7月 個展開催に向けて

7月になりました。今月の海の日(18日)から11回目の個展を、ギャラリーせいほうで開催させていただきます。そろそろ案内状を送付しなければならず、準備を進めようと思いますが、如何せん今回は作品がまだ完成していないことが胸に引っかかっています。陶彫成形は終わっていますが、陶彫には焼成という最後の工程があって、その窯入れが個展搬入日までかかりそうなのです。これは由々しき事態です。そもそも焼成は人の手が及ぶものではなく、窯内の炎神に任せているので、天命を待つに等しい工程です。そこが陶彫の醍醐味であるわけですが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではありません。炎神よ、頼む!とばかりに神仏に縋りたい気分です。何はさておき足元を見据えて2週間後に始まる個展に向けて精一杯力を尽くすのが最善と考えています。追い打ちをかけるように今月は出張や夜の懇親会が多く、昼間の仕事もなかなか思うようになりません。今月は個展が始まる18日になったら一気に疲れが出てくるような気がしてなりません。今月の鑑賞は個展が終わってから考えようと思います。RECORDは当然継続です。気持ちが仕事や個展準備から解放されたいと思っているので、RECORDはそんなテーマになるでしょう。まだ梅雨は明けませんが、夏が到来したら心が弾けたいと願うのは私だけではないでしょう。読書はフロイトの宗教論にまだ関わり続けます。こんなに面白い学識爺さんを知ったことは幸いでした。私もフロイトの如く生涯現役でいたいと思うところです。今月も頑張っていきます。

6月を振り返って…

今日で6月が終わります。来月はいよいよ11回目の個展があります。そのため今月の制作工程は厳しさを増しました。ウィークディの夜にも工房に通ったので、工房稼働時間は今までにない最多時間だったのではないかと思います。ウィークディの夜に工房に行って作業するのが習慣化してしまいました。来月も搬入日までは工房に通います。「発掘~環景~」は、制作の仕事量の多さで現在でも大変な思いをしています。今月の11日(土)には、その「発掘~環景~」の図録用の写真撮影もしました。関西出張で3日間工房に行けませんでしたが、それを補うため多少の無理をしました。絵画コンクールの審査員の仕事がイレギュラーで入ってきたこともありました。「発掘~環景~」の綱渡り状態が今も続いていますが、楽天的に考えるようにしています。日々1点ずつ制作しているRECORDは、陶彫制作が苦しい中で、曲がりなりにも何とか追いついてやっていました。ただし、先月のような調子の良さはありませんでした。鑑賞は京都で見た「ポール・スミス展」(京都国立近代美術館)と「杉本博司展」(細見美術館)、地元の橫浜で見た「国吉康雄展」(そごう美術館)がありました。関西での寺院鑑賞を含めると充実していたように思えます。読書は相変わらずフロイトに関わっていますが、宗教論が刺激的で面白くて仕方ありません。知的財産における人類史の中で不動の地位にある精神分析学者フロイト。この巨匠にして真意を問いかけたくなる謎めいた生涯最後の論文。う~ん、世の中は面白いことで溢れているなぁと熟々思います。もうひとつあるとすれば、工房に通ってくる可憐で逞しいスタッフたちに背中を押されて頑張れた1ヶ月だったことを付け加えておきます。

「今日はマスクをつけよう」

表題は国吉康雄の絵画につけられた題名です。マスク(仮面)の魅力は、私も昔から憑かれていて、マスクが画題になる画家には一目置いているのです。たとえばベルギーの画家ジェームス・アンソール。アンソールは両親が観光客用土産店を営んでいて、そこで仮面を売っていたため身近にモチーフがあったようです。仮面や骸骨を描いた個性的な絵画は、20世紀当初の表現主義やシュルレアリスムに影響を与えました。国吉康雄も仮面を描いていますが、仮面をつけた人物はサーカスの道化師で、曖昧な表情を醸し出しています。これらを見て私は決して己を晒すことのない心理状態を感じます。仮面そのものも人の表情とは別モノで、何かを語っているように思えます。もともと魂がないところに魂を与える演出が人に摩訶不思議な雰囲気を与えるのかもしれません。橫浜のそごう美術館で開催されている「国吉康雄展」には表題の作品の他に「逆さのテーブルとマスク」「クラウン」「舞踏会へ」「ミスター・エース」(模写)がありました。大きな「クラウン」の修復作業の写真も展示されていましたが、私は小さめの「今日はマスクをつけよう」が気に入りました。「ミスター・エース」は仮面を外しかけた男の肖像ですが、「今日はマスクをつけよう」ではこれから仮面をつけていこうとする肖像です。仮面人生の導入とも言えます。社会的立場があって素顔を出せない自分をそこに投影するのは、些か短絡的かも知れませんが、私にとって妙に印象に残る作品であることに違いありません。

橫浜の「国吉康雄展」

橫浜のそごう美術館で「国吉康雄展」を開催しています。国吉康雄は戦中戦後を通してアメリカで活躍した日本人画家で、独特な作風で知られています。私は高校時代に国吉康雄のリトグラフと出会いました。描かれていたのは哀愁を帯びた女性像で、その原因が陰影にあると知って、当初はその陰鬱とも思える暗い画面に反発を覚えました。あまり好きではないと思っていたのが、大学時代に一転し、「クニヨシズム」と言われた作風が好きになっていました。初めはモノクロで接した国吉ワールドでしたが、そのうち油彩やグワッシュの色彩画を見て、独特な色彩の組み合わせが印象に残るようになりました。今回、そごう美術館で開催されている「国吉康雄展」の作風変遷を通した時代背景を探っていくと、アメリカ社会が直面している問題や、日系移民として国吉がアメリカ政府の反発を受け、アジア人種の脅威が席巻する中で、労働移民としてではなく、曲がりなりにも留学生としてアメリカに滞在しようとした意図も見え隠れしています。それでも奮闘の末、国吉はアメリカ美術界で地位を獲得しました。アメリカ人女性と結婚し、同地に骨を埋め、異文化の中で存在を示した画家は、今後日本ではどう扱われていくのか、私には興味の尽きぬところです。国際派の画家と言えば藤田嗣治がいますが、藤田が第二次大戦時に軍部と協力し、戦意高揚を図った戦争画を描いたことは、国吉には否認すべき出来事だったらしく、それを巡って二人が揉めたことがあったようです。「国吉は器が小さい」と藤田が自著に書いたようですが、国吉からすれば妻の国籍剥奪やら自身の個展におけるアメリカ人画商の国籍を超えた援助を考えれば、大きな問題だったと考えざるを得ません。ともあれ時代に翻弄され、異国の軋轢の中で辛酸を嘗めた画家は、今橫浜に舞い降りて、画風を余すところなく披露しています。

