合はルネサンス期にもありましたが、ダリが成し遂げようとした世界は、芸術史のスパイラルの中で、さらに深淵に臨むが如く危うく不穏な未来が予見されているように思えます。図録によれば「核実験、原子爆弾、広島と長崎の市街の原爆による壊滅的な被害は画家の創造に影響を与え、核爆発について知って以降、原子は彼の『好んでふける省察の主題』になったことを言明した。ダリは、この時期に描いた風景の多くが『爆発が発表されたときにわたしが経験した未曽有の恐怖』を表現していると語る。これらの作品の中では、当時ははるか遠くに暮らしていたにもかかわらず、故郷のカダケスやクレウス岬の硬くて鉱物的な風景に忠実であり続けた。~略~彼は1950年代に、原子核神秘主義を具体化した粒子の絵画を発展させた。彼はアメリカ滞在中にこの粒子の絵画について、新しい科学の発展という視野から宗教のテーマに取り組む試みであったと説明している。」とありました。制作場所が変われど、故郷スペインの荒涼たる風景を描きながら、来たる世界を予言するダリ・ワールド。情報が錯綜する現代の状況を鑑みて、ダリの主張した世界観をもう一度検証することも必要かなぁと思いました。

東京の「ダリ展」

20世紀を代表する巨匠サルバドール・ダリの絵画を初めて知ったのは、私が中学生の頃だったように思います。溶けた時計盤やら砂丘のような風景に不思議な人体が配置されている絵画は、私の時代には既に革新ではなくなっていましたが、感覚の不思議さは印象に残りました。高校時代にシュルレアリスムが美術史に位置づけられていることを知り、その旗手だったダリはシュルレアリスムの代名詞として印象に刻まれました。ダリの創造世界の変遷を知ったのは、もっと後になってからで、A・ブルトンによるシュルレアリスム運動の何たるかを、評論家瀧口修造の翻訳によって学び、その中でダリが果たした役割や影響を改めて知って、自らの記憶を更新したのでした。ダリは好きか嫌いか、私の中でその価値観はコロコロ変わりました。先日見に行った国立新美術館の「ダリ展」で、私のそうした趣向は極めて表層的であることに気づきました。ダリの創造世界は私の価値観を超えて、はるかに深く大きいものでした。ダリが生涯求めた創造への献身の前に、私は跪くような思いにさせられました。図録に「ダリの視覚的効果に対する情熱は、特にダブル・イメージや見えないイメージに対する関心に変わっていく。ダリは頑固なまでにダブル・イメージを具体的に再現しようとする。つまり、いずれの構成要素を変えることなく、ただ意図するだけで、全く異なったものに変形するイメージを獲得しようとする。」とあります。ダリ自身の言葉も添えられていました。「『見えないイメージ』の発見は、確かにわたしの宿命の一部に組み込まれていた。わたしが6歳のとき、『物事を違ったふうに見る』というわたしのほとんど霊媒的ともいえる力は両親や両親の友人を驚かせた。」超現実主義といわれる絵画は、ダリの資質の中から生まれたものであることが分かります。戦争が始まり、原爆が日本に投下された状況をダリが見て、ダリの世界観が変化していきます。ダリの言葉を引用します。「わたしは原子物理学のとてつもない進歩によってすでに予告されていた物質主義の終焉を確信しています。原子物理学の進歩は、新しい世代を宗教や神秘主義に向かわせることになるでしょう。」本展で印象的だった個々の絵画については別の稿を起こしたいと思います。

