竹久夢二のほろ酔い画風

先日訪れた伊香保温泉街からちょっと離れたところに「竹久夢二伊香保記念館」があって、その昭和レトロな瀟洒な建物に誘われるがまま中に入ってしまいました。館長が私に声をかけ「陶工の方ですか?」と聞くので「どうしてですか?」と問い直すと「モノを作っている人はわかる」と言っていました。その館長が案内してくれた部屋に竹久夢二の貴重な資料がたくさんあって、夢二の仕事量に圧倒されました。竹久夢二と聞くと、ちょっと酒酔いした美人が佇んでいる情景をさらさらと描く達人と私は勝手に解釈していて、夢二はお洒落なイラストレーターくらいにしか捉えていなかったのですが、今回見た夥しい量のデッサンや草稿は、夢二がほろ酔い画風を確立するまでに見えないところで相当な努力をしていたこと、画面構成力に人一倍優れた才能を有していたこと等に気づきました。               Yutaka Aihara.com

図録撮影 例年の如く

昨晩遅く群馬県から横浜に帰ってきて、企画展の興奮も冷めやらぬまま、新しい図録のための写真撮影の日を迎えました。家内とボランティアの美大生に手伝ってもらい、「構築〜起源〜」と先日まで制作していた新作陶彫を撮ってもらうことにしました。カメラマンはずっと自分の作品を撮り続けているお馴染みの人です。気心が知れているのは何と心強いことでしょうか。外は雨風が轟々と鳴り響く中、室内ではフラッシュがたかれていました。「構築〜起源〜」の設置に意外に時間がかかり、押せ押せの時間になってしまいましたが、何とか撮影が終わってホッとしました。今回で4回目の図録は「発掘シリーズ」から一歩出て「発掘から構築へ」というタイトルを考えています。どんなものになっていくのか、とても楽しみです。 Yutaka Aihara.com

企画展のレセプション

ホテルの大広間を借り切って、「古代・現代 思索する手」展のオープニングレセプションがありました。スポンサーのNTT東日本の方々や美術館学芸員、博物館学芸員、画廊関係者、それに高崎市を中心に活躍する画家や彫刻家、工芸家、書家等がたくさん参加していました。皆で今後の展望を話し合ったり議論を戦わせたりして時間は瞬く間に過ぎていきました。即興で家内が三味線を借りて演奏する場面もありました。招待作家を代表して自分が挨拶に立ったこともありました。全体の印象としては地元作家の底力を感じ、久しぶりに美大生の頃の青春時代に戻ったような気分がしていました。宿舎は豊田屋という木造の老舗旅館で、地元の彫刻家と一緒に泊まって、いい時間を過ごすことができました。そこは出来るなら保存して欲しいような凝った作りの旅館で、いろいろな機会に豊田屋を利用する地元作家のこだわりを感じました。

「古代・現代 思索する手」展  

表題の企画展が始まりました。現代造形作家は6名、素材は木、石、鉄、陶、布とまるで異なる表現世界を集めた感がありました。対峙する古代遺物は深鉢や埴輪、勾玉等大小の出土品が置かれていました。まず、感謝したいのは考古資料館の学芸員です。こうした文化財を現代アートと並列してくださった懐の深さ、アートに対する理解があればこそと思いました。それを推進してきた実行委員会の皆様にも感謝をしたいと思います。現代の作家は古代をテーマにしている人はおられず、むしろ自分の内面世界を造形化した作品を携えてやってきていました。しかしながらそうした作品が、古代遺物と出会うと説明のつかない不思議な雰囲気が漂います。古代遺物が現代的に見えたり、我々の作品が古代から種を授かっているような繋がりを感じることができるのです。加えて我々が忘れがちなモノを作る始原的な力を古代遺物が与えてくれているように思いました。 Yutaka Aihara.com