「人間モーセと一神教」終結部Cまとめ

「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)終結部の「C類似」のまとめを行います。ここから宗教におけるフロイトたる独自論法が展開し、私はさらに興味関心を深めていくことになりました。最初の文を引用すると「われわれがユダヤ宗教史のなかに認めた奇妙な出来事に対する、ただ一つの満足すべき類似は、見たところはるか遠くにある領域において見出される。」とあって、具体的には潜伏という現象、説明を要する不可解な徵候の出現、かつての経験の条件、論理的思考を克服して精神にのしかかる強迫の性格が、ユダヤ宗教史に見られると結んでいます。これはまさに精神病理学をもって解明できるのではないかとフロイトは考えたようです。「この類似は、精神病理学において人間の神経症の発生を問題とするときにあてはまるもので、もちろん個人心理学に属する領域においてであるが、一方宗教的現象はいうまでもなく集団心理学に数えられなければならない。」これは宗教学から見れば、はるか遠くにある精神分析学を利用して民族が歩んだ精神史を解き明かそうと試みた論考というわけです。論文後半には追録が2つあって、フロイト特有の心理学説が述べられています。ここでひとつずつ取り上げることは出来ませんが、局所的ではあるけれども説得力のある論考だと感じました。ただ、読み進んでいくうちに発掘や発見が考古学や歴史学を左右するのであれば、フロイトの理論はあくまでも仮説の域を出ないのであって、神経症を民族全体が経験したならば、きっとこんなふうに精神史が築かれたのであろうと推論するものであり、事実とは異なった見解になっているのかもしれません。私たちが面白いと感じるのは、歴史的な実証ではなく、フロイト流の精神分析を歴史にあてはめた発想だろうと思うところです。

週末 梱包用木箱作り開始

昨日、板材を購入してきて、今日から梱包用の木箱作りを始めました。陶彫部品をそれぞれエアキャップで包んで木箱に入れるのです。ひとつの箱に大きな部品はひとつだけ、小さな部品は複数個を一緒に入れるようにしています。以前はダンボールで梱包していましたが、展示が終わって搬出されてきたダンボールは、長い保存に耐えられずに箱が潰れてしまい、それを全て木箱に替えた思い出があります。旧作の木箱は工房の倉庫部分の1階に置いてあります。ロフトに上げるのは重量があってつらいのです。今回も30箱くらいが必要ですが、搬出後は全て1階に置きます。今日の午前中は、陶彫成形し乾燥した作品に、サンドペーパーで仕上げをして化粧掛けを施しました。これは窯入れをするための準備で、今日の作業が終了した時点で窯のスイッチを入れるのです。午後は木箱を4つ作りました。ひとつ作り上げるのに30分くらいかかるなぁと思いました。今日の工房は蒸し暑く作業していても汗が滴りました。工房には3人の若手スタッフが来ていて、それぞれの課題に向き合っていましたが、あまりの暑さに作業を中断し、早めに切り上げることにしました。自分も熱中症を心配してしまいました。明日は窯の関係で電気が使えないので、明後日から夜の時間帯をつかって木箱作りをしようかなぁと思っています。今日は、というより今日も疲れました。週末の終わる夜はいつもヘトヘトになっていて、明日からの公務に影響するのではないかと思うほどです。個展前の緊張状態が続いています。

週末 制作&コンクール審査会

先週末は関西出張があったため、制作ができる週末がやっとやってきたという感じです。でも今日は午後から絵画コンクールの審査員を頼まれていて、丸一日制作に邁進することはありませんでした。朝は工房に出かけ、「発掘~環景~」の補充部品の化粧掛けと仕上げをやっていました。陶彫成形は既に全部終わっていて、乾燥を待って仕上げをし、窯入れをするだけになっています。個展搬入日から計算していくと、ギリギリで間に合いますが、陶彫は最後に窯に入れて焼成するため不測の事態も考えられるので、本来なら余裕を見て終わるのが良いと思っています。今回はそう意味でも厳しいとしか言いようがありません。加えて搬入搬出や作品保存のために陶彫部品ひとつひとつを木箱に入れるため、木箱を大量に作らねばならず、手間はまだまだかかります。私の制作に対する姿勢が若いスタッフに刺激を与えているのも確かで、毎回週末になるとやってくる大学院生は、自らの課題に真摯に向き合っているようです。午後になって工房に大学院生を残し、私は公益社団法人関東海事広報協会が主催する「海の絵画コンクール」の審査に、みなとみらい地区にある万国橋会議センターに向かいました。審査は2時間程度で順調に終わりました。港の風景を描いた絵画を見ていると、自分の制作で疲れた心が和みました。夕方は工房に戻り、大学院生を連れて、木箱用の板材を買いに出かけました。今日は多忙な一日を過ごしました。明日から制作と併行して梱包を始めます。とりあえず木箱を30個作ろうと思っています。

「人間モーセと一神教」終結部Bまとめ

「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)終結部の「B潜伏期間と伝説」のまとめを行います。ここでは、一神教を提唱したモーセの役割と、その一神教が民族に定着するまでの長い潜伏期間についての考察が述べられています。精神分析学で言うところの外傷的神経症と同じような傾向が、宗教を受け入れる民族に見られると推論したフロイトですが、個人症状を拠とし、集団心理の状況にまで至る論理の展開をしつつ、資料が調わない古い時代に心理学的な仮説を立てて考察を進める方法をとっています。この発想に当時は馴染めなかった人も多かったろうと思っています。「ここでわれわれは、つぎの信念を抱いていることを告白する。すなわち、唯一の神という理念ならびに魔術的作用をもつ儀式の廃止、および神の名における倫理的要求の強調、これらが実際にモーセの教義だったのであり、この教義は、はじめは耳をかす人もなかったけれども、長い年月を経たのちに影響をおよぼすようになり、ついに長期にわたって、確固不動の地歩をきずきあげるにいたったものである、と。その影響がそんなにおくれたのは、どう説明したらよいのであろうか。」それに対する一つ目の回答として「言論のたたかいはある時間を必要とするのであって、はじめから支持者と反対者とがあるが、やがてその支持者の数と重みが次第に増していって、ついには最期に優勢を占めてしまう。」というのがあります。さらにフロイト特有の理論が二つ目の回答に表されています。「外傷的神経症の問題とユダヤ一神教のそれとの二つのばあいのあいだには、根本的な相違があるにもかかわらず、ある点において一致が見られることに、われわれはあとから気づかざるをえないであろう。それはつまり、『潜伏』と名づけてよいような性格においての話である。」

