「怪談四代記」を読み始める

現在読んでいる書籍は、現象学に関する難解なもので、数行読んでは暫し考えなければ頭に入ってきません。意味を咀嚼するのに時間がかかるのです。毎年ひとつは哲学やら心理学に挑んでいて、そこで学んだことは創作行為の思索に少なからず影響を齎せています。若い頃は途中で放棄してしまうことがあって、自分の中途半端な知識欲に嫌気がさしていたのでした。年齢とともに難解な書籍に対する粘り強さと、理解力が育ってきて、容易に諦めることがなくなりました。社会人としての余裕でしょうか、それとも過去を繰り返すまいとする意志でしょうか、読書歴はまさに自分の人生の歩みのようなもので、苦あれば楽ありの道をマイペースで辿っていると感じています。今の自分にとって苦行は現象学理解であるならば、楽なことも必要かなぁと思っていて、今回は「怪談四代記」(小泉凡著 講談社)を読むことにしました。この文庫本は島根県松江に行った折、小泉八雲記念館で購入したものです。著者はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の曾孫にあたる人で、小泉家の思い出話が満載している上、曽祖父の痕跡を訪ねて海外に渡ったり、因縁のある人や場所に思いを馳せたりして、ハーン研究には大変有意義なエッセイになっています。現在の状況を明朝体、手紙や取材した昔話を教科書体で示してあって、分かり易く気楽に読むことが出来ます。どんどん先を読める楽しさに、もはや現象学に戻りたくない気持ちも生まれていますが、とまれ、過去を繰り返すまいとする意志も頭を擡げてきています。これを読んだら再び現象学理解、そしてまた怪談話に戻ろうと思っています。中学生時代に親しんだ小泉八雲著「怪談」の日本語版も松江で購入してきているので、今から楽しみで仕方がないのです。読書は苦あれば楽あり。当分、通勤の友には困らないかなぁと思っています。

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