横浜の「ヌード展」

私の地元である横浜美術館は、企画が優れている美術館のひとつだと予てより思っていました。今回も例外ではなく、人体のヌードに焦点を当てた企画に私は興味津々でした。この企画展は数か国を巡回する大規模なもので、英テート・コレクション所蔵の中でも屈指の作品が展示されていました。ヌードは西洋美術を語る上で重要な位置を与えられていて、また時代によっては論争を呼んだテーマでもあります。図録の中にこんな一文がありました。「既存のヌードの規範を再検証した《オリンピア》が与えた衝撃は、フランスでは、エドガー・ドガやピエール・ボナールが現代生活における女性の寝室の情景を描いた作品にも見られ、裸はアカデミックなヌードで表現するブルジョアの伝統ではなく、現代性や前衛を含意する価値体系となった。」(エマ・チェンバーズ著)「裸とヌード」という2つの表現概念が、古典的理想の前時代から現代に移行する上で根本的な変化を起こし、新たな創作への領域を切り開いて、現代に通じているようです。嘗てはポルノと見なされた裸体が、現代アートとして重要な主題のひとつになっているのは、私たち市民全体の価値転換が成せるものだろうと思います。私が本展で注目したのはやはりロダンの大理石による大作《接吻》でした。一室に単独で置かれた大作はエロティックでもあり、また絡んだ男女の美しさは見ている者を圧倒する迫力がありました。「ロダンは、拡大制作の際に付けられる星とり器の測定の痕跡である無数の小さな穴など作業の痕を残すことを好んだとされる。というのも、原型を忠実に拡大することは、時に彫刻本来のもつムーブメントを失うことがあると感じたロダンは、拡大のプロセスで幾度もの詳細な修正を行い、大型の像を完成に導いた。《接吻》に残された無数の痕跡もまた、身体の肉付けがいささか貧弱であると感じたロダンが、意識的に残したものと考えられている。」(長谷川珠緒著)彫刻制作においてロダンが実践した事情を知って、私は嬉しくなりました。塑造で作ったものをそのまま実材に移す時に、彫刻家は誰もが戸惑うことがあるのです。巨匠と言えども例外ではなかったことに、私は微笑んでいます。

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