「人間モーセと一神教」終結部Aまとめ

「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)はひとつの論文ではなく、最初「イマーゴー」誌に発表され、その後になって終結部がつけられています。論文の主旨は一貫していますが、フロイトの専門分野である精神分析学によって歴史的事実を掘り起こすことが、終結部ではさらに先鋭化しているようにも思えます。2つのまえがきに続く「A歴史的前提」では一神教の成立に関する考察が述べられています。引用すると「若いアメンホーテプ四世の登場によって、この神の理念の発展以外に興味をもたないファラオが支配の座につくことになる。彼は『アートン信仰』を国家宗教にまで高め、彼によって宇宙神が唯一の神となった。ほかの神々について語られていることは、すべてうそいつわりだとされた。彼は魔術的思考のあらゆる誘惑に断固として仮借なく抵抗し、死後の生命という、とくにエジプト人にとって貴重な幻想をしりぞける。」とあります。その後に「アートン信仰」は崩壊の一途を辿ります。「彼におさえつけられた神官階級の復讐は、いまや彼への思い出に対して暴威をふるい、『アートン信仰』はしめだされて、罪人の烙印をおされたファラオの宮殿は破壊と掠奪にゆだねられた。」一旦壊滅的だった一神教が再びモーセによって興され、エジプトからの脱出劇があることをフロイトは仮説で述べています。「この異民族を自分の民に選び、自分の理想を彼らによって実現しようと試みた。彼は随伴者に伴われてともにエジプトを去ったあとで、割礼のしるしを授けて彼らを神聖なものにし、彼らに立法を与え、ちょうどエジプト人が廃止したばかりの『アートン信仰』の教義のなかに彼らをひき入れた。このモーセという人物が、ユダヤ人たちに授けた掟は、彼の王にして教師だったイクナートンのそれよりもおそらくもっと峻厳だったであろう。」

京都の「ポール・スミス展」

先日の関西出張の折、京都国立近代美術館で開催中の「ポール・スミス展 HELLO、MYNAME IS PAUL SMITH」を見てきました。世界的なファッションデザイナーであるポール・スミスは、イギリスのノッティンガムに生まれ、少年時代は自転車競技の選手を夢見ていたようですが、事故で夢を断念し、その後アートに興味を持ち、さまざまな出会いを通してファッションの世界に身を置くことになったようです。図録には「ポールは現在も、ブランドの経営に全面的に関わり、成長を続けるチームを率い、服をデザインし、生地を選び、出店する場所を決め、仕事のあらゆる進捗を見渡していますが、そのやり方はすべてが温かく、ユーモアとウィットにあふれています。」と書かれていました。クラシカルな要素とモダンな要素を融合させたデザインは、イギリス調でありながら革新を求める意欲に溢れていて、展示物は楽しさ満載でした。私が「ポール・スミス展」を見ようと思った要因は、古典的な佇まいを取り入れたポール・スミスの現代感覚にあります。たとえば店舗の設計やインテリアに和みの雰囲気が漂っているのです。「希少価値のものと粗野なものを混在させるやり方は、家具の選び方にも見られる。」と図録にある通り、汚れて放置されていた作業台に、洗練されたファッションを合わせ、そのコラボレーションを楽しむ方法に自分は興味津々でした。また日本や他の国で収集したグッズにも独特な拘りがありました。私はファッションデザイナーの展覧会にはあまり足を運ばないのですが、これは見て良かったと思いました。

出張に携帯する文庫本

日頃読んでいる書籍は重いので、私は宿泊を伴う出張には文庫本を持っていくことにしています。昨年もこの時期の関西出張には、カフカ著による「変身」を携帯していきました。今年もカフカにしようと決めていました。新橫浜と京都間の往復4時間の新幹線の中で読むには、日常とは異なる世界に遊べるのが良いと考えているので、絶望の生涯を送ったカフカの創作が最適と思っていました。「城」(カフカ著 前田敬作訳 新潮社)は、カフカの著作の中でも大作で、いかなる世界にも所属できない異邦人を扱った物語であることは以前から知っていました。きちんと読んだことがなかったので、現在読書中の書籍を中断して読もうと決めましたが、如何せん新幹線の中だけで読み終えるはずはなく、結局これも中断を余儀なくされてしまいました。こうして私の読書癖は、中途半端な書籍ばかりになってしまう傾向があるのです。読み散らかした書籍ばかりが山積みされている状態を何とかしたいと思っているうちに歳月が流れてしまうのです。だから出張に携帯する文庫本は選び放題でいっぱいあります。私にはあれもこれも読みたい移り気があって、そのうち何冊かは気持が離れてしまい、書棚にそのままの状態で放置する羽目になってしまいます。どこまで読んだか忘れている書籍もいっぱいあります。創作活動は完成を待たずに、新作をスタートさせることが意図して私が行っている常套手段ですが、読書に関しては意図せずに行っているだらしない面かなぁと思っているところです。

関西出張③ 久しぶりに比叡山へ

職場の年間プログラム上、毎年この時期に関西に主張していますが、滋賀と京都を跨ぐ比叡山に来たのは本当に久しぶりでした。大雨が九州から関西に迫っていましたが、今日は晴れました。それでも朝は霧がかかり、比叡山は神秘的な雰囲気を漂わせていました。私たちは比叡山延暦寺で坐禅修行をすることになっていて、股関節が加齢とともに硬くなっている自分は内心憂鬱でした。実際に途中から組んでいる脚が痛くなって、精神集中とは程遠い状況になってしまいました。テレビでやっていたキラーストレスの解消に坐禅はちょうどよいと思っていたのですが、結果は気も漫ろで坐禅どころではなくなっていました。キラーストレスはどうやら私にはないのかもしれません。二束の草鞋である創作活動は、肉体的には厳しいものの、常に心が解放されています。嘗て修験道を極めようとした者たちは、この比叡山で心身を清める修行を積んだことは広く知られています。こんな山奥でどんな時間を過ごしたのか思いを馳せると、今も語られている修行の厳しさに想像が及びません。やがて行者は生身の不動明王ともいわれる阿闍梨となり、修行が終わった頃に信者達の合掌で迎えられるそうですが、短時間の坐禅に音を上げてしまう自分には到底考えられるものではありません。ただ、坐禅中に木々から聞こえてくる野鳥のさえずりに心が洗われました。野鳥の鳴き声が遠く、また近くなって心に映す情景の中に豊かな空間を感じさせてくれました。普段は雑音に囲まれている自分にとって、暫し自然の響きに身を任せられたのは収穫かもしれません。夕方になって横浜に戻ってきました。これで2泊3日の関西出張が終わりました。