企画展搬入から伊香保温泉へ

朝7時に横浜を出発、環八から関越道に乗り、一路群馬県高崎市に向いました。作品を載せた業者のトラックに私たちも後追いをしていました。高崎市の城址公園に着いたのは10時頃だったでしょうか。公園に面したギャラリーではボランティアの方たちが迎えてくれました。高崎の人たちの温かい雰囲気の中で搬入を終え、食事もご馳走になりました。搬入業者と別れて、午後遅く伊香保温泉に向いました。明治時代の文豪が愛した伊香保温泉とはどんなところか、初めて足を踏み入れる観光地に胸躍る気分でした。果たして伊香保温泉は情緒に溢れたこじんまりとまとまった温泉地で、思ったとおりの場所でした。階段の両脇に店を連ねる風情は、昔も今も変わらず温泉地ならではの雰囲気が漂っていました。旅館の温泉で疲れを癒して、明日から始まる高崎での企画展に思いを寄せていました。             Yutaka Aihara.com

明日は群馬県高崎市へ…

「古代・現代 思索する手」展の搬入が明日に迫りました。搬入業者に依頼して、「発掘〜鳥瞰〜」を群馬県高崎市に運搬することになりました。陶彫によるレリーフで6枚の屏風から成り立つ作品です。他県に出かけるというのは良い気分転換になります。横浜市の公務員である自分は明日年休をいただいております。家内は近隣の伊香保温泉に宿泊したい意向があり、明日の搬入が済んだら伊香保温泉に出かけることにしました。20日の晩はレセプションがあり、主催者側で用意してくれた旅館に泊まることになります。高崎市街も伊香保温泉も自分は行ったことがないので、とても楽しみです。  Yutaka Aihara.com

「見る」ことから「視る」ことへ

陶彫作品の土台に塗った油絵の具が乾く間に、新作をじっと見ることにしました。作品を見ることは作品を制作することでもあります。制作に気が入っていくと、「見る」ことから「視る」ことへ移行し、思索と凝視は離れがたく同義となっていきます。「見る」ことに時間をかけて「視る」ことに繋げていく、それは作品の内容を思索することであり、自分の内面を覗くことでもあります。作品は自分の分身で、自分の思考や趣向が投影された物体です。「視る」ことはそうした清濁合わせた自分自身を正視することです。作品に何がしかの情感があれ、そういうものはいっさい無くしたものであれ、置かれた作品は紛れも無く自分自身なのです。「視る」ことは制作の過程です。今日はじっくりと作品を視て、自分自身と向き合いました。 Yutaka Aihara.com

絵の具の汚れ

職場からちょっと作業場に立ち寄って、現在制作中の作品を動かそうとしました。あっと気づいた時は既に遅く、ワイシャツの袖口に油絵の具が…。まだ絵の具は乾いていなかったのでした。絵の具は昨日塗ったばかり、しかも筆を使わず、思うに任せてアクションペインティングをやっていたので、当然厚塗りになっていたわけです。今日の自分はネクタイ&ワイシャツで、昨日の作業着とは違っていました。うっかりした、いや二束の草鞋をやっている欠点か、おまけに午後は出張があって今日の不始末にがっかりでした。帰宅すると家内は早速ワイシャツを漂白剤につけています。「これも作業着になっちゃうかもね」と言いながら…。                 Yutaka Aihara.com

絵画的要素に遊ぶ

新作陶彫の土台に砂マチエールを貼りつけて、ようやく油絵の具で砂に色彩を施すところまできました。土台は直方体を立てたような形態で、それを崖に見立てて、その上に陶彫を置き、ちょうど街が連なるようなイメージにしました。崖の壁の部分は厚板を彫ってレリーフ状にしたものです。砂が貼ってあるので木目は消えています。崩れかけた壁といった最初のイメージに従い、色彩をばら撒いてシミのような斑点を作りました。何度も色彩を重ねて重厚さを出しました。それは彫刻的な作業ではなく、絵画的な要素をもった作業でした。絵画としての表面処理は時間を追うごとに楽しくなり、色彩の混合をあれこれ試しながら、時には霧状に絵の具を飛ばしてみたり、絵の具が筆から垂れるまま流れるままに任せてみたりしました。夕方になって、何とかまとめ上げなければならなくなり、偶然出合った色彩同士を調和させるために中間色を散らしました。筆で描くことはいっさいせず、偶然の効果を期待しつつ長時間にわたって遊んでしまいました。 Yutaka Aihara.com