追悼 アンジェイ・ワイダ監督

ポーランドを代表する映画を数多く世に送り出したアンジェイ・ワイダ監督が90歳で他界したニュースが先日流れました。ワイダ監督の映画は私がかつて暮らしていたオーストリアのウィーンでよく観ました。私が20代の頃なので、もう30年以上も前になります。その頃のポーランドはソビエト連邦を中心とする東欧圏に属し、西側諸国から入国するにも厳しい審査がありました。「連帯」のワレサ議長(後の同国大統領)が台頭してきた時期で、そうした政治運動を覗いてみたいと思いましたが、旧チェコスロバキアやハンガリー、ルーマニアに行く機会があったにも関わらず、ついにポーランドには足を踏み入れずに帰国してしまいました。古都クラコウには行って見たいと思っていたのに返す返すも残念です。でもポーランドの美術や映画には大変関心があって、それがワイダ監督の映画をよく観た契機になっていました。政治色の強い内容でも、自由を謳い、自由のための闘いを追求していくワイダ監督の姿勢には、若かった自分の心にも響くものがありました。「地下水道」や「灰とダイヤモンド」は重い社会状況の中で右往左往しながら、自由への突破口を開こうとする人たちの生き様に心を打たれました。同時に反政府運動の空虚さが伝わってきて、何ともやるせない気持にもなりました。映画には検閲があって、ワイダ監督の作品はこの検閲に悩まされただろうことは想像に難くありません。「問題は検閲を容認するかどうかではなく、『検閲そのものを無効にしてしまうような映画を作ることなのだ!』とワイダ氏は著作で述べた。検閲は担当官が理解でき想像できる範囲にとどまり、本当の独創には及ばないと。抵抗の芸術家としての重い言葉だ。制約や緊張が芸術を鍛えた例の一つであろう。」(朝日新聞「天声人語」より抜粋)今後日本の映画館でワイダ監督の特集があるのでしょうか。もう一度ワイダ・ワールドに触れたいと思っているのは私だけではないと思います。

16‘RECORD1月・2月・3月分アップ

今日の話題は、先日に続いてホームページにRECORDをアップしたことです。先日撮影が終わった9月分までのRECORDですが、今回は今年の1月から3月までの3か月分のRECORDをアップしました。2016年の年間テーマはひらがな4文字によるものです。ひらがなは私の大好きな表示で、シンプルな軽妙さを感じるのです。アップする時に添えるコトバもひらがなのみの表記にしました。1月は「うまれる」、2月は「めばえる」、3月は「わかれる」で、それぞれ年間行事の中での季節感を盛り込んだテーマにしましたが、RECORDもコトバも制作過程でまるで季節感のないものになってしまいました。それでも1月は卵を意識したイメージで制作しました。2月は蕾が開くイメージでしたが、卓上で作っている作品を見て、よくわからないと家内に評されてしまいました。3月は職場の人事異動がある時期なので、人間関係が途切れて別れ別れになっても、それは新しく始める準備として蘇生していくことをイメージしたつもりが、やはりよく伝わらない造形になってしまいました。コトバに至っては、さらに個人的な吐露ばかりになっています。いずれにせよテーマは造形やコトバの契機を作るだけで、イメージを膨らませる手段に過ぎないと考えるようにしました。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした1月分~3月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

週末 グローバルな会話

昨日に続き、朝から工房で陶彫の制作をしていました。今日も気持ちのいい秋晴れでした。今日は工房によく出入りしている若いスタッフが2人来ました。一人は東京芸大の大学院生で、工房で修了制作をやっています。もう一人は中国籍の子で、多摩美大で助手をやっています。近々栃木県足利市でグループ展があって、そこに出品する作品を工房で作っているのです。以前は頻繁に工房に来ていた2人でしたが、久々に顔を合わせました。昼食時間に弁当を食べながら、私は彼女たちと会話と交わすうちに、話題はグローバルな視点をもつようになりました。大学院生の子はインドネシアに留学しています。中国籍の子は日本で働いていますが、母国である中国を背負っています。私は20代の頃に5年間オーストリアに暮らしています。今まで私と関わりのあった若い子たちは、全員日本人で将来に不安を抱えながら創作活動をやっていた子たちだったので、会話の質が違っていてグローバルな話題はありませんでした。現在の工房に出入りしている子たちは国際派です。勢い私も昔の苦い留学体験を思い出さざるを得ない状況になりました。会話の口火は中国籍の子が切り出しました。中国人のコピー文化を仕事中に咎められ、彼女は傷ついたけれど、周囲の人たちは助けてくれようともしなかったと言うのです。日本人の中で、唯一中国人として働く者の感情の機微が、周囲の人たちに理解されず、そこがつらいと言っていました。私もウィーンでそんな思いをしたこともありました。西洋起源の彫刻を学びに来ている者のつらさは、時代が変わっても依然としてありました。外国に客人として受け入れられているうちならまだしも、馴染んでいけばいくほど益々自分が背負ってきた文化や国を巡る課題が浮き彫りになってくるのです。グローバルな教育を目指すと各大学は謳っているけれど、本当のところはどうなのでしょうか。草の根的にそれは浸透しているのでしょうか。私は少なからずその時に、自分のアイディンティティを築かなくてはならないと自覚しました。定番の日本伝統文化や風俗を売り物にすれば、外国人はすぐ受け入れてくれます。そうではなく生誕地で培ったアイディンティティで、国を超えて説得できるほどになりたいと思っているのです。そんな大きな視点が会話の中で出てくるのが現在の工房の状況なんだと思いつつ、これは格別に楽しいと感じたひと時でした。