関西出張② 独自な美術館へ

京都に来る前、庭園を見たいという願望を持っていましたが、今回は庭園を見ることが出来ませんでした。計画では作庭家重森三玲による本坊庭園を見に東福寺に行こうと思っていました。仕事で京都に来ているので、やはり仕事の合間しか自由に動けず、なかなか思うようになりませんでした。その代わり、京都国立近代美術館で開催していた「ポール・スミス展 HELLO、MYNAME IS PAUL SMITH」と、細見美術館で開催していた「杉本博司 趣味と芸術ー味占郷」展を見てきました。「ポール・スミス展」はイギリスのデザイナーによる斬新な展覧会でしたが、感想は後日改めます。今日のNOTE(ブログ)で取り上げるのは細見美術館です。公益財団法人細見美術館は、実業家細見古香庵に始まる細見家の蒐集品を展示するため1998年に開館した美術館で、日本の伝統文化を網羅する美術品の数々が収納されているようです。今回は、古美術商をやっていたアーティスト杉本博司氏が所蔵する平安時代から江戸時代に至る名品・珍品を床飾りとして展示したユニークな企画展でした。西欧から渡来した小品が和の掛軸とともに展示されているのを見て、不思議な感覚を持ちました。各界の著名人をもてなすために床の間に飾る一品を考えるのは、古来からの茶の湯にも通じる遊びのセンスで、これは現代アートだろうと思いました。宗教や風習を超えたコラボレーションが、生き生きとした空気を生みだしているのが印象的でした。自分もつい仮面やら民族性の強いグッズを集めたがる性格なので、こんな表現もあったのかと改めて感じた企画展でした。

関西出張① 木造建築雑感

関西出張の第一日目は奈良県でした。久しぶりに法隆寺に行きました。飛鳥時代の仏像や世界最古の木造建築で知られる法隆寺。「釈迦三尊像」や「百済観音像」にも無沙汰を詫び、嘗て何度か拝観したきりりと引き締まった御姿を改めて鑑賞しました。今日は梅雨の中休みで晴天になり、気温34度という茹だるような暑さになりましたが、仏像の周囲は緊張感が漂い、静謐な魂が宿っているように感じました。法隆寺の見所は木造建築で、木材を知り尽くした巧たちによって幾星霜も存在を保たれている素晴らしさに目を見張りました。現代の鉄筋コンクリートはこれに敵いません。今回も久しぶりに木組みをしっかりと見てきました。法隆寺伽藍の建築は百済から伝来した形式であることは知られていますが、百済の仏教建築は大陸(中国)から来たものであるなら、法隆寺伽藍建築のルーツを探るべく、それを中国やインドに求めることであり、また円柱が真ん中に膨らみを持つエンタシスは、遠くギリシャのパルテノン神殿にも見られる特徴であることから、シルクロードを経由した可能性も否定できません。ただし、西欧から渡来した形式ならば、途中経由した国々にも同じような痕跡があっても不思議ではありません。法隆寺だけに見られる特徴として捉えれば、日本独自に考えられたものではないかとする説もあります。ルーツはどうあれ現存する世界最古の木造建築は、何という美しさを私たちに見せてくれているのか筆舌に尽くせません。昼食に柿の葉寿司を頬張ってから法隆寺を後にしました。この日は奈良公園にも立ち寄りました。私は奈良国立博物館で開催されている「和紙展」を見ましたが、古い時代からの技法や道具の展示が多く美術的にはあまり興味が湧きませんでした。ただし、炎天下を歩いた後だったので空調の効いた展示室で息を吹き返すことができました。地下にあるギャラリーショップで「アジア都市建築史」を買い求め、法隆寺で頭を過ぎった建築的疑問を解明しようと思っています。明日は京都を見て歩きます。

庭園空間を学ぶ機会

週末は関西方面に宿泊を伴う出張があります。京都に滞在するので、仕事の合間に寺社仏閣の庭園を味わってこようと思っています。造園業を営んでいた亡父は、多くの庭園を造成していました。父は庭園に対し何か特別な理念や主張を持っていたわけではなく、依頼された小空間に石や植木を配置して、それを生業にしていたのでした。学生だった自分は父の仕事を手伝っていた時期があって、石の配置に特別な思いを感じてはいましたが、自分が大学で出会った彫刻表現とは、かけ離れた仕事として捉えていて、庭園と彫刻が結びつくまでには時間が必要でした。父はあまりにも職人気質で、庭園に思索を持ち込むことはなく、庭園は空間で成り立つという概念や理論はそこに存在しませんでした。ただし、感覚として石や植木の配置を考えながら全体構成していた事実はあって、自分は父に言われるまま石や植木を少しずつ動かして、父の言う「据わりの良い場所に石や植木を落ち着かせること」に従事していました。自分は言うなれば、父のおかげで感覚として空間解釈を身につけたと言っても過言ではありません。庭園が空間を扱った芸術表現だと自分で認識したのは、作庭家重森三玲や彫刻家イサム・ノグチの作品に出会ったのが契機になっています。彼らの著作を読み耽っていた時に、父は他界してしまい、身近だった造園は自分から離れていきました。改めて庭園の空間解釈を学びたい意欲に駆られて、京都に出張したり、遊びに出かけたりする時には時間を見つけて庭園を見て回ることにしています。今年はどうするか、まだ仕事の関係で定かではありませんが、風景を象徴的に表した庭園に触れて見たいと思っているところです。

