「第二の試み(頂点に立つ)」を見て…

彫刻家池田宗弘先生は、私の大学時代の師匠で彫刻の面白さを教えてくれた人です。もう40年も前のことですが、学生だった私は東京都美術館で池田先生の真鍮直付けによる作品を見て、感動を覚えたことを今でも記憶しています。長野県麻績の住居兼工房「エルミタ」にお邪魔すると、その作品が無造作に置かれていて、制作の現場の雰囲気に包み込まれます。その作品は痩せこけた猫が複数登場し、魚の骨を狙って歩み寄る場面を描いた風景彫刻でした。真鍮で作られた猫の胴体には穴が開いていたりして、まさに野生の存在だけが感じられる実物大の凄まじい彫刻です。その彫刻の間を本物の猫がのほほんと散歩している様子は思わず笑ってしまうのです。当時の先生の彫刻は、人々の何気ない仕草をスケッチしたような作品が多かったのですが、スペインに滞在されてからキリスト教の修道士が登場する作品が増えてきました。今回、自由美術展に出品された「第二の試み(頂点に立つ)」も同じシリーズで、翼を持った悪魔が修道士を誘惑している場面を作っています。第二というのは同じものがもうひとつあって、それは昨年の自由美術展で見た作品だろうと思っています。悪魔の誘惑に打ち勝って颯爽と立つ修道士の姿が(頂点に立つ)という副題に籠められた先生のメッセージと受け取りました。宗教を題材にしていても、先生は人間の心の迷いをテーマとして取り上げていて、風に向かって歩みを続ける旅人も同系列に入る作品だろうと思います。先生の彫刻は単体が少なく、ほとんどが情景を表している風景彫刻です。人や動物や木々さえも量感を削り取られ、骨格そのもののような姿を曝しています。構成要素がはっきり見て取れる独特な世界観を持っています。学生時代、私の塑造に対し、先生は骨格に拘った指導を繰り返しされて、空間に粘土でデッサンをするように作れと言われていたことを今もって忘れることが出来ません。人体の手や足は表情を出せるので丁寧に作るようにも助言されました。あれから数十年が経ち、先生の世界観とは異なる方向へいってしまった私ですが、彫刻の基本は同じと考えています。先生の作品を見る度、初心に返れるのが幸せと感じているこの頃です。

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