週末 秋晴れの工房

今日は秋晴れになり、気持ちのいい一日でした。どこかへ行楽に行きたい気分を押さえ、朝から制作三昧で相変わらずの一日を過ごしました。大学院在学中の若いスタッフが朝から来て、修了制作に励んでいました。私の職場から散歩がてらに来た職員も、水彩画を描いて楽しんでいました。工房内には適度に緊張した空気が流れて、今日は陶彫成形が進みました。季節としては今が一番制作ができる時期だと思います。週末だけではなくウィークディの夜も作業に勤しんでいる所以です。ウィークディは仕事から帰ってから工房に出かけ、また工房から戻るとRECORDの制作やNOTE(ブログ)が待っています。これはなかなか厳しいスケジュールですが、今が絶好の機会と捉えて頑張っているのです。それでも制作工程通りにはやり切れず、週末はその穴埋めをやっているのが現状です。そろそろ背の高いテーブル彫刻に挑まなくてはならないと思いつつ、ついウィークディの穴埋めに時間を費やしてしまいます。今日も制作は進みましたが、新作の困難なところは手が出せずにいました。明日の制作予定でも背の高いテーブル彫刻は後回しにしています。背の高いテーブル彫刻の陶彫部品は今月中に始めていかないと間に合わなくなります。来週末か再来週末か、まず第一歩を踏み出そうと思います。とは言え、いくら勇ましいことを考えていても今日は身体がつらい状況もありました。土曜日はウィークディの疲れが残っているのか、身体が思うように動かないのです。毎回のことなので気にしていませんが、夕方にはヘトヘトになっています。秋晴れの好天に気分が上がって今日は頑張れましたが、夜はグッタリしています。明日は回復するでしょう。明日も制作続行です。

ノーベル文学賞雑感

今年のノーベル文学賞に米歌手のボブ・ディランが受賞したと聞いて驚きました。職場にある新聞がどれも一面を割いて、このニュースを伝えていました。ボブ・ディランはシンガソングライターで、とくに自ら作詞したものに文学性が認められたわけですが、本流を歩む文学者にはやはり反発があったようです。ボブ・ディランには時代の寵児として反戦などの社会風刺を詞にしたり、また内面性を掘り下げた難解な詞を連ねた歌もあります。私は高校生の頃に、本家だったボブ・ディランの前に分家の日本人フォークシンガーによりボブ・ディランを知りました。現代詩に曲をつけた小室等や社会派フォークの旗手だった岡林信康を筆頭に、その後に続く吉田拓郎や井上陽水を当時頻繁に聴いていて、詞はメロディーを飾るモノくらいにしか考えていなかったあの頃の歌謡曲とは違う表現に痺れていました。やっと社会に目を向けた高校生の耳に畳みかけるように訴えかけてくるコトバに戦慄さえ覚えました。その本家本元にはすぐに馴染むことができました。まず聴衆に訴えたいことや考えて欲しいこと、行動して欲しいことがあって、それを叫んでいるうちメロディーに乗せるようになった、そんな歌作りがボブ・ディランから見えてきます。「歌詞には象徴的表現が多く、多様に解釈できる。本人は『言葉は違う意味を持ち、また意味を変える。10年後には別の意味になる』と明かしている。」「♪何回弾丸の雨がふったなら武器は永遠に禁止されるのか?~略~こたえは風に舞っている♪」(読売新聞より抜粋)現在も中東では空爆があり、日本の近隣では核開発や海での挑発行動が絶えません。50年前に作られた詞に今も共感を覚えるのは、世界が少しも変わっていない証拠かもしれません。