習慣化した夜間制作

習慣とは不思議なもので、仕事から帰宅した後に工房へ出かけることが、習慣となれば苦でなくなります。疲れているはずなのに、夜になると工房へ行かなくてはならないと思うようになるのです。窯入れしたばかりの晩は電気の関係で工房は使えません。翌日の晩から足繁く工房に通うようになりました。夜の制作といえばRECORDやNOTE(ブログ)もあるというのに、集合彫刻の完成が全てに優先してしまう癖が抜けません。それだけ彫刻は自分にとって魅力的なのかもしれませんが、土練りもタタラも成形も彫り込み加飾も化粧掛けやら仕上げも、全部夜間制作でやってしまう勢いが今の自分にはあります。梱包用木箱作りも夜間の時間帯でできると思っています。ただし、ウィークディの仕事を考えると、夜間制作はせいぜい2時間程度と決めています。若ければ一晩中かけて作る気力がありましたが、今はそういうわけにはいかず、足腰や肩が痛んでくるので夜10時には引き上げようと思っています。現在は気候がいいので制作には快適という要因もあります。真夏や真冬は無理だろうなぁと思っています。週末に若いスタッフたちが来て、それぞれの制作に立ち向かっていますが、若い連中に気力で負けないぞと思っていることがあって、それも自分を鼓舞させる刺激剤になっていると思っています。オジサンはまだまだやれると普段から彼らに言っているのです。彫刻は実在を扱う苦しい表現媒体で体力を使います。体力があるから彫刻家になったのか、彫刻をやりたいために体力が身についたのかわかりませんが、自分の師匠たちにも力強い人が多くて、作品も本人も生命力に溢れています。70代や80代になっても、お前には絶対に負けんと言われているようで逞しい限りです。夜間制作も習慣になれば、どうと言うこともないと嘯いて、師匠と肩を並べたがる自分がいますが、そのうち若いスタッフが育って私を追い抜くことがあるのでしょうか。

16’個展図録の打ち合わせ

先日、作品の撮影が全て終わり、図録制作のために画像を確認したり、選んだりする打ち合わせを今晩持ちました。懇意にしている2人のカメラマンが夜9時に自宅にやってきて、画像を見ながら話し合いました。以前のNOTE(ブログ)に書いたことがありますが、私の作品は集合彫刻のため、組み立てと設置に時間がかかります。展覧会の時でないと作品の全貌を見せることが出来ません。普段は工房の奥にある倉庫に仕舞い込んであって、それぞれ部品を解体して手製の木箱に入れて保管しています。そんな手間のかかる彫刻作品を簡単に見せられるとすれば、図録やホームページの画像しかありません。図録は自分にとって大切な広報用アイテムで、画像処理にも神経を使うところです。ずっと私の作品を取り続けているカメラマンとは10年以上の付き合いになりますので、自分のことをよく理解してくれています。自分がやっているアナログな制作と、カメラマンがやってくれているデジタルな画像が、両輪のようになって「発掘シリーズ」の世界を表現していると思っています。今年の図録も力の入ったものになりそうです。

2つのまえがき

今日のNOTE(ブログ)は内容的には昨日の続きになります。世間に発表しようとする論文が激しい不興を招くことが予想される場合に、学者は発表の時期に躊躇している場合があるようです。そこでいざ発表を決断したら、社会情勢が激変していることもあります。ここで紹介する2つのまえがきはフロイト著による「人間モーセと一神教」(吉田正己訳 日本教文社)の中にあります。まず最初のまえがきの一部を取り上げます。「われわれの研究が、宗教を人類の神経症に還元して、宗教の巨大な力をわれわれの患者の各個人にある神経症的強迫に対するのとおなじ方法で解明するという結果にわれわれをみちびくととすれば、われわれが、わが国の支配的権力のきわめてはげしい不興を招くことはまちがいない。」かつて発表したモーセに関する論文に終結部をつけ加えるために、これは1938年の3月より前に書かれたもののようです。さらに同年の6月にフロイトはもうひとつのまえがきを書いています。この時は故郷オーストリアからイギリスに亡命して、同地で書かれたものであるのが次の一文で分かります。「もはや外からの妨害は全くない。すくなくとも恐怖にしりごみするのもむりからぬような妨害は見あたらない。この国に滞在して何週間もたたないうちに、私は歓迎の手紙を無数にうけとった。~略~こうした手紙を寄せて下さった親切な人たちは私についてあまり知るところがなかったのであろう。だがしかし、このモーセについての論文が翻訳をとおして、私の新たな同国人たちに知られるようになれば、それ以外の多数の人たちのあいだで、目下私に寄せられている同情は失われることになるだろうと思う。」フロイトは人生の終焉にあっても、さらに社会情勢を鑑みて安全安心を得たいと思う一般人とも異なり、学者としての姿勢を崩すことがなかったと思えます。                                                                           

何のための研究か?

学者の発表した論文に、その論文を起稿した動機を、国際情勢あるいは個人的な事情を鑑みて考察を試みることは、私に刺激を与えてくれます。自分の専門分野を駆使して社会問題を論じたものは、とりわけ興味が湧き、こんな視点があったのかと気づかせてくれるからです。現在読んでいる「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)が刺激的なのは、そんな理由によるものだろうと思います。フロイトの専門は精神分析学で、歴史学や考古学ではありません。他分野の分析を頼ることがあっても、フロイトが最終的には自らの専門分野を離れることはありませんでした。彼の研究の目的とするところは歴史学や考古学と同じで、人間の精神分析から真実に迫ろうとするものです。読んでいくとちょっとやり過ぎかなぁと思うところもありますが、批判を恐れない学者の一徹さが伝わってきて、対岸で見ている日本人の気楽さ故か、興味と面白さを感じてしまいます。こんな一文があります。「エジプトのモーセは民族の一部に、高度に精神化した別の神概念を与えたのであった。それは全世界を包含する唯一の神という概念であり、その神は全能であるのに劣らず、万物を愛するものでもあって、一切の儀式や魔術を嫌って、人間に対して真理と正義の生活を最高目標だと定めたのある。」これは現在のユダヤ教から導き出された教典の言わんとするものだろうと思いますが、実際にモーセから発せられたものなのかどうか、フロイトの憶測が多少入っているかもしれないと思いつつ、次の引用に続きます。「伝説の本来の性質がどういう点に存在するか、その独特な力は何にもとづいているものか、ひとりひとりの偉人が世界史におよぼす個人的影響を否定することはいかに不可能であるか、物質的要求に発する動機だけを認めようとすると、人間生活の大規模な多様性に対して何たる冒涜をおかすことになるか、多くの、とくに宗教的な理念が個人や民族を隷属させる力をもつのはどういう根拠にもとづくのかーこうしたことをすべてユダヤ史の特殊事例について研究することはきっと魅力的な問題であろう。」うーん。フロイトも迷いつつ眼前に広がる魅力的課題に真実を求めようとしていたんだなぁと改めて思う次第です。