出品作品のメンテナンス

19日に群馬県高崎市に運搬する「発掘〜鳥瞰〜」を倉庫から出して、梱包を解いて破損がないかどうか確認しました。東京銀座のギャラリーせいほうでの個展に出品してから3年が経っています。部分的な修復をして再び梱包しました。19日の搬入に備えて作品は倉庫に戻さず、とりあえず車庫に入れておきました。個展等で出品した作品は時々メンテナンスをする必要を感じますが、なかなか時間が取れません。今日も新作の陶彫を作る傍ら、必要に迫られてメンテナンスをしたのです。保存状態が悪い場合はそれこそ大変です。自分の作品では、陶彫部分の変化はありませんが、木材の部分にカビやヒビ割れがある場合があるのです。新作と同時進行した今日のスケジュールはもう多忙極まりないといった具合でした。先日ブログに書いた間際人間の集中力で今日を乗りきった感じです。明日は新作の制作継続です。   Yutaka Aihara.com

作りかけの作品

作業場に作りかけの作品が置いてあります。いくつかの陶彫は机上に、砂を貼りかけた土台は壁に立てかけてあります。使う工具も適度に散乱している状態です。これから作られていくであろう部品たちがそれぞれの場所を与えられて、じっと待っているような雰囲気が漂います。この部屋ごと作品になるなとふと思いました。ある意味では生活臭があると言えます。また作品制作に関わるものしか置いていない作業場なので、普段の生活臭とは若干違うかもしれません。ここで自分が突然いなくなれば、後に残った人が自分の作品の部分を見て、どんな組み立て方をするのか、または処分してしまうのか見当がつきませんが、部品のままでいる作品は謎の多い物体だろうと思います。組み立てた作品さえ謎と思われる鑑賞者がいるくらいですから。   Yutaka Aihara.com

整然あるいは雑然

人の手の加えられていない自然石が一定の間隔で整然と並べられている空間、そこに鑑賞者は何かを読み取ろうとします。あるいは外国の巨石文明を感じ取る人がいるかもしれません。法則に従ってただ並べるという行為が彫刻として表現された作品と言っても現代では不思議ではありません。自分は自ら考案した法則に従ってモノを並べることに興味を感じています。今まで自分がやってきた発掘シリーズに照らせば、並べるというよりほとんど土中に埋まっているモノが発掘されて整然と並んだように見えるというのが、一度試してみたい空間造形です。整然があれば雑然があってもよいと思います。埋もれた作品の一部が大地から現れて点在する光景を想像するだけでゾクゾクします。野外で展示できる機会があればやってみたい造形です。石ではなく陶彫で、まるで発掘現場のような空間を作ってみたいのです。 Yutaka Aihara.com

間際人間の集中力

人はどんな時に集中力をもって仕事に立ち向かうのか、己を失わずに仕事をやり遂げられるのか、この頃よく考えることのひとつです。実際には22日までに現在進行中の陶彫作品が終わるのかどうか、自分の中で大きなヤマ場を迎えていて、自分では気に入らない間際人間にならざるを得ない状況を憂いての考えです。年度末で公務の仕事も慌しくなっている中で、余暇にやっている彫刻のことなんか考える余裕はないし、彫刻は彫刻で一歩足を踏み入れると、とんでもない状況が待っていて、週末の集中力に全てを託すしかないと思っています。集中力は割りに単純で目先の具体的な目標がある場合に発揮されると思います。理想を追っているうちは仕事に集中できません。足元が見えだしてきて仕事が現実味を帯びた時に、やらねばならないという強烈なパワーが出てくると思っています。そろそろその時が来そうな気配です。今週末はきっと頑張っているのではないかと思います。       Yutaka Aihara.com

先輩の方々へのお知らせ

群馬県高崎市の企画展「古代・現代 思索する手」の案内を数名の方々に出すことにしました。もちろん実際に来ていただくことは考えていません。こんな企画を通して造形に関して何か示唆に富むお話でもいただければと思っています。ちらしを投函させていただいたのは師匠の彫刻家や文筆家、先輩の画家、叔父にあたる哲学者と考古学者それに声楽家の方々です。この方たちはかつて大学の教壇に立たれていたり、表現活動として個展や本の出版をされているので、自分は今までも精神的なサポートを受けていることが多いのです。今回の企画展によせて自分の表現活動がどんな意味を持っているのか、どの方向を探るのがいいのかをじっくり考える機会にしたいと思います。