橫浜の「エッシャー展」

既に終わってしまった展覧会の感想を述べるのは恐縮ですが、旧知の作品が多い有名な版画家の印象を改めて書きたいと思いました。オランダ人版画家M・C・エッシャーの作品を、私がいつ頃知ったか今も鮮烈に覚えています。私は高校3年生になってから工業デザイナーを目指して東京の予備校に通い出しました。ちょうどその頃、予備校でデッサンや色彩構成を教えていた講師の方々に、エッシャーのトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画を見せられて、その巧みな構成に衝撃を受け、暫し画面から目が離せなくなりました。鳥から魚に変容する画面、蜥蜴の嵌め込まれた絵から立体的な蜥蜴が現れる画面、黒い人物と白い人物が嵌め込まれた絵から浮き出して反対方向に歩き始め、円形の池を回ったところでお互いが出会って握手する画面、登っても登りきれない階段、永遠に流れ続ける滝、その作品ひとつひとつが10代の自分には信じ難い画面構成を印象づけました。自宅の書棚にはエッシャーの画集が何冊かあります。展覧会の度にエッシャーの画集を買ってしまうのが私の癖になってしまいました。そんな経験があったので、横浜そごう美術館で開催されていた「エッシャー展」に行こうかどうか迷っていましたが、結局行くことに決めました。ここで注目したのは初期のイタリアの風景を描いた作品でした。初めて見る作品もあって、丘に建物が並ぶ風景は私を虜にしました。トロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に辿り着くまでに、独特な遠近法で風景を捉えたエッシャーは、木版技法にも独特な線描をもち込んでいます。最終的にはトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に全て生かされるこれらの方法の芽生えに、私の興味は尽きません。架空都市を彫刻で作っている私は、現実の都市を架空化してしまうエッシャーに憧れを抱いています。大学に入って初めて行ったエッシャーの展覧会で、書籍の他に購入したものに大きなポスターがありました。「四面体の小惑星」という木版画のポスターでした。それを自分の部屋にしばらく飾っていて、形態の不思議さを朝夕眺めていました。模倣を可能にする能力を持ち合わせていない自分は、彫刻が抽象化に進む際に、そのポスターが頭を過ぎり、自分なりの抽象へ向かったように記憶しています。抽象化は日本の自宅から遠く離れた海外で行いましたが、日本での記憶の糸が繋がっていたのかもしれません。

「旅の修道士は見た」雑感

師匠である彫刻家池田宗弘先生は、真鍮直付けという手法で作品を作っています。人体はジャコメッティのように細長く引き延ばされて、そのシルエットがとても美しいと私には感じられます。これは量感を見るのではなく、人体や樹木等に切り取られた空間を見るものではないかと思います。そのため作られた樹木は枯れ木の場合が多く、枝が交差する雰囲気がとても良いのです。池田先生は風景描写のような一場面をよく作品化しています。軽妙洒脱なスケッチを見るようです。山本正道氏とは違う意味で、池田先生は風景彫刻を作られていると私は認識しています。今回、自由美術展に出品された「旅の修道士は見た」ではマントを羽織った修道士と対峙して、背に翼を持った悪魔が登場しました。最近、池田先生がキリスト教会にモニュメントを依頼された時に、制作費用を巡って神父とトラブルになりました。作品は完成に近づいていたため先生は大変困ったようです。契約書を取り交わしたにも関わらず、教会内部の勢力争いに先生が巻き込まれたように私は理解しました。最終的に決着はしたようですが、今も先生は納得していません。その頃、神父に悪魔が取り憑いたのではないかと先生は私に話していました。その神父がその後、病床に伏したこともあって、何か因果のようなことを感じずにはいられません。そこで新作の彫刻に二枚舌の悪魔が登場したのでした。悪魔も先生独特な細長い姿態をしていますが、どこか無骨です。先生が遭遇した人間の悲しい性、それを表現せずにはいられなかった彫刻家、新作「旅の修道士は見た」にはそんな制作動機があります。弟子が余計なことを書いてしまったかもしれません。それ以上書くと先生の逆鱗に触れるので、ここで止めておきます。