週末 補充部品制作と梱包

昨日、図録用の撮影が終わり、今後は「発掘~環景~」を完全にするため補充する陶彫部品を追加制作しなければなりません。さらに陶彫部品をそれぞれ梱包するために木箱を準備しなければならず、まだけじめがつかない状態です。昨日の撮影で自分はかなり疲労したようで、身体よりも精神的な負担を感じています。気が張り詰めていたのでしょうか。でも、追加制作を休むわけにもいかず、今日は一日成形やら彫り込み加飾やら化粧仕上げやらに追われていました。集合彫刻の全体が昨日の撮影で把握できたので、ある意味では気が楽になっていますが、身体を動かすのがシンドい一日でした。無理して夕食をとった矢先にトイレに駆け込んで吐いてしまったのが気がかりです。疲労のピークということなのか、今までにそんなことはなかったのでした。自分は無意識に彫刻に全てを捧げているのかもしれません。創作に対する思いは年齢とともに先鋭化しているように思えて仕方ないのです。気持ちの充実は確かにあります。新しい作品を作りたくてどうしようもない気分に駆られます。「発掘~環景~」も「発掘~表層~」も自分の中では既に終わっていて、新たなステージに進みたいのです。次から次へやってくるイメージは、自分を虜にして放してくれません。もし、彫刻一本でやっていたなら、どんどん自分を追い込んでしまうようにも思えます。自分にはもう一つ別の仕事があって、その仕事が冷静さを取り戻してくれます。その仕事は職場全体の組織で動くため、いくら自分がトップであっても自分の自由にはなりません。つまり、職場でさまざまな意見を聞いてから判断を下すため、自分が単独創作活動のような暴君になることもないのです。そこがこの仕事の素晴らしいところだと思っています。明日から創作に対して暫し頭を冷やします。来週末は関西方面に出張があって工房制作を休みます。創作にはちょうどいい休息になると思います。

週末 2回目の撮影日

当初の雨天という予報が変わって、今日は太陽が顔を覗かせる好天になりました。「発掘~環景~」は多少陶彫部品が足りないにも関わらず、何とか撮影が可能な状態になり、創作のコンセプトは伝わるのではないかと判断しました。私は撮影が気になって早朝5時に目覚めました。早朝に工房に出かけ、陶彫部品の確認を行ってきました。昨晩は職場にスマートフォンを忘れていたことに気づき、職場に取りに行って、それから今日来てくれる予定のスタッフたちに連絡を取ったのでした。今日来てくれたスタッフは、後輩の彫刻家、普段工房に通ってきている大学院生、同じ職場の女性職員でした。そのメンバーに家内と私を加えた総勢5人で、撮影準備を進めました。今回は工房内外で撮影するため、工房内の作業台の移動や床掃除を行い、2人のカメラマンを待ちました。10時過ぎに懇意にしている2人のカメラマンが到着し、いよいよ撮影に入りました。初めは野外工房での「発掘~環景~」の撮影になりました。太陽の日差しが作品に陰影を齎せ、空気や風を感じさせる画像を提供してくれました。次に室内に作品を移動しての撮影になりました。これは工房の3分の1の面積を使って、「発掘~環景~」と「発掘~表層~」の2点を並列しての撮影になりました。参加してくれたスタッフたちは、全員がてきぱきと動いてくれて感謝に耐えません。これをすることによって個展搬入時は組み立てに迷いがなく、比較的短時間で展示設営が終わるのです。個展も11回目となれば慣れているはずですが、毎年異なった作品の組み立てになるので、不測の事態も生じます。今回は何とか不測の事態は最小に押さえることができて、作品がどのような形態になっていくのか確認することができました。ずっと気がかりだったせいか今日は完成を見れてホッとしたと同時に心底疲れました。明日は補充作品の制作続行です。

映画「十戒」の思い出

現在読んでいる「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)が契機になって、黄金時代のハリウッドが制作した大作映画を思い出しました。セシル・B・デミル監督の「十戒」は2つあって、古い1923年版の「十戒」を、当時私が在籍していたミッション系高校の講堂で観た記憶があります。その後、友人と映画館に出かけ、同監督の1956年版「十戒」を何度か観ました。これはチャールトン・ヘストン主演の豪華絢爛たるスペクタクル超大作で、紅海が割れるシーンに圧倒されました。映画は旧約聖書の「出エジプト記」を基に作られていて、たまたま学校の教室に聖書があったので何度も読み返しました。モーセはヘブライ人の家庭に生まれ、ファラオの新生児殺害の命を逃れて、ナイル川に流され、エジプトの王族に拾われて育てられた、というのが物語の発端でした。果たしてこの「出エジプト記」の信憑性をどう扱えばいいのか、映画に特撮で描かれたシーンは何かの比喩ではないのか、そもそもモーセは実在した人物か、ユダヤ教の起源とモーセの関係はどうだったのか、エジプトからの脱出劇はあったのか、多神教で偶像を崇拝していたエジプトの宗教から、厳しい戒律のある一神教がどうして生まれたのか、シナイ山はどこにあるのか、ユダヤ民族に関して勉強不足の私にとって素朴な疑問が次々に湧いてきます。これは「人間モーセと一神教」の影響によるもので、著者のフロイトが心理学的視点から真実に迫ろうとする姿勢に触発されて、昔観た映画「十戒」を思い出したのです。映画「十戒」はまるで西洋絵画を見ているような映像が次々に現れて、その美しさに感動しました。コンピューター処理がなかった時代に、よくぞあの映像が撮れたものだと改めて感心します。

