インテリアの影響を考える

室内装飾や家具等の意匠のことをインテリアデザインと言います。今回NOTE(ブログ)で取り上げるのは、一般的なインテリアデザインのことではなく、現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)に出てくるイサム・ノグチによる室内装飾の考え方を扱います。文中から日米双方にあったイサム・ノグチの住居のあり方を取り上げてみます。「ニューヨークと牟礼、戦後アメリカの、自動車修理倉庫の二階と、江戸後期の讃岐の屋敷町、丸亀の豪商の居宅の屋根裏部屋。その歴史背景や性格は、まったく異なるものだ。あっけらかんとして明るい、ニューヨークの埃っぽい板の間と、木材が黒光りする古い住宅の香りと、磨き込まれ大切に使われてきた空間の柔らかさをもった『イサム家』の二階、屋根に開けた小窓から一条の光が差し込む、ほの暗い隠れ家の小さな洞穴のような場所、というきわめて対照的な、空間のコントラストもある。ただ、そこに共通する、住み手の醸しだす空気や気配は、見事な徹底で、そして見事な潔癖で、まったく同じ趣を醸しだしている。~略~空虚や虚しい、というのではない。むしろ、ほの温かく、すっきりともしていて、優れた茶室のもつ、適度な緊張感と親密性がない交ぜになったような感じがあり、清すがしくもある。言葉で敢えて言えば、『豊かな空虚』と言えるだろうが、そう簡単なものではない。」私はニューヨークの住居を知りませんが、香川県牟礼には行ったことがあって、「イサム家」の生活臭のしない、重厚で美しい空間が印象に残っています。そこは民芸運動を展開した人たちの自宅兼工房と似た雰囲気があって、私はそうした住居に憧れている一人です。ウィーンで出会った石彫家カール・プラントルの自宅に伺ったことがありますが、この人にしてこのインテリアなのか、と思うほど作品のイメージが室内装飾にも定着していました。師匠の池田宗弘先生の麻績にある「エルミタ」もまた然りです。インテリアは作品の表現に影響を与えると私は考えていて、どんな空間の中で生活しているのか、彫刻家として拘るところでもあります。

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