夜明けの時間帯

季節が春めいてきたと感じるのは朝の時間帯です。自分は勤務が早い時間から始まるので、5時半頃に起床して6時には家を出ます。この時季は朝起きるのがつらくて寝床にずっといたい誘惑に襲われます。意を決して起床して、今日一日をイメージしながら朝食に向います。春めいたと思うのはそんなことをしている時間帯に周囲が明るくなっていることに気づいた時です。真冬はまだ夜明け前で真っ暗でした。起床のつらさを通り越すと、職場に向う朝の光景に身が引き締まる思いがします。まだ完全に覚めやらぬ眼で眺める人の雑踏も結構気に入っている風景なのです。あるいは自分は朝型人間なのかもしれません。今の仕事を退職したら、朝の時間帯に制作しようと今から思っています。                          Yutaka Aihara.com

見えない部分の造形

絵画と異なり彫刻は四方八方、つまり360度どこからでも鑑賞できます。作品に裏側がないと言っても構わないと思います。加えて陶彫はたたら状(板状)にした面で囲んで立体にするため内側も作品の部分となります。陶彫は面で構成された彫刻のひとつです。ましてや自分の作品は穴が多数開いているため内側が見えるのです。厚板で作っている土台も穴があるため内側が見えます。見える見えないは別として、自分は見えない部分も造形しています。そこがディスプレイとは異なるところかなと思います。彫刻は作品の見え方よりも立体としての考え方を鑑賞者に提示していると自分は考えています。今日の作業はその見えない部分の制作をしていました。実際の展示では隠れてしまうところです。時間をかけて見せない細工を丹念に行った一日でした。                              Yutaka Aihara.com

慌しい時間の中で…

制作三昧の週末がやってきました。ブログを読んでくださっている方から「大変そうですね」と声をかけられています。ご心配いただき有難うございます。毎日書いているブログなので、つい目先のことばかり話題にしてしまいますが、今は気持ちが張りつめている状態がずっと続いていて、週末を待ち焦がれるように制作に没頭しています。土台に砂マチエールを貼っているのが現在の作業内容で、現段階ではボランティア学生を頼まなくても一人で何とかやれるかなと思っています。22日の図録撮影には完全でなくても間に合いそうな見通しです。完全ではないというのは制作中の陶彫作品に照明器具を仕込まなければならないのですが、そこまで手が回りそうもないと思っているのです。そうこうしているうち砂の硬化剤が足りなくなり、店に注文したりして時間が瞬く間に過ぎていきました。来週末にひとまずカタチになるだろうと予想を立てていますが、何が起こるかわかりません。この綱渡りのような慌しい制作工程が、自分としては結構好きなのかもしれません。Yutaka Aihara.com

3月のRECORD

RECORDとは、一日1点のペースでポストカード大の平面作品を作り続けているシリーズの総称です。3年目になっても毎日作り続けています。3月のテーマも先月に続いて格子模様です。ただし、先月と異なるのは格子のマス目を大きくしています。色彩を多く使ってカラフルな世界になっています。前のシーズンに比べると作品の自由度を少なくして、あえてパターン化しているところがあります。同じカタチを繰り返すというコンセプトは、当初心配していた慢性化は少なく、むしろ不自由な中で新鮮な空間を見つけ出す効果があります。否が応でもまとまってしまう狭空間の中で、どうしたら大きく快い空間を得ることができるか、この課題にいつも真っ向から取り組んでいる感じです。最初のシーズンや昨年のシーズンは自分のホームページ上でみることができます。ブログの最後にあるアドレスをクリックしていただけるとホームページに入ることが出来ます。             Yutaka Aihara.com