15‘RECORD10月・11月・12月分アップ

ホームページに2015年RECORD10月分~12月分をアップしました。先日、2015年10月から2016年の9月までの1年間分のRECORDの撮影をしたので、今後は次々にアップをしていきます。昨年の月々のテーマは漢字一文字で表していました。10月は「遮」、11月は「獣」、12月は「剥」でした。10月のテーマでは、なかなか思うように直進できない自分の心情を表現していて、壁に押しつける手や格子に遮られた自画像を描いていました。11月のテーマは今年の干支である猿や飼い猫のトラ吉を描きました。猿は年賀状に使用しようと思って作りました。11月のコトバでは、鬱蒼とした密林の芳醇な酸素を吸い込んでいる獣をイメージしました。12月のテーマは剥がれるイメージで制作しましたが、完成作品を見返してみるとモノが剥がれているようには見えず、画面を構成的に作り上げることに専念してしまった嫌いがあります。12月のコトバでは、身包み剥がされて粉骨してしまう自分を描いていて、新年度の人事面で切ない気分に浸っていた昨年末を思い出しました。たいした原因はなくても気分の反映がRECORDやコトバに表されていることがよくあります。日々坦々と作っているRECORDなのに、あの時はこうだった、この時はあんなことを思っていたと記憶を辿ることが出来るからです。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした10月分~12月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

三連休③ 美術館巡り&ビール祭り

三連休の最終日になりました。今日は工房へは行かず、家内と東京と横浜の美術館を巡ることにしました。師匠の池田宗弘先生は自由美術協会の会員で、例年この時期に先生から招待状が届きます。そこで今日が自由美術展の最終日であるため、会場である東京六本木の国立新美術館に行くことにしたのでした。ちょうど同美術館で大きな企画展である「ダリ展」が始まっています。これも併せて見て来ようと思いました。朝10時過ぎに「ダリ展」会場に到着しましたが、待ち時間が10分と言われました。国立新美術館で待ち時間があったのは初めてではないかと思いました。会場内も混雑していましたが、作品はしっかり鑑賞することが出来ました。サルバドール・ダリはスペインが生んだ20世紀を代表する巨匠です。ダリ、ピカソ、ミロ、それに建築のガウディを加えるとスペイン人が現代美術に残した痕跡は大変なものがあります。その中でもダリは超現実主義の芸術家として独特な存在を示しています。ダリの世界観は鑑賞する側の好き嫌いが激しいのではないかと想像していましたが、来日している作品の数々を見ていると、好き嫌いを超えた圧倒的な表現力があって、改めて感動を覚えました。詳しい感想は後日にします。次に自由美術展に入りました。池田先生の真鍮直付けの彫刻作品はすぐ見つけることが出来ました。「今回は悪魔を作っている。」と先生が話していた通り、修道士と悪魔が対峙している場面を作っていました。この作品の感想も後日にしたいと思います。次に向かったのは横浜のそごう美術館でした。今日まで開催していた「エッシャー展」を見たかったので、東京から横浜に戻ってきたのでした。オランダ人版画家M・Cエッシャーは、旧知の作品が多いため、展覧会に行くべきかどうか迷っていたのですが、有名な騙し絵的な作品の他にもさまざまなデッサンや版画がある中で、エッシャーの人柄がわかる初期の作品等があって、見て良かったと思いました。これも感想は改めたいと思います。最後に赤レンガ倉庫で開催しているオクトーバーフェストに行きました。20代の頃、私はドイツ語圏の国にいたので、当時を懐かしんでオクトーバーフェスト(ビール祭り)に行ったのでした。屋根のある大広間ではビールを片手に歌い踊る人たちがいて、本国に近い状況を目の当たりにしました。家内はビールが美味しいと何度も言っていました。ソーセージや酢漬けのキャベツを食べると、昔のことが甦りました。当時はドイツ(西独)のミュンヘンで、将来への不安と海外の居心地悪さに対抗すべくビールを呷っていました。若気の至りもあったなぁと思い返していました。