モーセ出生の見解

現在読んでいる「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)では、著者フロイトが起稿した動機が冒頭に語られています。「ある民族が同胞のうちでもっとも偉大な人物として誇っているような人間の存在を否定することは、やってみたくなることでもなければ、軽々とやれることでもあるまい。とくに自分自身がその民族の一員であるばあいはなおさらのことである。とはいうものの、いかに先例があっても、民族的利害と思われることのために、あえて真実を伏せておく気になるものではない。そのうえ、事態を解明しさえすれば、われわれの洞察にとってプラスを期待することもできるのである。」自民族の源泉を辿り、その真実を暴こうとする精神分析学者フロイトは、批判覚悟で自らの論理を展開しようとしたようです。「モーセという名をエジプト語だと認めた多くの学者のうちのだれかが、エジプト語の名前を帯びている人は、それ自身がエジプト人であったとする結論を出すか、ないしは、すくなくともそのような可能性を考えたかもしれないということは、当然期待してよいであろう。」モーセは実のところエジプト人だったのではないかとする出生の見解が名前から導き出されています。その根拠となる論考がさらに肉付けされていますが、そこは省略します。「モーセにまつわる棄児神話を解釈すると、モーセは本来エジプト人であったが、民族の要求によって故意にユダヤ人にされたという結論にならざるをえない、とつけ加えたのであった。また、その論文の末尾のところで、モーセがエジプト人であったという仮定からは、重大かつ広汎な推論がみちびきだされるが、私にはそれを公然と弁護する用意がない。というのは、その推論がただ心理学的確率にもとづいているだけで、客観的論拠を欠いているからだ、と述べておいた。」学者はまず個人的な推論を述べておいて、その後付けとして旧約聖書を初めとする他学者の参考文献を挙げて、推論の根拠を伝える方法を採りますが、あまりにも古い歴史のため調査が行き届かず、定説とされていたことが覆されることに社会的な反発があることは、当時でも現在でも当然と言えます。私も興味関心が湧いているにも関わらず、今ひとつしっくりきていません。モーセは何者だったのか、謎が謎を呼んでしまうことに胸躍る思いがしています。

信仰とは何かを考える②

前回のNOTE(ブログ)の続きです。自分は本当の意味で信仰をもっているのか、信仰がどういうものか理解しているのか、という素朴な疑問があります。神に対する従順と信頼は、自分には怪しいもので、そこを問われると答えに窮します。信仰は自分で意図的に身につけるものなのか、意図せずに生まれてくるものなのか、自分にはわかりません。キリスト教は、とりわけカトリックは、荘厳にして華麗な教会装飾により、自分の感覚とは異なる文化に溢れていて、そうした意味で芸術や学問としてこれを学ぶとしたら、大いに興味関心の尽きぬ世界です。でも、これは信仰とは違います。聖書の中にある諭しにも一定の理解と納得はしていますが、これも信仰とは違うと思っています。極論すれば、日本のような秩序が保たれた先進的な社会にあって、宗教の必要性を問いたくなるのは無理のないことかもしれません。社会全般が不安定で生死の境を彷徨っていれば、何かに縋りたくもなるし、超絶的存在に依存したくもなると思います。ただし、この問題は社会全般として片付けられるものではなく、個人の内面に拠があるので、信仰の自由はあって当然です。自分にも何かしら信仰が宿っていると感じることがあるのです。験を担いでみたり、縁起の良いことをしてみるのも信仰の現れと言えます。人間はどこか脆弱なところがあり、社会を形成するために何かしらストレスを抱えています。フロイトの言う超自我は、外に向けて自分を保ち、内向きで弱い自分を見せないような要求をしてきます。信仰とはそんな自分の中でバランスをとるための欲求かもしれません。前述の導入文の答として、人間を超えた存在が希望を叶えてくれるかもしれないという他者依存の現われが信仰だと私は思っています。それがたとえ宗教でなくても、信仰は思考したり感受したりできる人間に本来備わっているものではないかという解釈をしているのです。

信仰とは何かを考える①

民族と宗教との関わりを考えはじめた動機は、現在読んでいる「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)によるものです。自分にとって宗教は生活全般の中でも大した影響はなく、冠婚葬祭の時に触れる程度のものなのです。祖父母、両親から受け継いだ寺社に対する感覚は、精神性を伴わず、至って形骸化した儀式であると思っています。生きるための心の支柱としては、宗教ではなく家庭教育や学校教育による道徳観や倫理観にあると言っても差し支えありません。日本の一般家庭に生まれて育ったほとんどの人の場合、親が余程宗教に入れ込んでいなければ、自分と変わらない前述の薄っぺらな宗教観をもつ人が多いのではないかと思っているところです。自分にとって宗教は哲学と同じように学ぶもので、与えられるものではありません。まだ宗教学に一歩踏み込んでいませんが、20代の頃に滞欧生活で経験した西欧の街に点在するカトリック教会の果たす役割や、東欧の木造教会で祈りを捧げる村人たちの真摯な姿勢に胸が打たれ、民族と宗教との関わりが頭を過ぎったことがありました。宗教は彼らの生活と密接で、与えられるものという概念がありました。その時は宗教と言うより人間が心の拠としている信仰について考えていました。キリスト教では神に対する従順と信頼があります。神は絶対的で超絶的な存在で全知全能の創造者とされています。神に従う代わりに救済を求めて、善い行為が死後に報われるという図式があります。契約社会が生んだ信仰の在り方で、西洋的とも言うべき弁証法が感じられて、自分が今ひとつそこに踏み出せない要因がこれではないかと思っています。信仰は特定宗教に入れ込んでいない自分にもあります。何をもって信仰しているのかわからないのですが、人間本来の脆弱さを補う何かかなぁと思っている次第です。曖昧模糊とした自分には西洋的な明晰な宗教観と相容れないものがあると感じます。

芸術と社会との関わり

国際規模のトリエンナーレ等を見ていると、人間社会がもつさまざまな課題に向き合っている作品が目立ちます。それは一昔前からあって、街路に出て行ってパフォーマンスをしたグループに、芸術至上主義を否定した脱芸術としての行動があり、当時は社会問題化もしていました。美意識が広がり、芸術は絵画や彫刻、工芸という括りの中では語れないものになっています。芸術行為は価値転換を図る思索の産物であり、それを鑑賞者に提示してみせることが現在も続いています。現代アートは新しいものを創りだすことではなく、新しい価値観を見いだすことなのかもしれません。社会と自分の表現をどう関わらせるか、その視点を持つことが現代アートとして認められるかどうかを判断できるのではないかと考えます。現代作られているものは全て現代アートといった開き直った意見もありますが、自己完結をしてしまう旧態依然とした表現と、社会に対して明確な主張をする表現とは、かなり隔たりがあると思います。翻って自分の表現はどうなのか、自問自答するところですが、陶彫を媒体にしていることで自然環境の中に出ていって、他者との関わりを演出できる契機を内蔵していると自負しています。今はギャラリー空間の中で、自己完結しているように見えますが、さまざまな展開は充分に可能です。今後も社会との関わりを考えた作品を作っていきたいと思っています。