初期の油彩画について

ヨーロッパ生活から帰国した1985年から、その頃はまだ技術が覚束無い陶芸と併行して油彩画をやっていました。これを初期とよんでいいのかどうかわかりませんが、現在の陶彫作品の前にやっていた作品なので、初期と考えることにしました。その頃は画布に砂を硬化剤で貼った上から油絵の具を塗り、土肌のような鉄錆のようなマチエールを作っていました。描くものは古い機械の一部であったり歯車であったりして、現代美術とはまるで縁のないことをやっていました。ヨーロッパで見てきた表現主義やアールデコの要素を取り入れて、自分なりにやってみたいことをやっていた感じでした。これがいづれ陶の立体になると目論んでいたので、ほとんどの油彩画は未発表です。それらは今も倉庫の奥に埃まみれで眠っています。現在の陶彫や木彫作品が存在するのはこうした初期の作品があるからこそと考えています。 Yutaka Aihara.com

高崎市の企画展告知

以前からブログに書いている群馬県高崎市で開催される「古代・現代 思索する手」という企画展の告知を自分のホームページでしています。3月20日から30日までの期間、高崎市観音塚考古資料館の収蔵品と一緒に自作「発掘〜鳥瞰〜」を展示いたします。縄文時代や弥生時代の出土品と並べて展示する機会は二度とないかもしれません。今からとても楽しみです。自分は高崎市には行ったことがありません。家内といい温泉でもあればゆっくり滞在したいと話しているところです。自分は19日に業者と一緒に搬入に行って、そのまま21日まで高崎市にいる予定です。翌22日には次の東京銀座の個展のための撮影があるため横浜に戻ってきます。ホームページにはこのブログの最後にあるアドレスをクリックしていただけると入ることができますので、高崎市の企画展の案内をご覧いただけると幸いです。     Yutaka Aihara.com  

企画展・個展にむけて

今月の高崎市での企画展や7月に予定されている東京銀座での個展にむけて、いつも撮影をお願いしているカメラマンとの打ち合わせを持ちました。22日の図録撮影ではどんなアングルで撮るか、どんな試みをするか、ホームページにはどんな作品をアップするか、今後の予定をどうするか、それらは自分にとってこの上なく楽しい打ち合わせなのです。ブログで何回となく書いているように映像表現に関しては、自分はカメラマンに任せることが多いのです。なぜなら自分では気がつかないところを映像化してくれたり、陰影を工夫してくれたりして、それだけで写真の作品として充分通用すると思われるからです。「構築〜起源〜」がどのような雰囲気を纏って生まれ変わるのかがとても楽しみです。加えて現在制作中の陶彫作品も完成にむけて拍車をかけなければなりません。                    Yutaka Aihara.com

恒例の砂マチエール貼り

現在制作中の陶彫作品の土台部分に、恒例ともいえる砂マチエール貼りを始めました。思えば砂マチエールとのつき合いも10年以上が過ぎていて、自作のほとんどが砂を貼った作品です。砂マチエールは最初油彩画で始めました。20年前ヨーロッパ生活に終止符を打って帰国した時、向こうで溜め込んだイメージを陶による彫刻で表現したいと考えていました。それまで陶芸を試みたことがなく、陶芸が出来るようになるまでイメージ通りの土肌を何とか得たいと考えていて、とりあえず画布に砂を貼って油絵の具を染み込ませたのが砂マチエールとの出会いでした。陶彫が出来るようになっても砂マチエールは続き、陶と組み合わせて作品化しています。砂に硬化剤を入れて混ぜ合わせ、今回はレリーフ状に彫った土台部分に貼っていきました。作業はまだ継続中ですが、込み入った部分があるので時間はかかりそうです。 Yutaka Aihara.com

3月の予定は…

3月になりました。今月の予定を追っていくと、まず現在制作中の陶彫作品を22日までに終わらせなければなりません。個展用の図録の撮影があるからです。この陶彫が終わるかどうか微妙なのです。今日も頑張ってみたものの作業工程に無理があって、どう穴埋めしていくかが今後の問題になりそうです。今月は群馬県高崎市の企画展に「発掘〜鳥瞰〜」を運ぶ予定もあります。搬入は19日になります。20日にレセプションがあり、21日横浜に帰ることになりそうです。ということで20日と21日の週末は陶彫の制作が出来ず、これが現在の制作に追い討ちをかけている原因です。ともあれ今月もいつになく充実且つ多忙な1ヶ月になることは間違いありません。病気になると全て予定がくるってしまうので、体調にだけは気をつけて今月を乗り切りたいと思います。                       Yutaka Aihara.com

