「日本が思う 歌を忘れたカナリア」について

先日から「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)を読み始めています。序章は「日本が思う 歌を忘れたカナリア」という題名がついていて、冒頭に「日本で最初に唄われた童謡は『かなりや』です。大正七年(1918)に西条八十が詞を『赤い鳥』に発表し、翌年、成田為三がこれに曲をつけて同誌に楽譜をのせたのが最初でした。」という文章がありました。その童謡以外にさまざまな童謡を紐解いて、「それにしても、どの歌も『かなりや』同様にまことに哀しい風情をもっているのが気になります。」と続きます。「私は最近の日本が『歌を忘れたカナリア』になっているような気がするのです。」これはどうしたものでしょうか。「カナリアならばカナリアであること自身を知ったうえで、かつカナリアとしての多様な歌を唄い出すべきであるような気がするのです。」ここに日本独特な文化背景となった要素が隠されているのかもしれません。歌が出来た大正時代は大正デモクラシーのロマンティックでフラジャイル(壊れやすいとか傷つきやすいの意味)な風潮があったのではないかと察するところですが、著者はこんなふうに述べています。「その時代心境を哀切にのせ、作曲家たちもみごとにこれに応えて、直截に子供たちにぶつけてみせました。それゆえ、日本の童謡というものはほんとうにわずかな機会をとらえ、まるで日本社会の隙間のようなところから芽生え、互いに連鎖し、爆竹のように連打されたものだったといえます。いいかえれば、『赤い鳥』とともに、この時代にはすでに近代国家の体裁を整えおえた日本社会の激しい揺動が始まっていて、その隙間から子供たちに聞かせたい歌が聞こえてきたというぐあいだったのです。~略~理想の喪失から理想の再創へ。そしてその挫折。それならいっそ理想そのものを小さき者に託したい。そういう感情も渦まいていたようです。」次は第一章の「日本は語る」の読後のまとめをしたいと思います。

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