三連休② 制作&風景彫刻鑑賞

三連休の2日目です。朝から工房で制作三昧でした。今日は久しぶりに中国籍の若いスタッフが来ていました。彼女は栃木県のグループ展に参加するというので、新作を作っていました。私は相変わらず陶彫制作に勤しんでいました。テーブルの上に展開する風景彫刻の一部になる陶彫部品2点と柱陶4点を作っていました。彫り込み加飾や仕上げは、来週のウィークディの夜の時間帯になりそうで、またまた厳しい制作日程が待ち受けています。今日の午後2時過ぎに中国籍のスタッフと美術館に行くことにしました。工房から自家用車で向かった先は、横須賀にあるカスヤの森現代美術館でした。横浜横須賀道路を使ったので40分ほどで到着しました。同美術館の企画「山本正道 シモン・パシエカ~寓話との出会い~」展を、どうしても見たくて出かけたのでした。彫刻家山本正道氏は日本を代表する彫刻家の一人で、風景彫刻という独自の分野を確立した人です。私は山本氏が発表する機会があれば必ず見にいっています。イタリアの牧歌的な風景を、ブロンズや石を素材にして表現した世界は、極度に象徴化されていて、具象のもつ説明的要素を排除しているように思えます。静かに時間が流れる広漠たる風景、自分もこの山本ワールドに魅了され続けている一人です。画家パシエカ氏の世界は、どこかで見たような具象的風景の中に、時間が止まっている錯覚を齎せます。これは山本氏と同じ過去から現在に続く歴史の封じ込めが、作品世界に漂っていると私には感じられました。昨日このNOTE(ブログ)に記した風景彫刻についての解釈が、今日見た展覧会にあるのではないかと思ったのでした。山本ワールドは私が現在制作しているテーブル彫刻に良い刺激を与えてくれました。私は現行の作品に意欲的になれました。カスヤの森現代美術館を後にして、若いスタッフを送りながら自宅に帰ってきました。いつもなら疲労でソファに倒れてしまうのに、究極の風景彫刻に触れて気分が良くなりました。これからも頑張ろうと思います。

三連休① 風景彫刻について

三連休の初日です。今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。私の職場から2人の職員がデッサンをやりに工房に来ていました。いつも来ている大学院生もいて、今日の工房は賑やかでした。私はテーブル彫刻の上面に展開する陶彫部品を作っていました。これは風景を雛型化・造形化するもので、大きな括りで言えば、真鍮直付けで聖人や猫を作っている池田宗弘先生も同じ風景彫刻をやっていると考えられます。風景彫刻にはカタチの象徴化もあります。遠近法は無視される場合が多く、作り手の心象がサイズを左右します。私の場合は陶彫の個体を点在させますが、個体は抽象形態のため、表現された個々のモノに説明はありません。鑑賞者の想像に任せているのです。陶彫に刻んだ文様が古代の出土品をイメージさせると批評をいただくこともあります。これは彫り込み加飾を施して痕跡を作っているのです。最小の個体で最大の空間を手に入れるために風景彫刻という表現を利用しているわけです。ジオラマを作っているような感覚もあって、全体を俯瞰できる作品は、作っている時が楽しくて仕方ありません。時間があっという間に過ぎていきます。ただし、これが彫刻であることを忘れてはいけないと自分を戒めています。あくまでも形態以外のところに遊び要素を盛り込んでは駄目だと思っています。今日は雨が降ったり止んだりする不安定な天候でしたが、暫し作業に夢中になる瞬間があり、外の状況が眼に入らなくなりました。明日も続行です。

年度の折り返し地点

職場は4月初めから翌年の3月末までのサイクルで動いています。つまり年度で仕事の切り替えを行います。今日は年度のちょうど折り返し地点になり、上半期が終了したことになります。職場では特別に何か儀式があるわけではなく、簡単な上半期の振り返りを行う程度です。会計も一度上半期で締めて鑑査を行いました。私は仕事としてケジメがあった方が良いと思っていて、管理職として職場全員に一言ケジメの挨拶を申し上げることにしました。そんなこともあって今日はネクタイをしてスーツで出勤しました。時期的にはまだクールビズですが、TPOに応じて襟を正すことを若い職員に教えようと思った次第です。一方創作活動はそんなケジメとは関係なく、毎晩工房に通って制作をしています。人に自分がどう見られているかは昼間の仕事では結構重要ですが、個人的な作業はそんなことに関係ありません。創作は内容での勝負しかありません。外見も仕事のひとつと考える職場と、中身しか問題にしない工房での仕事、その2つの仕事を行ったり来たりしながら、自分はバランスを取っているのではないかとと思うときがあります。年度の折り返し地点で、改めて自分の二面性のある仕事について考えを巡らせました。どちらが本当の自分なのか、ではなくどちらも本当の自分なのです。