2月の終わりに…

今日で2月が終わります。昨日は雪混じりの天候でしたが、今日は晴れが戻ってきました。多忙な週末がやってきて、制作が佳境に入っています。陶彫の土台作りでレリーフ状に彫る部分を終えました。土台は分解と組み立てが容易に出来るようにホゾを作りました。今日も時間が経つのが早く感じられました。昨晩、友達と横浜コットンハーバーで遅くまでパーティーをやっていたせいで、今日自分の動きが緩慢で、なかなか予定したところまで出来ずに終わりました。2月は相変わらず時間に追われて過ごしましたが、来月も群馬県高崎市で企画展を控えていて、ずっと落ち着かない毎日になりそうです。時間の有効利用を考えながら、この自転車操業をまだ続けていく覚悟です。明日も作業継続、頑張ります。                  Yutaka Aihara.com

横浜のコットンハーバー

自宅の近隣にあるスポーツクラブで知り合った人が、横浜ベイエリアのコットンハーバーという高層マンションに住んでいるので見に出かけました。同じマンション内にパーティールームがあって、そこにスポーツ仲間が集まって、飲んだり歌ったりで楽しい夜を過ごしました。一面ガラスになったところから、みなとみらい地区が一望できて、そのロケーションの素晴らしさに酔いしれました。自分は畑の中の一軒家に住んでいるので、まるで違う住空間に日頃の現実を忘れ、非日常的な環境に心の刺激を受けました。毎日ここで暮らす人たちは、この眼前に広がる風景に次第に慣れてきて、感動も希薄になるのだろうかと思いながら、ちょっと羨望も雑じりました。     Yutaka Aihara.com

遺跡出土品と出会う企画

群馬県高崎市から招待出品の依頼を受けて、「発掘〜鳥瞰〜」を来月19日に搬入することになりました。全部で6人の彫刻家が選定されたようです。自分がこの展覧会に興味を持ったのは、高崎市観音塚考古資料館の収蔵品と同じ空間に現代彫刻を並べるユニークな企画に対してです。自分の陶彫は全て「発掘」というタイトルをつけています。あたかも出土されたような表面処理を施し、住居のような形体をいくつも組み合わせて作品化しているのが自分の仕事です。本物の出土品と見比べると、どんな感情に駆られるのか、古代人の思いと今の自分の思いがどんなところで交感し、それをどう感じ取れるのか、興味関心は否応なく膨れ上がります。先日、この企画展のちらしが高崎から送られてきました。Eメールで図録の校正原稿も届きました。搬入業者にもお願いをして準備を進めています。

屏風と襖絵

日本画の表現媒体である屏風と襖絵。日本家屋の中で室内を装飾する重要な要素です。屏風は空間を仕切る衝立として用途があって、しかも折り畳めて仕舞いこむことができます。狭い空間を巧みに利用した素晴らしい発明品だと思います。屏風は画面の折れ目に立体的な空間の解釈が成り立ちます。自分が魅かれるところはここです。現代の空間にも現代生活に合った屏風の表現があってもいいと思います。襖絵は部屋を仕切ると言う意味で、やはり魅かれる表現です。襖を開けると、その向こうにまた別の世界が現れて、まるでドラマに誘い込むように様々な世界を描いては部屋の雰囲気を変えていきます。そしてこの世界はやがて庭園に続くように意図されています。襖絵は固定された構えを見せ、一方の屏風は可動式の出店のように展覧される媒体です。多くの人を呼び込む襖絵と多くの人のもとに出かけていく屏風。この2つの表現が自分は気になり出していて、いづれ自分なりの方法で試してみたいと思っています。