週末 撮影前の日曜日

来週の土曜日が図録用の撮影日になっている関係で、今日は朝から工房に行って、その準備に追われました。台座20点は完成し、陶彫部品の窯出しもしました。まだ万全という訳ではなく、細かな仕事が残ってしまいました。ウィークディの夜に工房に通って、印貼り等の準備を進めたいと思います。「発掘~環景~」は、まだ全体を並べたことがなく、イメージとしてはこんなカタチになるだろうという見通ししかありません。今日から梅雨入りで雨が降っていたため、野外工房に台座と陶彫部品を持ち出すことが出来ず、予定変更を余儀なくされました。今までも撮影日に漸く全体を設置出来ることがあって、その時初めて全体像を把握していました。今回も珍しいことではありませんが、イメージ通りかどうか心配なところもあります。現在進行形の作品は、常にハラハラドキドキしていて、それが精神的な緊張を孕み、ゴール前のパワーに繋がっていると思っています。やりがいのある仕事だと思っていますが、撮影が終わったら、多少休憩を入れないと倒れてしまうかもしれません。今日は久しぶりに中国籍の若いスタッフが来ていました。彼女は大作に挑むらしく大きなパネルを作っていました。週末の工房には誰かしら制作をやりに来ています。環境的には複数のアーティストが工房を利用していて活気があると思っています。

週末 現在進行形の楽しみ

週末になって朝から制作三昧です。来週末は図録用の写真撮影があるので、制作に拍車がかかっています。今日は朝8時半から夜の8時半まで12時間の制作時間となりましたが、精神が覚醒しているため疲れを感じないのが不思議です。陶彫の他に折り畳み式の台座20点を作っていて、これも作品の重要なパーツなのです。気分が高揚しているためか、時間が過ぎるのが早く感じられます。大学院生の若いスタッフが今日も来ていて、野外工房で木彫の表面を滑らかにするため電動工具を使っていました。自分は彼女に背中を押されている感覚があって、お互い良い刺激になっているように感じます。作品は制作途中の現在進行形がいいんだよねと話し合いながら制作を進めていました。確かに作品が仕上がり、個展会場に持っていくと、もはや作品は自分の手を離れてどこかへ歩き出していってしまいます。作品は自分の手許から、まさに生まれでようとする瞬間がいいと思っていて、現在進行形の楽しみは作家でないと味わえないものです。自分の次なる新作のイメージは、現行作品を作っている最中に出てきていて、常に作り続けていくことが可能です。ずっと現在進行形のまま制作時間が過ぎていくことが、自分の満足を充たすものではないかと思うのです。作品完成と同時に、あるいは完成前に次の作品制作がスタートしているのが自分の制作方法です。休憩は完成して取るものではなく、制作途中に取っています。現在進行形の楽しみを生きている限り味わっていきたいと思うこの頃です。

6月RECORDは「ながれる」

今月のRECORDのテーマを「ながれる」にしました。RECORDとは、一日1点ずつポストカード大の平面作品を作っていく総称で、ホームページにもアップしています。今年のテーマはひらがな4文字によるもので、毎月ごとにその時々の気持ちを表すコトバをテーマに据えています。「ながれる」は具象としては水に関するイメージが思い浮かびますが、広義に捉えればさまざまな事象が考えられます。そろそろ梅雨の時季を迎えるにあたり、潤う自然やその反対に増水する河川もあって、私たち日本人の生活と水は切り離せない関係にあります。滔々と流れる大河を眺めていると心が解放される一方で、氾濫すると甚大な被害を及ぼすこともあります。田畑を潤し、農耕の実りをもたらす水が、時として牙をむく時があって、自然のコントロールに人は無力を感じることも暫しあるのです。「ながれる」は懸案だった課題を水に流すという解決手段にも用います。言わばリセットです。そんな意味を含めて、今月のテーマに取り組んでいきたいと思っています。制作中のRECORDを飼い猫トラ吉に台無しにされると、それを水に流すのが苦しいので、そこは予防策を講じて頑張りたいと思います。

開港記念日 台座制作

今日、横浜は開港記念日で、職場関係の仕事が縮小されたため、私は年休を取りました。朝から工房にいて、「発掘~環景~」の台座を制作していました。この作品は20体の陶彫をリング状に配置するものです。そのひとつひとつに台座が必要で、椅子のような台座に背面と上部と前面にそれぞれ陶彫部品を接合するのです。ひとつの台座に3個の陶彫部品がついて1体になります。台座は折り畳めるように作っています。個展の後、工房のロフトで保管する際に折り畳んでコンパクトになると場所をとらないからです。陶彫の色合いに馴染ませるために台座にも彩色しました。今日は台座の部品を塗装して、工房の床に所狭しと置きました。次の週末に組み立てていこうと思っています。台座制作と同時に陶彫部品の仕上げや化粧掛けを行い、夕方になって窯入れをしました。明日の夜の工房は電気の関係で使えません。今日は大学院生のスタッフが工房に来ていました。彼女も自らの修了制作に必死に取り組んでいて、野外工房で木材を削っていました。勇ましい姿勢になってグラインダーの音を響かせていました。横浜は好天気に恵まれ、野外制作を進めるには絶好の機会でした。工房内では陶彫、工房外では木彫をやっていて、今日の工房はフル稼働している状況でした。次の週末も継続です。

6月は完成・梱包を目指す

6月になりました。今月11日(土)が2回目の図録用撮影日、7月17日(日)が個展搬入日、翌日18日の海の日から個展オープニングという先々の予定を考えると、いよいよ制作が切羽詰まってきたなぁという感じです。今月は何が何でも「発掘~環景~」の完成を目指します。撮影が終わったら、個展搬入のため陶彫部品をそれぞれ梱包しなければなりません。今月は新作の完成と梱包が大きな仕事です。ウィークディの公務員としての仕事では関西方面への出張が控えていたり、絵画コンクールの審査員にも抜擢されていて、先月に続いて今月も多忙感がありますが、何とか乗り切っていこうと思っています。RECORDも継続します。RECORDは先月調子が良かったのですが、今月はどうなるのかわかりません。調子がどうあれ一所懸命やっていきます。鑑賞の面でも、美術展や映画等の情報を得て、可能な限り足を運びたいと思います。読書は引き続きフロイトの著作を読んでいきます。そろそろ梅雨に入り、湿っぽい季節になりますが、体調に気遣いながら、今月も頑張っていきたいと思います。