文系人間の居場所

今朝、職場にあった日本経済新聞の小さな記事に目が留まりました。「国立大に文系は要らないー。文部科学省が昨年、こう読み取れる通知を出したときに怒ったのは文系の先生たちばかりではなかった。日本学術会議のメンバーをはじめ、むしろ理系の学者、研究者のなかから不用意な通知への異論反論がたくさん上がったものである。『すぐに役立つ学問』を重視する傾向に、理系の人々も疑念を抱いているからこその反応だったろう。とりわけ、地道な基礎研究にたずさわる研究者は『文系つぶし』を他人ごとではないと身構えたという。今年のノーベル生理学・医学賞が贈られることになった大隈良典さんの言葉にも、そうした危機感は色濃くにじむ。~略~なにも賞だけの話ではない。幅広い教養を軽んじ、すぐに目に見える成果のみを求める社会はどうしたって薄っぺらだ。おもしろいヤツの、居場所がない。」この蓮っ葉な言い回しの記事に私も共感を覚えます。成果主義は分かり易い反面、馴染まない分野も理系・文系双方にあります。毎年ノーベル賞を取得している日本人研究者は、すぐに結果のでない地道な研究を重ねている方が多くいられるように思えます。文系の学問をやっていられる方々、芸術分野も同様ですが、文化の振り幅が大きいほど豊かな実りがあるのではないかと私は思うのです。ノーベル賞の時期になると隣国の焦りがネットに掲載されますが、今回特化したものは理系でも、そこには文系やら芸術系やらの厚みのある文化が形成されていて、その中であちらこちらを向いて面白みを感じる人が大勢いるのが文化国家であろうと私は思います。「あの人、何しているの?でもその世界では凄い人みたい。」と囁かれる重層文化社会、そこにノーベル賞が降ってくる、そんなものかなぁと文系人間の居場所を探っている自分は考えました。おもしろいヤツになりたがっているのは決して自分だけではないでしょう。

「柱陶」夜の制作開始

テーブル彫刻の木材の柱を覆う陶彫を「柱陶」と名づけました。柱陶は主にウィークディの夜に工房に出かけて制作をしようと思っています。昼間は仕事があるため、夜の制作は1時間から2時間くらいと決めていて、秋や春のような比較的気候のいい時期を選んでいます。2年前は真冬に「発掘~丘陵~」を制作していて、寒さで凍えそうでした。この時の経験から、夜の制作は季節を選ぼうと思ったのでした。10月になり朝晩涼しくなってきたので、予定していた通り仕事から帰って工房に出かけました。今まで何度も夜の制作をしてきて夜の雰囲気には慣れていたはずが、やはり蛍光灯に照らされた工房の空間は独特なものがあって、魔物が棲んでいるように思えてなりません。陶土に触れてしまうと、あっという間に創作の世界に引き込まれて、周囲の状況は見えなくなります。創作活動は不思議なパワーを秘めているなぁとつくづく感じます。夜の照明のほうが落ち着く作家もいるでしょう。作品に集中できる環境があるため、緻密な作業は進むのです。ただし、私の場合は長く集中力が保てないのです。昼間の仕事の神経疲れがあるのかもしれません。今晩は1時間程度で切り上げることにしました。公務員管理職と彫刻家、この2重の生活がバランスよくまわれば、たとえ1時間の制作時間であろうとも一日の充実感は味わえます。彫刻の制作工程を考えていると胸中穏やかではなくなるので、とりあえず足元を見るだけにして一日の心の充足を得ています。今はそれで充分と考えるようにしました。また明日も充実感を味わおうと思っています。制作のツケは週末に何とか解消できればと思います。

10月RECORDは「さからう」

今月のRECORDのテーマを「さからう」に決めました。今年はひらがな4文字による年間テーマを設定して、日々RECORDを作っています。1ヶ月のテーマを決める際は、その時の心情もありますが、視覚表現がやりやすいテーマを選びます。下書きを突き詰めていくとテーマから離れてしまうこともあります。テーマによって表現の抑制がなされると退屈な作品になる可能性があるので、テーマから外れても可としています。逆に予めテーマがあった方がイメージしやすい場合もあります。今月のテーマである「さからう」は比較的やりやすいのではないかと判断しました。思春期で何事にも逆らいたい反抗期真っ直中の若者や、旧態依然とした集団の体質にメスを入れた某知事が、課題の解明に乗り出したことが、結果的に決定された既成内容に反旗を翻すことになったりして、世間では是正や改革に痛みを伴う「さからう」ことが見受けられます。そういう意味でも「さからう」は狭義・広義ともに面白いテーマではないかと自負しています。RECORDは厳しい日常の条件の中で制作をしていますが、今月も頑張りたいと思います。