横浜の「田渕俊夫展」

同じ日本画家と言えど加山又造と田渕俊夫はまるで異なる個性を持った大家と言えます。同じ水墨画でも加山芸術が岩肌に打ちつける波濤のような華麗さがあると思えば、田渕芸術は静寂な森林や草原に爽やかな風を送る微細な世界観があります。しかも墨の濃淡だけで表現された鬱蒼と繁る木々の美しさ。いつぞやのテレビで紹介された投影機材を使った構図に、墨のひと筆ひと筆を丹念に入れていく気が遠くなるような作業。そうした描写の蓄積が、やがて大きな世界を作り、画面から潤んだ空気が流れ出してくるような味わいがあります。「田渕俊夫展」は横浜のデパートで開催されていますが、会場に一歩踏み込むとデパートの喧騒は忘れて、智積院講堂の襖に収まる予定のきりりとした世界が立ち現れて心が洗われます。以前から屏風には注目してきましたが、今回の展覧会で襖絵の面白さにも心が動かされました。

東京の「加山又造展」

時を同じくして日本画の大家2人が個展を開催しています。2人とは加山又造と田渕俊夫です。まず今日は東京六本木の国立新美術館でやっている「加山又造展」の感想を書きます。加山又造は日本画の画壇で三山(東山・平山・加山)と言われるように有名な大家の一人で、ともかく幅広い分野で活躍した人という印象を持っています。個展の会場もかなり人が多く、大勢の人に支持されてきたように思いました。初期の動物を象徴化した作品は、まだ混沌とした迷いのようなものがあって、全体的に鬱々とした暗い感じを持ちました。画面に金銀を施したうねる波や月や花々が登場する大きな屏風になって装飾的で華麗な作風が確立し、そこから怒涛の如く幅広い表現が現れて、いよいよ加山芸術が花開いたように思いました。絢爛たる色彩表現から一転して水墨画へ変わっていっても、墨の色に色彩が宿っているように思えます。むしろ墨一色の方が深く潤んだ色を湛えているように感じました。全体を回覧してみると画面構成が巧みな人だなあという印象を強くしました。個人的には屏風という媒体に興味が出て、自分の表現にも応用できないかと思案しています。文様を屏風にすると視点に傾斜がかかり立体的に見えるのが新鮮でした。

窯の業者との打合せ

今日は朝早くから制作に取り掛かりました。午後から自宅に陶芸窯の業者がやってくるので、今日の制作予定を午前中にクリアしなければなりません。時間は勢いよく過ぎていきました。午前中の4時間が10数分のように感じました。午後は業者がやってきて今年新たに購入予定の窯について打合せを持ちました。窯は電気窯を使っていますが、今度購入する予定の15キロ程度の窯も電気です。自分は登り窯で焚いた経験がありません。横浜では登り窯は無理だと思っているからです。まず薪が手に入らないし、街中で許可が出るかどうかもわかりません。修練も必要なため、自分はついに登り窯に縁がないかもしれません。だから本当の焼成の面白み、醍醐味は知らないと感じています。さらに自分の陶彫は釉がけをしないので、焼成によって窯変する釉薬の楽しさもわかりません。今のところ自分は陶芸家ではないと決めているところがあって、彫塑のカタチを焼き締めて固めるくらいにしか陶芸を捉えていないのです。でも、今の公務員を退職して時間が出来たら、陶芸の面白さを満喫しようと思って、新たな窯を手に入れようと思い立ったわけです。

貴重な週末の制作

3月22日に夏の個展用の作品撮影をすることになりました。また図録を準備する予定です。撮影する作品は1月に横浜のグループ展に出品した「構築〜起源〜」と現在制作中の陶彫作品です。タイムリミットが設定されたので、陶彫作品の完成までのスケジュールを立てることにしました。だいたいの目安はあったのですが、具体的なことが決まると時間があまりに少ないことがわかり、ちょっと慌てています。週末は貴重な制作時間です。とは言え一日10数時間も集中力がもたないので、自分のバイオリズムを考えつつ午前中3時間、午後4時間を制作にあてています。制作が終わるとグッタリしてしまいます。今日は陶彫が置かれる土台の彫りをやりました。土台は木の板材を使っていますが、レリーフ状に格子文様を彫り込んでいます。格子が波打つように僅かに傾斜を加えました。明日も継続です。明日は朝早くから取り掛かる予定です。                        Yutaka Aihara.com